やさしいあめ5
『星の光』
「星の光?」
「そう。星野ヒカリ。バッカみたいな名前でしょ」
ヒカリはそう笑ってた。この名前嫌いのなよ、と。八重歯が特徴的な子だった。
「みんなと同じ方向見てさ、さあ、頑張りましょう!って言うのがどうも苦手でさ、高校行けって言われたけど、もうすっごい嫌で、入学しただけ。絶対馴染めないし、馴染めないせいで悩むのももう嫌だし、それなりにあたしも頑張ったつもりなの。でも、どうしても合わないんだよ、学校って言うの。個性を大事に、とか言ってもそこからもはじかれちゃうのがあたし」
「わたしもそういう存在だよ」
「けど、高校には通ってるじゃん。上手く隠し通せてるじゃん。勉強だって出来るんでしょ。あたしとは違う。あたし馬鹿だもん。あんたはさ、馬鹿みたいに浮かれた顔して、友達ときゃぴって笑って、彼氏がさーとか、親うぜーとか、そんな暢気なことを言いつつ、反対側のホームに降りればいいんだよ。こっちくんなって。安っぽい恋愛ものの映画とか見て、ちょー感動したーって泣いてればいいんだよ。こっちには、AVと汚い男の欲望しかないよ」
ヒカリはツイッターで相手を探してパパ活をしていた。主に体を売って、お金をもらって生活していた。その日泊めてくれる男を探して、上手くいけばその人と付き合ったりして、その日その日の宿と食事にありつけるかと、そんな暮らしをしていた。もう一年、家出したまま。
「あたしは死んでも連絡する相手すら誰も分からないんじゃないかな。あんたも知らないでしょ。あたしのこと」
「うん。ごめんね」
「むしろ、知ってたらあたしあんたのそばから離れてるし。本当に、なんでこっちにいんの?」
「わたしにはこっちの空気があってるの」
「どうしてちゃんと生きられるのに、わざわざ大きく外れようとするの?」
「ちゃんとなんか生きられない。だからこっちに来ちゃうの。レールの上なんか上手く歩けない。ヒカリちゃんだってレールの上は歩けないんでしょう」
「あたしにはレールすらないっての。あんたはまだ普通になれる。あきらめんな」
「無理なんだよ」
この話はいつも平行線だった。
ヒカリは出会った頃に笑いながら話していた。
「もうさ、すっごいカルチャーショックだよね。あたし知識なんて何もなかったからさ、ホント相手に任せてて。ローターですっごい遊ばれてからの、もう許してください的な状態で、ぶっ刺されるって。ぶっ刺されるなんて思わなかった。あたし、痛いらしいって聞いたから、構えてたのよ。けど、どうして痛いのかってことは知らなくて、そもそもせーしとらんしが出会うとなんちゃらって、どうして出会うの? どこから出てくるの? よく分かんないけど女の子が飲んだりするのかな? それで胃酸にも負けなかったのが生き残って子孫をのこす段階になるのかな。でも胃を通っても腸を通ってって、え、どうなるの? もう訳分かんなーいって、思ってたの。まさかぶっ刺されるなんてねー。えーそこから出てくるの? みたいな。しかも、男のものってすっごいグロテスク。キモイ。けどさ、その初体験とやらもさ、痛くもなかったし、もう何がなんだか分かんなくなってたし、結果オーライかな。まあ、そいつはコンドーム使ってなくて、そういうものの存在を知らないままの危ない時期を一ヶ月くらい過ごしちゃったけど、親切な人が教えてくれたし、それからは守ってるし。そこは最低限のマナーだよね。責任取れないだろ、あんたはって。なら避妊くらいしろって話。でもホントすっごいカルチャーショックだったの。笑えるっしょ」
どこを笑ったらいいのか分からなくて、曖昧に笑ってみせた。
「でもさ、実際飲ませはするじゃん? あたしの想像もあながち外れてなかったのかなーなんてね。あたしには分かんない。どうしてそんなことに興奮するのか。女が泣いてるような顔を見て興奮するんでしょ。分っかんないなー。あたしは理沙が泣いてたら心配するけど」
「ありがと。わたしもヒカリちゃんが泣いてたら同じだよ」
「ちゃんやめろって」
ヒカリは出会ったとき、お酒を煽ってハイになってた。そういう人には近づかない方がいいのかもしれないけれど、同い年くらいの女の子で、心配で、放っておけなかった。立ち止まって、大丈夫ですか?と声をかけたら、
「なに?」
「心配で」
「なんで?」
「死んじゃいそうで」
そう言うと、ヒカリはすっとまっすぐ立って、
「これ、ただのジュースだから。大丈夫。薬もやってないし、あたしも正気。演技だよ。ヤバい奴になった振りしてるの」
それから、その場に座り込んだ。
「なにそれ」
「だから、大丈夫だから、放っておいても平気だよ」
「わたしもやる」
「え?」
「わたしもヤバい人になってみたい」
「あんた相当変わってるね」
「あなたがさっきまでしてたことがしたいって言ってるの。つまり、あなたも相当変わってるのね」
「そうだよ。あたしは相当変わってる奴に憧れてるの。振り切れちゃってる奴とか、頭の可笑しい奴に。あたし、ヒカリ。あんたは?」
「理沙だよ。ヒカリちゃん、よろしくね」
「ちゃんはやめろって」
「分かったよ。ヒカリちゃん」
「だから」
わたしたちは、煌びやかで怪しいお店の怪しい光に照らされて、そこでの賑やかな様子を横目に、その日はヤバい奴になった。そんなことをしたのははじめてで、なんだか楽しかった。本当にヤバイ人種の人たちが声をかけてきたときには、きゃーっと叫んで走って逃げた。
わたしが、ヒカリをちゃん付で呼ぶ度に、ヒカリは不機嫌に訂正して、それでもわたしはヒカリをヒカリちゃんと呼び続けた。その度にヒカリは訂正しようとしたけれど、わたしがおもしろがってるだけだと気づいてそれをやめた。
ヒカリは十六歳で、わたしより一つ下だった。早く大人になりたいといつも言っていた。
「十八になれば、アパートも契約できるようになるんでしょ? それに風俗で堂々と働けるじゃん」
「他の道も考えなされ」
「あたしには無理だよ。日の当たる道は歩けない。ソープとかがいいかなあ」
「キャバクラとかじゃないの?」
「接待みたいのあたしにはできない。おもしろい話もできないし、合わせるのも苦手だし、相手を機嫌よくさせるのも上手くできる気がしない。頭使いそうでヤダ。難しそうじゃん。そういうの分かんない」
「変な男に引っかかりそうで放って置けませんな」
事実、一昨日泊めてもらった男に殴られたらしくて、今頬に痣があった。その男が優しさで殴ったのだと言ったり、暴力男にでも囲われて監禁でもされるんじゃないか、そうして売春でもさせられるんじゃないかと心配だ。
「そういうあんたこそ変な男に引っかかりそう。絶対だよ」
「そうかな?」
「そうだよ。ぽわーっとしてるし、ぼけーっとしてるし、ふわーっとしてるし、頭のおかしい男にのめり込んだりするんだって。それでハマって抜け出せなくなるタイプだって」
亮太はどうだろうか。おかしな男だろうか。わたしは亮太の彼女認定を受けている。それを威張ってみた。
「わたしには、彼氏みたいな人がいるもん」
「星の光?」
「そう。星野ヒカリ。バッカみたいな名前でしょ」
ヒカリはそう笑ってた。この名前嫌いのなよ、と。八重歯が特徴的な子だった。
「みんなと同じ方向見てさ、さあ、頑張りましょう!って言うのがどうも苦手でさ、高校行けって言われたけど、もうすっごい嫌で、入学しただけ。絶対馴染めないし、馴染めないせいで悩むのももう嫌だし、それなりにあたしも頑張ったつもりなの。でも、どうしても合わないんだよ、学校って言うの。個性を大事に、とか言ってもそこからもはじかれちゃうのがあたし」
「わたしもそういう存在だよ」
「けど、高校には通ってるじゃん。上手く隠し通せてるじゃん。勉強だって出来るんでしょ。あたしとは違う。あたし馬鹿だもん。あんたはさ、馬鹿みたいに浮かれた顔して、友達ときゃぴって笑って、彼氏がさーとか、親うぜーとか、そんな暢気なことを言いつつ、反対側のホームに降りればいいんだよ。こっちくんなって。安っぽい恋愛ものの映画とか見て、ちょー感動したーって泣いてればいいんだよ。こっちには、AVと汚い男の欲望しかないよ」
ヒカリはツイッターで相手を探してパパ活をしていた。主に体を売って、お金をもらって生活していた。その日泊めてくれる男を探して、上手くいけばその人と付き合ったりして、その日その日の宿と食事にありつけるかと、そんな暮らしをしていた。もう一年、家出したまま。
「あたしは死んでも連絡する相手すら誰も分からないんじゃないかな。あんたも知らないでしょ。あたしのこと」
「うん。ごめんね」
「むしろ、知ってたらあたしあんたのそばから離れてるし。本当に、なんでこっちにいんの?」
「わたしにはこっちの空気があってるの」
「どうしてちゃんと生きられるのに、わざわざ大きく外れようとするの?」
「ちゃんとなんか生きられない。だからこっちに来ちゃうの。レールの上なんか上手く歩けない。ヒカリちゃんだってレールの上は歩けないんでしょう」
「あたしにはレールすらないっての。あんたはまだ普通になれる。あきらめんな」
「無理なんだよ」
この話はいつも平行線だった。
ヒカリは出会った頃に笑いながら話していた。
「もうさ、すっごいカルチャーショックだよね。あたし知識なんて何もなかったからさ、ホント相手に任せてて。ローターですっごい遊ばれてからの、もう許してください的な状態で、ぶっ刺されるって。ぶっ刺されるなんて思わなかった。あたし、痛いらしいって聞いたから、構えてたのよ。けど、どうして痛いのかってことは知らなくて、そもそもせーしとらんしが出会うとなんちゃらって、どうして出会うの? どこから出てくるの? よく分かんないけど女の子が飲んだりするのかな? それで胃酸にも負けなかったのが生き残って子孫をのこす段階になるのかな。でも胃を通っても腸を通ってって、え、どうなるの? もう訳分かんなーいって、思ってたの。まさかぶっ刺されるなんてねー。えーそこから出てくるの? みたいな。しかも、男のものってすっごいグロテスク。キモイ。けどさ、その初体験とやらもさ、痛くもなかったし、もう何がなんだか分かんなくなってたし、結果オーライかな。まあ、そいつはコンドーム使ってなくて、そういうものの存在を知らないままの危ない時期を一ヶ月くらい過ごしちゃったけど、親切な人が教えてくれたし、それからは守ってるし。そこは最低限のマナーだよね。責任取れないだろ、あんたはって。なら避妊くらいしろって話。でもホントすっごいカルチャーショックだったの。笑えるっしょ」
どこを笑ったらいいのか分からなくて、曖昧に笑ってみせた。
「でもさ、実際飲ませはするじゃん? あたしの想像もあながち外れてなかったのかなーなんてね。あたしには分かんない。どうしてそんなことに興奮するのか。女が泣いてるような顔を見て興奮するんでしょ。分っかんないなー。あたしは理沙が泣いてたら心配するけど」
「ありがと。わたしもヒカリちゃんが泣いてたら同じだよ」
「ちゃんやめろって」
ヒカリは出会ったとき、お酒を煽ってハイになってた。そういう人には近づかない方がいいのかもしれないけれど、同い年くらいの女の子で、心配で、放っておけなかった。立ち止まって、大丈夫ですか?と声をかけたら、
「なに?」
「心配で」
「なんで?」
「死んじゃいそうで」
そう言うと、ヒカリはすっとまっすぐ立って、
「これ、ただのジュースだから。大丈夫。薬もやってないし、あたしも正気。演技だよ。ヤバい奴になった振りしてるの」
それから、その場に座り込んだ。
「なにそれ」
「だから、大丈夫だから、放っておいても平気だよ」
「わたしもやる」
「え?」
「わたしもヤバい人になってみたい」
「あんた相当変わってるね」
「あなたがさっきまでしてたことがしたいって言ってるの。つまり、あなたも相当変わってるのね」
「そうだよ。あたしは相当変わってる奴に憧れてるの。振り切れちゃってる奴とか、頭の可笑しい奴に。あたし、ヒカリ。あんたは?」
「理沙だよ。ヒカリちゃん、よろしくね」
「ちゃんはやめろって」
「分かったよ。ヒカリちゃん」
「だから」
わたしたちは、煌びやかで怪しいお店の怪しい光に照らされて、そこでの賑やかな様子を横目に、その日はヤバい奴になった。そんなことをしたのははじめてで、なんだか楽しかった。本当にヤバイ人種の人たちが声をかけてきたときには、きゃーっと叫んで走って逃げた。
わたしが、ヒカリをちゃん付で呼ぶ度に、ヒカリは不機嫌に訂正して、それでもわたしはヒカリをヒカリちゃんと呼び続けた。その度にヒカリは訂正しようとしたけれど、わたしがおもしろがってるだけだと気づいてそれをやめた。
ヒカリは十六歳で、わたしより一つ下だった。早く大人になりたいといつも言っていた。
「十八になれば、アパートも契約できるようになるんでしょ? それに風俗で堂々と働けるじゃん」
「他の道も考えなされ」
「あたしには無理だよ。日の当たる道は歩けない。ソープとかがいいかなあ」
「キャバクラとかじゃないの?」
「接待みたいのあたしにはできない。おもしろい話もできないし、合わせるのも苦手だし、相手を機嫌よくさせるのも上手くできる気がしない。頭使いそうでヤダ。難しそうじゃん。そういうの分かんない」
「変な男に引っかかりそうで放って置けませんな」
事実、一昨日泊めてもらった男に殴られたらしくて、今頬に痣があった。その男が優しさで殴ったのだと言ったり、暴力男にでも囲われて監禁でもされるんじゃないか、そうして売春でもさせられるんじゃないかと心配だ。
「そういうあんたこそ変な男に引っかかりそう。絶対だよ」
「そうかな?」
「そうだよ。ぽわーっとしてるし、ぼけーっとしてるし、ふわーっとしてるし、頭のおかしい男にのめり込んだりするんだって。それでハマって抜け出せなくなるタイプだって」
亮太はどうだろうか。おかしな男だろうか。わたしは亮太の彼女認定を受けている。それを威張ってみた。
「わたしには、彼氏みたいな人がいるもん」
作品名:やさしいあめ5 作家名: