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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Jolt

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「県民の森だろ? 俺は田んぼの間を通るから、お前らは県道から行けよ。どっちが早く着くか、競争だ」
 照内が返事の代わりにバイクのエンジンをかけ、大きく空ぶかしをした。宮市家の二階の窓がぴしゃりと閉まり、刈田は後部に跨りながら言った。
「どっちが早く着くかって、算数の問題みたいだな」
「いい勝負だと思うよ。県道をなぞると、倍ぐらい距離があるからな」
 朝川が走り出し、照内は二人乗りをしていることを考慮しながらゆっくりとバイクを転回させると、県道に合流した直線で豪快に加速を始めた。
 県民の森は、街灯がひとつあるだけで真っ暗だった。駐車場には一台も停まっておらず、照内はバイクのヘッドライトをハイビームにしたままスタンドを立てて、降りた。
「勝ったか?」
 しばらく待っていると、湯気を纏ったような朝川が息を切らせながら現れた。
「本気で飛ばすんじゃねえよ。見てたぞ」
「文明だよ文明。サンギョーなんとかだ」
 照内が笑いながらバイクのガソリンタンクを撫でて、その隣に立つ刈田は補足するように言った。
「産業革命だろ」
 照内は答える代わりに鼻で笑うと、ジャケットのポケットから小さな懐中電灯を出し、真っ暗闇に光を向けた。
「さー、呪われてやろうぜ」
 三人で真っ暗な道を歩いていると、朝川が大きなくしゃみをした。刈田が飛び上がり、照内の持つ懐中電灯が揺れた。
「お前、びっくりさせんなよ。先に言えや」
 照内が言うと、朝川はジャージのファスナーを首の上まで上げて、笑った。
「くしゃみするのに、今からやりますとか言えるかよ」
 刈田が何度も乗り越えたガードポールの前で立ち止まると、照内は懐中電灯の光を振って呟いた。
「暗いと迫力あるな」
 赤い屋根の家に続く道の先は霧がかかったように白く霞んでいる。刈田がガードポールを越え、朝川と照内はそれが合図になったように続いた。砂利を踏む湿り気のある足音だけが三人分鳴り続ける中、何度か枝を踏む音が甲高く響いた。木々の隙間に赤い屋根が見えてきたとき、刈田は気が抜けたように息をついた。真っ暗な森の中は不気味だったが、目当ての建物は何度も見た景色と何ら変わらない。照内も同じことを思ったようで、早足で家の前まで歩くと、壁に練習した落書きに懐中電灯の光を走らせた。
「いつも通りだ。初めて来たら怖いかもしれないけど」
 朝川も拍子抜けしたように、真っ暗な中に建つ家を見上げた。赤い屋根と白い壁以外はスイッチを消したテレビの画面のように真っ暗で、中に何があるのかも外からは見えない。
「で、もう呪われてんのか?」
 照内が笑いながら懐中電灯を振ったときに玄関が照らされ、朝川が目を丸くした。刈田も気づいた。吹き抜けのように開かれているはずの入口の扉が、閉まっている。
「これ、閉まってたっけ?」
 朝川が言い、照内が首を傾げた。
「いや。俺、昨日もいたけど、開きっぱなしだったよ」
 しばらく考えた後、照内は懐中電灯を刈田の方向へ向けた。
「分かったぞ、刈田だな。俺たちをビビらせようとして、閉めたんだろ」
「そんな時間どこにあるんだよ。学校終わったらそのまま塾だったんだぞ」
 刈田が言い返し、照内は改めて入口の扉に懐中電灯を向けた。
「まあいいや、入ってみるか」
 朝川が腹を括ったように照内の後に続き、刈田が最後に追いついたとき、照内は扉を開けた。軋み音ひとつ鳴ることなく開き、その先に続く室内は真っ暗だったが、三人がよく知る『赤い屋根の家』と何ら変わりがなかった。照内が玄関を乗り越えるとき、ガラスのような硬い破片がぱりぱりと音を鳴らした。
「なんか、ちょっと雰囲気違うな」
 朝川が言い、刈田は反応することこそなかったが、頭の中で納得した。いつもより、空気が重苦しい気がする。単に夜だからそう思うのかもしれないし、扉が閉まっていて空気が籠っていたのかもしれない。照内は意に介さない様子で懐中電灯を振りながら部屋の中を進んだが、ふと足を止めた。
「窓にガラスがはまってるぞ」
 朝川も気づき、照内の隣に立って言った。
「これ、ガラスじゃないよな。プラスチックか?」
 刈田はふっと空気が揺れるのを感じて、周囲を見回した。照内が懐中電灯を向ける窓の方向以外、何も見えない。照内が窓に触れて、うなずいた。
「アクリル板だな。リフォームでもすんのか?」
 そのまま飽きたように窓の前から離れた照内は、ひと通り光で照らしながら奥まで行き着いて、おおよそ十五分の探索の成果を確認するように肩をすくめた。
「終点だ」
 後に続いていた朝川と刈田も立ち止まり、暗闇の中で顔を見合わせた。
「ほんとに呪われるのかよ」
 朝川が言い、照内は懐中電灯を自分たちが来た方向へ振った。刈田は目を見開いた。
 扉が閉まっている。開けっ放しにして入ったはずだ。照内が驚いたのが、懐中電灯の光の揺れで分かった。朝川が光に負けないぐらついた口調で言った。
「なんで閉まってんだよ。開けたままにしたよな?」
「俺は閉めてない」
 刈田はそう言い、柱にもたれかかった。どうにも頭がはっきりしない。
「ちょっと、待ってくれ。休憩したい」
「なんか、もやがかかってるみたいだな。頭じゃなくて、空気全体がさ」
 屈みこんだ朝川が刈田の顔を覗き込みながら言い、そのまま立ち上がったときにふらついて、照内にぶつかった。その手元から懐中電灯が飛ばされて粉々に割れ、扉と窓が塞がれた赤い屋根の家は、完全な暗闇に戻った。照内は懐中電灯を探すために手をあちこちに伸ばしていたが、やがて他の二人と同様に意識を失った。 


― 現在 ― 
  

 昼ごはんを終えてすぐに、麻衣は二階から自分が段ボールに押し込んで忘れてきたものを引っ張り出し、江美子が隣で記憶を手助けするのを聞いていた。
「これは、実録怖い話シリーズだね。麻衣がパパに聞かせてたやつ」
「これかー。覚えてなかったよ」
 麻衣はぱらぱらとめくり、幼い自分の字で『ざんねんオチ』と書かれた付箋の貼られたページを開いた。記憶がふっと蘇り、公民館の廊下で肩を並べて話していた刈田の横顔が浮かんだ。麻衣は本文を読んだ。
「幽霊を見た瞬間、倒れてしまった。気づいたら、おれは病院にいた」
「なんで、残念オチなの?」
 江美子が紅茶を飲みながら言うと、麻衣は首を傾げた。
「多分だけど。私、幽霊を見てから助かるまでの間をばっさり端折るのは、書いた人が何も思いつけないからだと思ってたんだ」
 刈田にもそんな話をした気がする。十年以上経って再びその顔を見たが、別人のようになってしまった。そしてそれは、赤い屋根の家に一緒に行った他の二人も、同じだった。麻衣は手を固く握り合わせながら続けた。
「でも、何に憑りつかれたのか分からないということ自体が、本当の怖さなのかも」
「呪いは本当にあると思う?」
 江美子が言うと、麻衣はうなずいた。
「だって、あんな風に人が変わっちゃうんだよ」
    
作品名:Jolt 作家名:オオサカタロウ