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短編集103(過去作品)

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平行線



                平行線


 理恵にとって理想の男性とはどういう男性なのだろう。
 中学時代などはアイドルに夢中になった時期があったかと思えば、高校生になると、プロ野球選手に夢中になった。決して顔に共通点がないわけではないが、好みの男性のタイプはコロコロと変わる。
「理恵は移り気なのかしら?」
 と同級生の女の子から言われるが、本人はそんな気はしていない。飽きっぽい性格でもないと思うのに、どうして夢中になる人がコロコロ変わるのか、自分でも分からなかった。
 しいて言えば、
――それぞれの時間を長く感じるからかな――
 アイドルに憧れていた中学時代、プロ野球をよく見に行った高校時代、それぞれの時間がまるで止まっていたかのように長く感じられるのだ。
 実際に後から考える中学時代や高校時代はあっという間に過ぎていった。だが、それは生活全般という意味で、趣味をしている時間への感覚は数倍の長さがあったように思えるのだ。
 要するに同じ時間の中でも、勉強をしている時間、趣味をしている時間と、自分を包んでいる環境の違いで、まったく違った時間が存在しているのだ。
 自分を包んでいる時間の環境が同じであれば、理恵の理想の男性は一貫していた。人から移り気だと言われることは心外であるし、他の人の方が移り気に見えることの方が多いくらいだ。
 そんな理恵が結婚したのは今から二年前、普通の恋愛結婚だった。
 理恵が短大に在学中、近くの喫茶店でアルバイトをしていたことがあった。その時のお客さんの中に、今の夫である恵一がいたのだが、最初はあまり意識していなかった。恵一は理恵の好みのタイプというわけではなかったはずなのに、なぜか最初から気になる男性であった。
――以前にどこかで会ったことがあったのかしら――
 と思えるほど、印象深かったのだが、どう考えても会ったことはなかった。
――前に好きなタイプの男性の中にイメージがあるのかしら――
 とも考えたが、ピンと来ない。その時々でいろいろなタイプの男性を好きになってきた理恵だったが、以前にどこかで見たことがあるようなイメージを持ったのは、恵一だけだったのだ。
 結婚は運命だというがまさしくそのとおりで、本当に自分の好みの男性がいたとして、その人が自分の結婚適齢期に目の前に現われる可能性がどれだけあるかというのも問題である。
 しかも相手が自分のことを気に掛けてくれなければ成立しない。
 すべてがすれ違いの人生で終わるのか、それともどこかで交わる人が出てくるのかということをずっと考えていた。結婚相手というのは、自分の好みの相手ではないとしても、
――出会うべくして出会った相手――
 だということである。
 決してすれ違ってはいけない人だということを自分が自覚した相手でなければ結婚してはいけないのだと、自分に言い聞かせてきた。そういう意味で、
――以前にどこかで出会ったことがあったのかしら――
 と感じたということが自分の中での
――出会うべくして出会った相手――
 だと感じるに十分な理由だったのかも知れない。
 桜井恵一と付き合っていて、それほど悪い相手でないことは分かってきた。燃えるような恋とまでは行かないが、徐々に相手の気持ちに近づいてくる感情が、自分の中で少しずつ募ってくることが、心地よさに繋がってくる。
――これこそ、結婚相手にふさわしい人だ――
 と感じたのも無理のないことであった。
 恵一の会社は喫茶店の近くにあり、営業で出回っていた恵一は、いつも同じ時間に顔を出していた。
 恵一がやってくる時間は、いつも決まっていて、大体ランチタイムが終わりかけくらいの時間が多かった。いつも角のテーブルに腰掛けて、窓の外を見ている。ランチを食べた後は、アフターコーヒーを飲みながらいつも表を見ている。無表情というのは、まさしくその時の彼のことを言うのだろう。
――何を考えているのかしら――
 話しかけにくい時間帯である。
 少し離れたところで、主婦たちが集まって賑やかに話をしている時もあるが、そんな時でも彼の表情は変わらない。そんなところに惹かれたのかも知れないと思う理恵であった。
――学生時代は、スポーツマンとかアイドルが好きだったのに――
 いわゆるミーハーだったのだと感じ、今では少し恥ずかしくも感じている。それが普通の女子中学生高校生ではないかと思うのだが、今ではそんなミーハーな学生を見ると軽く見えてしまう自分がいる。
 恵一はあくまでも冷静だった。いつも一人でいるところしか見たことがないので、普段がどんな人なのかを想像するのが困難であったこともあって、最初は近寄りがたかった。どんな内容なのか分からなかったが、いつも本を読んでいて、それが気になっていた。
「どんな本をお読みなんですか?」
 思い切って話しかけてみたのは、彼が喫茶店に来るようになってから一月ほど経ってからのことだった。その間の一月を、
「一言話すだけに一月も掛かるなんて」
 という人もいれば、理恵を知っている人ならば、
「あなたらしいわ。でも話しかける勇気ができただけ進歩というものよ」
 と言われるのではないかと思っていた。
 高校時代までは、友達の輪の中にいつも入っていて、ミーハーだったこともあって、引っ込み思案なところがあるのは、本当に仲のいい人でなければ知らないだろう。以前から二つの面を持った女性であったことは否定できない。
 話しかけられた恵一も、別に驚いたような様子でもなかった。
「ああ、これは外国のミステリーなんだ。それほど難しいものではないよ」
 文庫本のカバーを外して見せてくれたが、その表紙は理恵にとって馴染みのあるものだった。
「あ、この本、私も持っていますよ。よくこの作家の本を読んでいるんですか?」
「そうだね、外国のミステリーは好きなんだ」
 理恵も高校時代、友達の影響で外国のミステリーを読むようになっていた。スマートな探偵が出てくるもの、深層心理を抉るような知的な作品、完全に魅了された時期があった。
 恵一も同じ本を読んでいたことで、急に親近感が湧いてきた。少なくとも本の話くらいはできそうである。普段から一人孤独に見えてさえいた雰囲気だったが、知的に感じられるようになった。やはり、聞いてみないと分からないことは多いのだろう。
 恵一は相変わらずの無口だった。喫茶店には週に二回ほど現われるが、なかなか会話をする機会はなかった。いつも同じように本を読んでいて、話しかける雰囲気を失ってしまう。
――もし、これがあの人でなければ話しかけていたんだろうな――
 まだ名前も知らなかった。
 それから二週間ほどして、彼がいつものように現われたが、入ってくる瞬間から少し雰囲気が違っていた。何とか平静を装おうようにしていたが、いつも気にして見ている理恵から見れば実にぎこちない。いつもの落ち着きがないのだ。
 他の人だったら気付かないに違いない。いつもの席で、いつものように表をしばらく眺めて、おもむろに本を開く。普段と変わりない行動だ。
 だが、表を見ている時に視線が泳いでいるのを感じた。
――あんなに落ち着きがないのは初めて見たな――
作品名:短編集103(過去作品) 作家名:森本晃次