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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Jolt

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 刈田はそう言って、笑った。パリッとした雰囲気の宮市が怖がるのを見るのは、ちょっとかわいそうな気もするが見ていて面白い。宮市は時計を見上げながら参考書を鞄に仕舞いこみ、ギリギリまで話し続けたいような切羽詰まった口調で言った。
「だって、怖い話は画面の向こうじゃないから」
「まあ、確かにね」
「ママに聞いたんですけど、赤い屋根の家って分かりますか?」
 県民の森を抜けた先にある古い家で、玄関の扉が開いたままになっている家のことだ。蔦が窓を縫いつけるように絡まっていて、照内が森と反対側の壁によく落書きの練習をしている。刈田はわざとらしい真顔で言った。
「噂があるの?」
 あまり褒められたことはしていないから、落書きの下りは宮市に言わない方が良さそうだ。夏休みになると朝川も合流して三人でよく話し込んでいる、いわば秘密基地のような存在だ。そう考えながら答えに迷う刈田の返事を待ち切れなくなったように、宮市はだめ押しを加えるように続けた。
「あそこは冬に、霊が出るらしいです。昔から有名な心霊スポットで、近寄っただけでダメになるって」
 インターネットにも、テレビも出ていない地元だけの情報。刈田は苦笑いを浮かべた。確かに冬は行ったことがないが、それは単純に寒いからだ。
「身近にあるんだな。行ったことあるの?」
「ないですよ。あの森すら、ママは行ったらダメだって。昔は結構、事件があったって」
 宮市の口調には、本当は行ってみたいという期待感は含まれておらず、むしろ禁止されて安心しているようだった。
「あの辺は薄暗いし、危ないよ」
 刈田が念を押すように言うと、宮市はうなずいて時計を見上げると、立ち上がりながら言った。
「この前買った本なんですけど、私は全然怖いと思わなかった話があって。今度持って来ていいですか?」
「いいよ。怖いかどうか、俺が 判定したらいいのかな?」
「はい、お願いします」
 テンポの速い会話が終わって刈田も立ち上がり、隣の教室へ入っていく宮市の後姿を見送った。授業が始まってからも、赤い屋根の家のことが頭の片隅に残り続けていた。刈田自身、そんな噂は聞いたことがなかった。照内が非行に走る選択肢すら限られているぐらい、田舎だ。もし変な噂が立てば、誰かの口を通じて必ず耳に入るはずだ。家に帰ってから朝川に『赤い屋根の家は、心霊スポットらしい』とメールを打ったが、『初耳』と短い返事が送られてきただけだった。照内に言うと、今から行こうと誘われるだろうが、そこまでの時間はない。赤本に挟んだペンをしばらく眺めていた刈田は、不意に笑い出した。電気スタンドに照らされて伸びた影が、いびつな人型に見えなくもない。
 怖がると決めたら、何だって怖く見えるものだ。

      
― 現在 ―

 
 スマートフォンのアラーム通りに起きて、座席から体を起こしたとき、上着の一部が折れ曲がっていることに、今更気づいた。刈田はスマートフォンを充電ケーブルから引き抜くと、メッセージの通知を眺めた。朝川が迎えに来るらしい時間まで、あと十五分。最新のメッセージは、『ガソリン入れるからちょっと遅れる』。覚えている限り、朝川は時間に正確だった。自分が下り坂の惰性に乗せられるままになっているように、色々と削ぎ落されているのかもしれない。実際、無職だと知らなかったら、会おうとも思わなかっただろう。刈田はスーツの折れ目を伸ばしてから再び座席に体を預けた。こっちは少なくとも、自分で自分の食い扶持は稼いでいる。そう考えながら目を閉じてそのまま二度寝し、着信音で起こされた。スマートフォンの着信音が鳴るままにしてチェックアウトし、一階に降りたところで諦めたように着信音は鳴り止んだ。スーパーの入口を塞ぐようにシルバーの軽自動車が停まっていて、客が避けながら入口へ入っていくのが見えた。その運転席に座る顔を見て、刈田は会釈をした。朝川快斗。水泳部のエースで、コンクリートで固めたような肩の持ち主。今の朝川は、そこから今日までずっと、道端に放って置かれたような外見だった。助手席に乗り込むと、朝川は言った。
「久しぶり」
「元気か?」
 刈田が訊くと、その言葉が体中に痛みを引き起こしたように、朝川は顔を歪めた。
「いや。どっか悪いのかもな」
「健康診断は?」
 刈田が言うと、朝川は車をのろのろと発進させながら笑った。
「そんなの、実家手伝いにはない」
 再会の儀式は、この辺で終了。顔を見るのは十四年振りだが、特に積もる話もない。しばらく考えた後、刈田は言った。
「やっぱ引き返してくれ。帰る」
「どうして?」
 朝川は顔をしかめた。発進した以上、路肩に寄せるのが面倒なだけだろう。その心理はよく分かる。刈田は半ば諦めたように、埃だらけの窓から外に目を向けた。朝川は質問の答えを諦めて、小さくため息をつくと言った。
「IT系なんだっけ?」
「そうだよ、開発だ」
 刈田は霧がかかったような口調で言い、ふと気づいた。会話のペースが上手く乗らないのは、朝川も同じだと。
「お前は? 実家で何してた?」
 刈田が言うと、朝川はハンドルを握り直しながら呟いた。
「手伝いは、手伝いだ」
 車体が左に寄っては、真ん中に戻る。車の調子がそうさせるのかもしれないが、朝川が車に合わせてハンドルを小刻みに動かすから、酔いそうになる。刈田は狭い助手席の中で身を捩ると、言った。
「病院に運ばれたろ。もうかなり前の話だけど」
「あったな。なんでだっけ?」
 朝川は本気で思い出そうとしているように、顔をしかめた。刈田は自分の方が鮮明な記憶を持っているということに気づいて、それ以上追及するのを諦めようとしたが、会話が途切れる寸前で朝川が言った。
「ターンしたとき、どっちが上か分からなくなった」
「上って、水面のこと?」
 刈田が言うと、朝川はうなずいた。
「今までは、そんなことなかったんだけどな」
「病院に運ばれたのは、赤い屋根の家に行った夜だ。その後だよな?」
 刈田は少しだけ姿勢を正した。水の中で平衡感覚がおかしくなったのだ。推薦で大学に入るぐらいだったのに。刈田の頭の中で続いた言葉を察したように、朝川はうなずいた。
「大学に入ってすぐだった」
「それで辞めたのか?」
 大学を一年で中退したところまでは、知っている。やりとりは十四年に渡って続いていたが、朝川は、実家手伝いになって以降の近況報告だけは頑なにしなかった。刈田が答えを待っていると、言葉をようやく噛み砕いたように朝川は呟いた。
「そもそも、集中できないというか。なんだろうな」
「霊とか呪いは、信じてるか?」
「いや」
 信号待ちに引っかかり、短く答えた朝川は初めて刈田の方を向いた。
「お前は信じるのか?」
「信じない。でも、おれも同じなんだ。すぐ集中力が途切れる。照内はどうだったんだろうな」
「事故が起きた現場は実家の近くだけど、今月いっぱいの予定だったらしい。家の人間曰く、工期は来年まであるから、クビになったんだろうって」
「偶然、パイプが落ちてきた先にいたのか?」
 刈田が言うと、朝川はうなずいたが、それが全てではないように首を横に振った。
「いや……、そこが立ち入り禁止の場所だったから、労災で揉めてるらしいよ」
作品名:Jolt 作家名:オオサカタロウ