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短編集103(過去作品)

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本能が見せる夢



                本能が見せる夢


 景子は自分のことを実に不幸な女だと思っている。
 欲望はあるのにそれを満たすことができない。そんな中途半端な自分がかわいそうで仕方がない。心と身体が一致していないそんな状況があるとすれば、今の景子がまさしくそんな状態ではないだろうか。
――女としての悦び――
 早く味わって楽になりたかった。

 学生時代から可愛らしい雰囲気を醸し出し、他の女性とは少し違っていた景子は、幾人の男性から好意を持たれていたことだろう。それは景子自身が一番分かっていることだ。
――自分を安売りする必要なんて、何もないんだ――
 まわりから見ればおっとりとした雰囲気のある景子だったが、気持ちの中では確実に自分が他の人とは違うと思っていたはずである。知的な雰囲気を醸し出したいと思いながらも、可愛らしい雰囲気のある景子がそのまま知的な雰囲気を出してしまうとそれこそアンバランスでせっかくの可愛らしい雰囲気が台無しである。景子はそれを好まなかった。
 可愛らしい雰囲気を持ったまま、短大時代には数人の男性と付き合っていた。高校時代までは、メガネを掛けていて、クラスでも目立たない典型的なタイプの女の子だった。意外とそんな女の子が進学してメガネをコンタクトに変えた瞬間、急にもて始めるということも少なくはない。
「あんな娘いたっけ?」
 卒業後、一年か二年しての同級会などで男の子の目に留まった女の子の存在が、とかく噂になるが、そう噂された女の子の気持ちは、これ以上の有頂天はないだろう。
――この私が彼らを見下ろせる立場にいるんだわ――
 と感じるだろう。
 それまでにも他の男性からもてることはあっても、皆高校時代とのギャップを知らない人たちばかりだ。昔を知っている男たちの前で一人優越感に浸れるのは、まるで舞台の上のヒロインのようだ。
 短大ではまず友達を作ることから始めた。高校時代は彼氏はおろか、女性の友達も少なかったので、まずは女性の友達がほしいと思ったのだ。
 自分から話しかけるなど、高校時代の自分から想像もできなかった景子は、まず自分の雰囲気を変えることから始めた。
――メガネは少なくともコンタクトにしよう――
 これは最初から考えていたことだ。受験のためになるべく目を疲れさせないようにしないといけないという考えから高校時代は、どうしてもメガネをコンタクトに変える勇気を持てなかった。だが、入学してしまえば、あとはコンタクトに変えても問題ない。
――これが私なの――
 とコンタクトをして見た鏡に写った自分の顔に惚れ惚れするほどだった。
 メガネを外して鏡を見たことはそれまでにもあったが、何しろ視力が悪いため、相当鏡に近づかないと見ることができない。到底、顔全体を見ることなどできず、目、鼻、口と言ったバランスを確認することなど不可能だった。
――可愛らしい雰囲気だわ――
 顔の雰囲気が自分の性格にマッチしたものなのか分からない。今まではなるべく自分を表に出すことを控えてきた景子にとって、急に性格を表に出そうとしても、自分の性格の何たるかを把握していないのだから、戸惑うのも当然である。
 女性との間では楽しく話ができても、男性がそこに加われば急に静かになってしまう。何かを話さなければいけないと思っても言葉が出てこないのだ。
 そんな自分をまわりが、特にせっかく友達になった女の子たちがどう見ているかが心配だった。
 そんな時友達の一人が、
「いいのよ、景子は黙っていればそれだけで可愛い雰囲気なんだから」
 と言ってくれた。取り越し苦労だったと感じたものだ。
 だが、実際には可愛らしいタイプの景子に放っておいても男性の目は行くのである。そんな彼女がしゃべって、さらに男たちの目を釘付けにしてしまっては、まわりの女の子の立つ瀬はない。何とか均衡の取れたバランスを保つには、景子は静かな雰囲気の女性だということにしておかなければならなかった。
 男というのは面白いもので、物静かで可愛らしいタイプの女の子が好きな人は思ったよりも多くいるようで、皆一緒にいる時の雰囲気は壊れることはないのだが、その後で景子のことが気になるという男性が、他の女の子を通じて景子に付き合ってほしいという話を持ってくることもあった。
「やっぱり、可愛らしいというのは得よね」
 皮肉にも聞こえるが、最初の頃の景子はまだウブだったので、皮肉には聞こえなかった。ただ、交際を申し込まれて、どう返事をしていいか困ってしまうのだった。
 大抵の場合は断ってきた。皆と一緒の時に話しかけてくれるならまだしも、後から他の人を通じて話を持ってくるような男性ではたかが知れていると思ったからだ。第一、そんな男性がどんな雰囲気だったかなど、覚えているはずもない。
 最初に同級会が行われたのは、高校を卒業してから一年目だった。まだ卒業して一年も経っていないので、同級会という雰囲気でもないかも知れない。
 幹事に選ばれたのは、高校の頃に学級委員長をしていた人で、彼は有名大学に浪人もせず入学した秀才だった。
 さすがに浪人した人もいるので、参加者は少ないと目されたいたが、実際に浪人した人はほとんど参加していた。
「気分転換になっていいよ」
 という人もいれば、
「浪人生活なんて、慣れれば結構気楽なものさ」
 と話している楽天的な人もいる。本心からそう思っているのかは分からないが、同級生に会えるのが楽しみな人もいるに違いない。あまり楽天的な考え方ができる方ではなかった景子には、彼らの本心を計り知ることはできない。
 景子への誘いは遅い方だった。連絡してくれた幹事の人に、
「どれくらいの人が集まるの?」
 と聞いた時、
「そうだね。十五人くらいは来てくれるという話になっているよ」
 と言われた。クラスが四十人ちょっと、その中で十五人がすでに来ることを決めているということは、ほとんどの人に連絡をつけた後の方だったようだ。
 景子の苗字は川崎、五十音順に誘っているのであれば、もっと早くに話を持ってきてくれたはずだ。彼としても、誘いやすい人から順に連絡を取っていたに違いない。
 しかも実際に集まった人数を見れば、二十人に満たないくらいである。十五人が確約されていたのであれば、ほとんど終わりの頃だったに違いない。
 景子は同級会に来て優越感に浸っていた。まわりの人たちは綺麗な服を着て、精一杯のお洒落をしてきているが、それでも誰が誰だかすぐに分かる。何といっても卒業からまだ一年も経っていないのだから当たり前といえば当たり前だが、その中で一人、景子だけが大いに変わっていたのだ。
「誰だい? あの娘は」
「あんな娘、クラスにいたかい?」
 聞こえないようでも囁いている言葉は耳に入ってくるものだ。
 そんなことは最初から計算していた。だが、他の女の子の手前静かにしなければならない。それも快感の一つだった。
――まわりの目がこれほどの快感になるなんて――
作品名:短編集103(過去作品) 作家名:森本晃次