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やさしいあめ5

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「じゃあなんでここにいるわけ? ここで男に弄ばれたがってるなんて、その彼氏っぽい人かわいそう」

「唯一、あっちの世界で、こっちにいるわたしのことを知ってる人なの。どうして知ってるのかは分からないんだけど」

「知ってて、それでなんて言ってるの?」

「とくに何も」

「それで彼氏やってるの? なにそれ。あり得ない」

「わたしもそう思う。けど、そうなの。本人も結構その気でいると思う。頭をね、少女漫画みたいにぽんぽんってしてくれるの。わたしの唯一の理解者だとも思ってる。わたしその人のこと好きだよ」

「なのになんでここにいるの? そんなにヤリたいなら、そいつにめちゃくちゃにされればいいじゃん」

「そうだよね。けど、そうはしてくれないタイプの人みたいなんだよね。って言うか、わたしに触れるのが怖いと思ってるのかも」

「得体のしれない汚い女だからね」

「やっぱりそうかな? でも、私の保護者みたいに振舞うの。保護者気取ってうれしそうにしてるの」

ヒカリはうげって顔をしていた。

「それは得体のしれない男だ。変な男だって。変な男にもう引っかかってるんだよ」

「そうかな? 良い人だよ。優しいし、真面目だし」

「けど、部屋入るまでは普通の男っているじゃん。変態丸出しのセックスするくせに、普段の顔はいたって普通って、いるでしょ。裏の顔なんて分かんないよ」

「そんなことはないと思うんだけどなあ」

「絶対そうだって。ヤルってなったら豹変するタイプなんだって。今は良い人ってのを植え付けてるとこ。あとでとんでもない奴に変わるとしても、普段は良い人だからって思ってもらえるように」

「そうかなあ」

「そうだよ」

 ヒカリとの会話は普段はしないもので、ちょっと卑猥な話もするし、普段は使わない単語を使ったりもする。あけっぴろげで、気がラクだった。思っていることをそのまま口にして大丈夫だし、わたしの裏の顔とも言えるこっちの話を隠しもせずにいるのが当然だから、ほっとしていられた。誰から知られることをやっぱりわたしは恐れていて、それでいて誰かに話したいとも思っていたのだろう。それも、女の子と話したかった。こちら側のわたしの目線で話ができるのはヒカリだけで、大切な存在だった。ここで会って、お互い生きてるね、無事だね、今日も生きようね、と言葉には出さずに言い合ってる気がしていた。

「まったくさ、アンダーエイティーンとしてるってのにしけてるよなあ。昔、エンコーって言葉があったときには、もっとリッチだったって聞いたよ。簡単にお財布がパンパンになったって。五万とか十万とか提示して、普通に払ってくれたって。あたしは精々もらっても三万だよ。あたしたちお買い得だよねって、安売りしすぎかな? 理沙は?」

「あたしは要らないって言ってる」

「はあ? 馬鹿なの?」

「お金はいいよって、タダでいいよって最初に言ってる。それでも後ろめたかったり、ボランティア精神だったり、根っからのパパなのか、大抵渡されるけどね。でも、それを使うのも捨てるのもどっちも違う気がして、缶に入れてしまってる。わたしは渡されても困る」

 わたしの正直な気持ちだった。ヒカリは、舌打ちした。

「タダでヤらせるなんて馬鹿だよ。こっちはリスク背負ってるんだよ」

「分かってるけど、その方が気がラクかなって」

「ホント馬鹿」

「わたしは馬鹿なんだよ」

 ヒカリはわざとらしくため息をついた。目に怒りが見えた。分かる。ヒカリはこんなことをしたいわけじゃない。それなのに、そうしないと生きていかれないからそうしている。セックスが好きなわけでもない。他に稼ぐ術がないからそうするしかないのだ。家があって、家族がいて、学校があって、友達がいて、そんなわたしがふわっとやってきて体を差し出して、お金は要らないなんてそんな優雅なことを言ったら腹も立つだろう。体を売っているという事実も嫌なのに売るしかなくて、その行為を少し憎んでもいるのに、それを自分はしたくないのにしているのに、ちょっとやってみたいの、そうしてみたいの、なんて理由でやっているわたしには、頭おかしいの?ってなるだろう。そうやって、わたしがマトモじゃないことにも腹は立つし、その上に、自分とするならお金は要らないとか、商売の邪魔までして、怒りが湧くのは当たり前だ。

「理沙は、ずるいよ。あたしは理沙が羨ましい。そんな気楽な感じでここに来てみたいよ」

 ヒカリは、切実な感じでここに来ているのだろう。少しデリカシーが足りなかった。

「ごめん」

「謝って欲しいわけじゃない」

 ヒカリはムッとした顔で言った。

「ごめん」

 もう一度謝った。

 わたしは恵まれている。分かっていた。それで、愛されていないと卑屈になったりできる、甘えられるなんて恵まれている。彼氏もいて、理解者で、そんな人がいるのも恵まれている。売りたくもない体を売って生活せざるを得ないヒカリとは違う。それでも、わたしはそうせずにはいられなくて、わたしはヒカリと同じことをしていても、全然違うのだろう。ここにいると、十代と言うだけで似た存在だと思えてしまうけれど、わたしとヒカリは全く違うのだ。ヒカリは本当はこんなことをしたくないけどしなくちゃならない。わたしはしなくても済むのにここにきている。見ている方向がまったく違う。わたしはこの頽廃的な今にそれなりに満足していた。この暮らしを悪いとは思っていなかった。健康的に生きることもできるのに、敢えてこちらを選んでいた。ヒカリには理解できない思考だろう。

「星の光、見えないね」

「キャバクラとラブホの明かりでね」

「でも、わたしには似合ってる」

「あたしもだよ」

 現実が輝くような日々なら、星の光に慰めてもらおうなんて考えもしないのだろう。

 駅の反対側に降りれば、楽しいこと、わくわくしたり、ときめいたり、そんなことが落ちているのだろうか。中高生の群れを見て、わたしには無いな、と思う。わたしはあんな風にはなれない。キラキラした学生にはなれる気がしない。一般的な十代の楽しいことだけをして、幸せで笑って生きている姿なんて想像もできない。星の光が見えないと嘆くわたしたちは、小さな明かりに飢えているのだろうか。現実が楽しければ、その輝きで星の光なんか目に入らなくなるに違いない。小さな星に頼らずとも、道は明るく照らされているだろう。星の光が目に染み入るのは、葛藤を抱えてそれをいなすこともできず、どうにもならない現実に耐えるしかないとき。その内に星の光は見えなくなる。星に助けを求めるだけ無駄だから、瞳が映すことを諦めるのだ。目がくもって、空は濁って見えるのだろう。

「じゃあ、あたしは約束があるから。今日泊めてくれる人と待ち合わせしてるの」

「またね。わたしは帰るね。わたしはあっちの世界の信用を失くしたらこっちにもこられなくなるかもだし」

「あんたは来なくてもいいのにね」

 ヒカリは人混みに消えて、わたしは駅に向かった。地下道を通って駅に戻る。制服着て、髪を縛る。
作品名:やさしいあめ5 作家名: