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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Jolt

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 刈田は駅のホームに辿り着くと、準急を待ちながらさらに思い出そうと目を細めた。不思議なのは、この辺りだけ不気味なぐらいに記憶が鮮明な部分があるということ。三人で赤い屋根の家に向かった。空気はいつもと違って澱んでいて、入ってすぐに頭が痛くなった。平衡感覚が鈍くなって、おそらく気を失ったのだと思う。そこから記憶がなく、気づいたら病院の医務室で目が覚めた。照内のバイクは傷だらけで、三人とも転倒したような擦り傷があった。麻衣がよく読んでいた心霊系の読み物にあるような、強引なオチ。それを地で行くような経験をした。何が起きたのか理解できないまま日常に戻ったが、そこで一度人生が終わり、新しく今のどうしようもない人生が始まったようにも思える。
 準急が到着してドアが開き、乗るかどうか今になって迷ったが、意を決して空気を割るように車内へ入ると、あとはどうでもよくなった。刈田はスマートフォンを取り出すと、他の乗客のようにディスプレイを眺め、溶け込んだ。
 照内がこの年齢で死んだことで、かろうじて人生と呼べるぐらいにはなっていた生活基盤が、今更のように揺らいでいる。訃報を聞いてからずっと考えていたのは、あの日本当に、麻衣が噂していた通りに呪われたのだろうかということ。刈田は、そのことをぼんやりと回る頭で考えながら、動画の広告が終わるのを待ち続け、広告が終わったところで気づいた。何の動画を再生しようとしていたのか、思い出せない。再生ボタンを押せば始まるはずだが、この時点で何を見ようとしていたのか忘れている。朝川も同じかどうか、聞いてみたい。高校卒業以来メールのやり取りだけで、『あけましておめでとう』という年始の挨拶以外、一年何の音沙汰もないときもあるぐらいだから、どのような見た目でどういう生活を送っているのかということが全く見えてこない。結局思い出せずに再生ボタンを押し、刈田は動画をぼんやり眺めながら時間を潰した。最寄りのひと駅手前で降り、都会のミニチュア模型みたいな繁華街を歩いてネットカフェに入ると、軋む椅子の上で体を伸ばしながら、告別式を終えた後の段取りについて考えた。地元からこのネットカフェに戻ってきてもう一泊する余裕はない。それに、告別式だけなら知り合いに会うとしても一瞬だけだ。朝川から何件かメッセージが届いているが、朝なのは間違いないだろうから、わざわざ開く気にもならない。どのネットカフェに泊まるかも伝えてあるし、時間通りに来なかったら帰るだけの話。
 昔はどうだったのか思い出せないし、その必要も感じないが、それでもその延長線上に今のこの姿はなかったということだけは、確信のように頭に残り続けている。
    

― 十四年前 ― 

  
「塾とか、意味あんのかよ。充分かしこいのに。まだ時間あるだろ?」
 バイクにまたがる照内が、ガソリンタンクにもたれかかりながら言った。刈田は肩をすくめると、田んぼの地平線にほとんど沈みかけている夕焼けを眺めて、返事を手助けしてもらったように首を横に振った。
「いや、今が追い込みだよ」
「一年間、ずっとそれ言ってる気がするけど」
 照内はそう言うと、空き地に所々生える雑草を見下ろした。
「卒業と共に社会人ってのも、急ぎすぎかな。おれも大学で遊びてえわ」
 刈田は、ガソリンタンクが跳ね返す夕焼け空の色に染まった照内の顔を見ると、苦笑いを浮かべた。
「大学は遊びにいくとこじゃないよ」
「分かってるけど、責任もねーだろ」
 照内は体を起こし、学校の方向を振り返った。部活が忙しい朝川は県立体育館までバスで練習に通っているから、時間が合わないことのほうが多い。あと一週間で冬休みが始まるから、そこまでは中々三人が揃わない。今年は刈田が勉強で忙しいから、結局うまく集まれないまま卒業を迎える可能性もある。
「とりあえず、行ってくるわ」
 刈田はそう言うと、公民館に向かって歩き始めた。バイクのエンジン音が背後で鳴り、振り返ると、その後ろ姿が県道に合流するところだった。実際には三十分近く早いが、一度期待されてしまった以上、それを自分から崩すわけにはいかない。公民館に入ると、廊下に置かれた茶色のベンチに麻衣が腰かけているのが見えた。『宮市』の名札は気をつけの姿勢を取るようにまっすぐで、制服にはしわひとつない。そのシャープな外見を証明するように、学校ではトップグループの成績。しかし本人曰く、中学校に入ってからの勉強は別世界で、いつまでついていけるか日々不安らしい。
「宮市さん」
 刈田が声を掛けると、カラフルな付箋だらけの参考書を膝の上に置いた宮市が顔を上げ、歯を見せて笑った。
「こんばんは」
「今日、付箋多くない?」
 刈田の言葉に、宮市は肩をすくめた。
「ちょっと、分からないところが多かったんです」
「先生に聞けばいいじゃない。そのための塾なのに」
「徳田先生、厳しくて。怒られるんですよ。心が耐えられないので、お願いします」
 宮市はそう言うと、参考書を献上するように差し出した。刈田は付箋の貼られた問題をひとつずつ解説していき、お互いの授業が始まる数分前に全ての付箋を剥がし終えた。宮市はぺこりと頭を下げると、言った。
「助かりました。刈田さんが先生だったらいいのに」
「これ、やめられなくなったら大変だよ。おれは来年卒業するんだから。冬休みに入ったら時間も合わなくなるし、どうするの?」
「分かってるんですけど、徳田先生じゃなくなったら頑張れそうな気がして」
 宮市はそう言うと、辺りを見回してからどうしても消せない癖を隠すように、不器用に笑った。
「あの、三面鏡の動画。分かりましたよね?」
 宮市のマイブームは心霊動画。ありもしないような『実録』動画を集めてDVDに収めたものを通販で購入し、何枚も持っている。最新は二十七番で、刈田は話についていくために先週貸してもらい、観たばかりだった。
「ひとつだけ、違う顔が映るやつだよな?」
「そう!」
 宮市は大きな声を上げ、建物全体に叱られたように首をひっこめた。辺りを見回すと、できるだけ抑えた声に切り替えて続けた。
「私、すごい気になるんです。霊障というか、呪いってほんとにあるのかなって」
 それは心霊好きが知りたい永遠のテーマで、世界中の研究者が答えを探し求めているだろう。刈田は合わせるようにうなずきはしたが、実際にはあまり霊の存在を信じていなかった。
「家の人も信じてる?」
 刈田が言うと、宮市は寂しげに首を横に振った。
「パパは現実主義で、話を聞いてくれないです。ママは聞いてくれるけど、一番怖いのは人間だって。お爺ちゃんだけですね、真面目に聞いてくれるのは。でも、たまにしか来ないんです」
 つまり、家族全員に話し続けているということだ。刈田は苦笑いを浮かべると、言った。
「気配を感じて振り返ること、ある?」
「バリバリありますよ」
 宮市が妙な自信に満ちた口調で言い、刈田は目線を上げた。
「よく言われることだけど。そういうときは、頭の上にいるんだよ」
 宮市は体全体を縮めながら歯を食いしばり、言った。
「ちょっと、怖い話は苦手なんですけど」
「何が違うんだよ」
作品名:Jolt 作家名:オオサカタロウ