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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Jolt

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 これ以上誰の顔も見たくないし、声を聞くのすら神経に障る。少なくとも、義務は果たしたのだ。朝川が死んだら誰にも呼ばれないだろうから、この景色を見るのはこれが最後だ。
「実家には寄らないのか? たまに店とかで家の人に会うけど、中々連絡がつかないって心配してる」
 朝川の言葉に、刈田はついに足を止めて振り返った。
「ターンできないって、さっき言ってたよな? 俺は二浪したんだ」
「大学の話か? 地元と、何か関係があるのか?」
「赤い屋根の家に、三人で行ったろ? 気がついたら、病院の医務室に三人ともいた」
 刈田が言うと、朝川は首を傾げた。
「気づいたらってことか? 俺、声を掛けられた記憶があるんだけど」
 当時は、お互いにそんな話をすることもなかった。元々素行の悪い照内は平常運転だったが、病院に駆け付けた刈田と朝川の親は鬼の形相で、冬休みはお互いの『得意分野』に閉じこもる羽目になったからだ。刈田は受験が散々な結果に終わり、朝川は水の中で平衡感覚を失うようになった。三人とも接点は保ち続けていたが、照内とは何年も連絡を取っていなかった。そして誰も、病院に運ばれるまでの空白の時間について問うことはなかった。轢き逃げなのか、暗い夜道で前が良く見えずに起こした自損事故なのか。警察は特に関心を持たなかったようで、それとなく日常へ戻ることを促されただけだった。
 遺影のフレームに収められた、高校時代の照内。自分の高校時代の写真も、どこかにはあるだろう。今のスマートフォンには最低限の連絡先しか入っていないし、昔の写真は残っていない。過去に向けて不意に伸ばしかけた手を抑えるように、刈田は俯いた。
「その人が、病院まで運んでくれたのか?」
「多分。救急車じゃなかった気がする」
 朝川はそう言うと、それ以上会話を繋げる気力を失ったように、実家の方向へ歩き出した。刈田は県民の森に視線を向けた。森の中をぐるりと周回する遊歩道があって、木々の間隔が少しだけ広くなっているところが一か所ある。元々は道だったらしい砂利だらけの草むらを抜けると、赤い屋根の家が見えてくる。刈田はスマートフォンを取り出して、距離を測った。一キロと少し。何とか歩ける。少なくとも明日一日休めば、月曜からまた仕事に戻れるだろう。そう考えた刈田は、微かに残った責任感のようなものを笑い飛ばした。本当に月曜から、あの職場に戻りたいか? 
 足を踏み出したとき、会場の方向からまっすぐこちらへ向かって歩いて来る人影に、刈田は気づいた。喪服姿ではなく、暗い色のダウンジャケットを着ている。このままだとすれ違う。そう考えた刈田はきびすを返した。田んぼひとつ分を迂回しなければならないが、すれ違うよりはマシだ。再び足を踏み出したとき、声がかかった。
「あの、刈田さんですか」
 名前に対する条件反射で、刈田は振り返った。知らない人間に名前を呼ばれることに慣れていないから、言葉が出ない。ダウンジャケットの女は愛想のいい笑顔で近づきながら、続けた。
「昔の話ですみません。公民館の塾に通ってましたよね?」
 刈田の頭の中で、記憶が目の前の景色と繋がった。宮市麻衣。五歳年下だったはずだから、二十七歳ということになる。記憶と一致する部分もあれば、そうでない部分もあるが、その表情や立ち姿には、確かに見覚えがあった。
「勧誘ですか? 宗教とか?」
 刈田が言うと、宮市は平手打ちを食らったように瞬きをして、足を止めた。刈田は前に向き直ると、田んぼを迂回して歩き始めた。県民の森が再び眼前に見えてきたとき、視界の隅にまだ目で追っているらしい宮市の姿が目に入った。田んぼひとつ分離れたら、追いつかれる心配はない。それでも視線が気になった刈田は足を止めて、点のように見える宮市の方を向いた。その視線自体が迷惑だということを察するぐらいの頭はあるはずだ。ほどなくして伝わったらしく、宮市は家の方向へ歩いていった。
 県民の森は記憶の通りで、入口手前の駐車場にQRコードの張り紙がある以外は、昔のままのように見える。刈田は記憶を辿りながら遊歩道に入り、不自然に隙間が空いた箇所がないか、木々に目を凝らせた。うっかりしていると見過ごす。しばらく歩いていた刈田は、足を止めた。探し物は、見つからないとたかをくくっているときに限って、見つかるものだ。元々道だった『隙間』は、木漏れ日に照らされて白く光っていた。間伐されたのか、記憶よりも木々の密度が小さくなっているように感じる。刈田はガードポールを乗り越えると、足を踏み入れた。記憶よりも明るくて、からっとしている。革靴で砂利道を踏みしめながらしばらく歩くと、ややくすんだ赤色の屋根が木々の間に姿を現した。二階建ての民家。記憶の通りなら、一階は吹き抜けのように入口が開いている。
「こんにちは、迷ってますー?」
 家の方から声がかかり、刈田は足を止めた。木々の隙間から農機具を抱えた若い男がひょっこりと顔を出し、手を振った。
「いいえ」
 刈田は思わずそう言うと、引き返すこともできずに『赤い屋根の家』の前まで進み出た。記憶と合っていたのは屋根の色だけで建物自体はそのままだが、一階は材木加工のワークショップになっていて、屋号には『ウッドワーク鴨山』と書かれていた。
「森、抜けてきました? あ、自分は鴨山です」
「どうも。そうです、県民の森から」
 刈田が言うと、鴨山は木々を見通すように目を凝らせて、笑った。
「へー。道、あるのか」
「あの、ここって昔、民家でしたよね?」
 刈田が尋ねると、鴨山はうなずいた。
「地元じゃないんですけど。十年前だったかな、うちの兄貴がここを買って。自分、ずっと大学出てふらふらしてたんですけど。何もしねーなら、ここを継げって数年前に。なんだかんだやってる内に、三十になっちゃいましたね」
 鴨山は早口で、自分のことを饒舌に語った。話好きなだけでなく、体の内側で常に何かが燃えているようなエネルギーがある。二歳年下なだけだ。刈田は改めて、自分や朝川がどれだけ無気力に生きているかということを実感した。ふと、車が停まっていることに気づいて、言った。
「そうなんですか。ここって、車も入れるんですね」
「遠回りだし狭いけど。一応、道ありますよ」
 鴨山はタイヤの痕を指差した。
「これまーっすぐ行ったら、抜けられます。途中柵あるから、昔は閉まってたのかもしれませんけど」
「子供のころ、仲間と集まっていたんですよ。褒められた話ではないんですが。心霊スポットという噂もあって」
 刈田の言葉に、鴨山は目を見開いた。
「へー、ここが? あーでも、なんかね」
 鴨山は、他人の頭の中まで自分の延長のように話す。刈田が続きを待っていると、鴨山は農機具を地面に降ろし、家の隣に建てられたプレハブの倉庫の前まで歩いていくと、中を開いた。
「今は綺麗にしてるけど、二階にテープとか何かの容器とか、家っぽくないものがいっぱい置いてあったんですよね」
「前の持ち主が置いていったんですか?」
 刈田が言うと、鴨山はバツが悪そうに肩をすくめた。
作品名:Jolt 作家名:オオサカタロウ