続編執筆の意義
ただ、こんな場合は少し違うやり方をする。社長を殺し、自殺に見せかけるのだが、それがあざといやり方で、死んでしまうと、そのあと次々に不可思議な状況が見つかる。それが抗争相手の組の仕業と見せかけるようやり方である。
そうなれば、あくどい企業同士の汚い権力闘争が火花を散らすことになる。
「報復に対しては報復」
と、それ以外のことが考えられない連中であれば、放っておいても、共倒れは目に見えている。一気に二つの巨大組織が潰れてくれれば、これはもう報酬以前の問題だ。
殺人請負企業はそんなこともやっている。
だが、個人を殺害するのに一番簡単なのは、自殺を装うことだ。殺したいと人から思われている人間は多かれ少なかれ、何かの不安を抱えているものだ。それが死に直結するような意識があればこそ、自殺を装うことが一番安全で、楽な方法と言えるだろう。
坂崎は、そんな発想を抱き、プロットを考え始めた。
ただ、今の時代にそぐわない話ではないかというのが、一番の問題だったが、
「昔から勧善懲悪と言う考え方って、水戸黄門だったり。当山の菌さんであったりと、時代劇には多いでしょう? 仕事人なんていうのもあった。特に仕事人なんていうのは、お金を貰って恨みを晴らすという意味で同じようなものではないですか。日本人というのは、昔から判官びいきと言われて、弱い者の味方がしたいし、悪を懲らしめるということが好きな人種なんですよ。だから、そのあたりは気にしなくてもいいんじゃないですか?」
と言われたが、それでも完全に納得しているわけではなかった。
「それでは、二番煎じになってしまうような気がするんだけど」
というと、
「何を言っているんですが、小説なんていうのは、そのほとんどは前に書かれたことをいかに同じようにしないで書くかというのがテーマじゃないですか。二番煎じは確かにいけない。でも、それをうまくバリエーションを利かせた作品に作り上げるのが、作家というものの使命なんじゃないかって僕は思うんですよ」
と、編集の人は言った。
「確かに勧善懲悪を描きたいとは思うんだけど、今の世界の勧善懲悪ではいわゆる勧善懲悪ではないと思うんですよ。つまり、悪と呼ばれているものがすべて悪いのか、実はそうじゃないんじゃないかっていうことですね。僕は前の作品でそのことを描いたつもりなんです。だから二番煎じではないと思っているんですよ」
負のスパイラル
続編の最初は、まず、自殺をした被害者の部屋からノートが見つかったことから始まる。そのノートというのは、その中に遺書が入っていて、その遺書と一緒にノートを持ち去ったのは、例のニセ医者だった。
彼は、被害者の男性を知っていて。彼が以前から死にたいと言っていたことも知っていたのだ。考えてみれば、彼は自殺だったので、被害者という表現はおかしいが、表に現れている事実となっていることは、確かに
「殺された」
ということになっていた。
事実と真実が一致しないという例である。
女は肉体的な関係として切っても切り離せない仲だと思っていたが、ニセ医者の方は、この男確かに医者としては偽物であるが、医学の知識は結構ある。大学では心理学を専攻していたこともあり、知り合いからは結構相談を受けたりしていた。この被害者からも相談を受けていた関係で、主人公の女よりも親密だと言ってもいいかも知れない。
この男のノートには不思議なことが書かれていた。それが何かの暗示のような感じになっているのだが、ニセ医者の彼は、それをしばらく考えていた。
そのノートには、女性について書かれていた。誰か一人を固定して描いているわけではないが、モデルになる誰かがいるのは分かっていた。雰囲気として主人公の女ではないことは分かっていることだが、そのノートに書かれている内容というのは、
「写真写りがいい悪いというのがあるが、第一印象から慣れてくるに違って、まったく違った印象を受ける人がいる。その人のことを最初に写真で見ていて、可愛い子なので会ってみたいと思っていたが、実際に会ってみると、本当に同じ人物なのかと思うような、特徴のない雰囲気に感じられた。しかし、慣れてくると、本当に写真写りのような女の子の雰囲気に変わってくるのだが、最初はそれがなぜなのか分からなかった。だが、見ているうちに、何かの動物に似ているというイメージを受けた。それがタヌキ顔だということに気が付いたのだが、よくよく考えてみると、女性の顔、いや、男性も含めて人間のそのほとんどの顔は、何か愛玩動物に似ているような気がするのだ。イヌだったり、ネコだったり、タヌキだったりキツネだったりと、よくどの動物に似ているかということを言われると、必ずどれかに当て嵌まる顔をしている」
というようなことが書かれていた。
途中までしか書かれていなかったのは、どうやらこの人が毎日少しずつ考えながら書いていることで、まるで日記をつけているようなイメージではないだろうか。
そこに遺書も挟まれていたのだが、実は遺書も途中で終わっていた。ニセ医者は遺書を先に見てしまったので(まあ誰でもそうであろうが)、どうして遺書を途中までしか書いていないのかが不思議で仕方がなかったが、このノートを見るとその気持ちも分かる気がした。
「ひょっとすると、彼は死を意識はしていたが、すぐに死んでしまおうという気ではなかったのかも知れないな」
と感じた。
だからと言って、死に対して躊躇っていたというわけではない、あきらかに死ぬつもりでいたのは間違いないが、タイミングを図っていたのかも知れない。それなのに、どうして多目的トイレで自殺を企てることになったのか、ニセ医者は不思議で仕方がない。
前作では、あくまでもこのニセ医者が、
「稀代の大悪党」
という目線で書いたが、続編では、このニセ医者を主人公にして、話も途中から被るところも作って、ニセ医者の悲哀を描くことを考えていた。
それは、事実として自殺から始まるのだが、違う世界を創造するというパラレルワールドを形成することを考えていた。
調和の取れている服を着ているにも関わらず、実際にはその場の雰囲気に特化した服装になっているイメージも頭に湧いてきた。それと人間の顔を動物になぞらえて、その性格を計り知るという意味で、ニセ医者の心理学の知識を引き出す内容に仕上げようと考えていた。
その内容は、まだ固まっているわけではない。ただ、今回の作品は以前に書いたように、完璧なプロットにするつもりはなかった。どちらかというと、ところどころの重点的な部分だけはカチッとした内容に仕上げ、全体の流れを漠然とした形で書いていこうと思ったのだ。
続編といっても、書き方の視点を変えるのが、今回の目的なので、前作となるべく違う書き方にしようと思うのだった。
それがパラレルワールドの発想であり、坂崎にとっての、
「続編」
の意義であった。