主犯と共演者の一致
「ああ、そうなんだ。その件で、旦那のところの使用人という女性から電話があって、私もその時に初めて知ったんだが、彼女が自殺したことをね。どうにも納得のいかないことが多すぎるので、会社とは関係のないことで済まないと思ったが、君の手腕を借りたいと思ってね」
「そういうことでしたか。分かりました、私が出来る限り探ってみましょう。社長は私にとって尊敬すべき方です、あなたのような方の下で働けるのを光栄に思っています。どんどん私を利用してください」
「ありがとう。そう言ってもらえると私も心強い。お言葉に甘えて、そうさせてもらうよ」
と、社長は言った。
「この事件には、まだ何か裏に潜んでいることがあるようでもう少し探ってみようと思います」
「そうだね、実は私は気になっていることがあるんだよ」
「なんでしょうか?」
「彼の会社の一番の資金源が違法薬物であるということなんだ。そのあたりが少し気になるので、重点的にお願いしよう」
と、大曾根は言った。
彼が調べてきた内容を数日後に報告として聴いた。
「社長は、岡崎静香という女性と懇意にされていると伺いましたが、彼女が殺されたという話はご存じですか?」
と聞かれて、
「ああ、知っているよ。でも、彼女が殺されたことと、このマンションでの事件とに何かかかわりがあるのかい?」
「直接二人に面識があるかは分からないのですが、じゃあ、社長は岡崎静香という女性が違法薬物を使用していたということは午前地でしたか?」
といきなり核心に入ってきた気がした。
「もちろん知っているよ。だから、彼女とは身体を重ねることはしなかったんだよ」
「そうですか。実は彼女の使用していたそのクスリの出所が、どうも旦那の会社によるもののようなんですよ。しかも、それは社長自ら与えていたもののようで、二人が肉体関係にあったかどうかまでは分かりませんが、どうやら彼女はそのクスリを媚薬として使い出したようなんですが、そのうちにドップリと嵌ってしまって、どうやら旦那の言いなりになっているところもあったようなんです」
それを聞くと、思わず自分の身体がワナワナと震えてくるのが分かった。
静香は、黒熊という男との媚薬による関係に精神的な疾患のようなものを感じ、その癒しのために、自分を利用していると思っていた。自分もそれを容認しているうちに、頑なな考えを持っていた静香が次第に氷解していくのを感じ、自分の男としての冥利に感じていた。何も、肉体関係だけが女性を引き付けておくものとは限らない。心の結びつきでもありえることだと証明してくれたのが、静香だと思っていたからだ。
その信じていた静香が、まさかそんなことになっていたなんて、信じられなかった
ただ、彼女が麻薬中毒になっていることは分かっていたが、その出所までは考えたこともなかった。少なくとも自分の会社ではないことは分かっているだけに、安心だったのだ。
だが、大曾根も彼女を最初は疑っていた。
――薬を手に入れたいという思いがあったから、この俺に近づいたのではないか?
という思いであった。
その思いは彼女との時間が増えてくるうちに消えていった。ここも氷解という言葉を使ってもいいかも知れない。
「さらにですね。警察の捜査の方ですが、やはり相手の奥様を被害者の姉として、一応の事情聴取はしたようなんですが、それ以上何も怪しむ感じはなかったようです。姉だと言われてそれを普通に信じているようです」
という話で、
「ということは、旦那にまで捜査の手が及ぶことはないということでしょうね」
「その通りですね。旦那にとってはありがたいことでありますが、元々は用心のためにカモフラージュしていたことが役に立ったというわけです。ひょっとすると、こんなこともあるんじゃないかとも考えていたかもですね」
「どうやら、相当ひどい企業のようだね。そんな会社だったら、うちの会社とはまったく関係がないんだろうな。そのあたりはちゃんとリサーチはしているはずだからね」
というと、部下は、
「いや、実はちょっと怪しいこともあるようです。やつらが、うちの会社をリサーチしているのが分かってきたんです。ひょっとすると、やつらのことだから、すでに内偵者を送り込んでいるかも知れないと思い、今調査をしているところです。もしそんなやつがいれば、こちらがその気になって調査すればすぐに分かります、内偵者などというのは、結構分かりやすいものですよ。その筋の人間が見ればすぐに分かります。逆に内偵をされているということが相手の企業にバレれば、その時点で計画の半分は水泡にし来ているようなものですからね」
と言った。
「それは心強い。さっそくその方の捜査もお願いしよう」
と大曾根もいよいよ敵の存在を意識しなければならなくなったのを感じていた。
「ところで、もう一つ、岡崎静香さんが殺されたという事件ですが、どうやら、あれは過失致死の様相を呈してきたという話ですね」
「どういうことですか?」
「彼女はラブホテルで殺害されていました。その時にきっと猟奇的なプレイをしたのでしょう。もちろん、薬を使ってね。そこで超えてはいけない一線を越えてしまったと考えられなくもない。そう思って、彼女の部屋にいたのが、黒熊五郎ではないかと思い、警察も同じように捜査したのでしょうが、やはりやつではないかという話になりました。何しろ指紋がちょくちょく残っていましたからね。拭き取るところは丁寧に拭き取っているのに、ところどころで残すなんて、計画的な殺人ならあり得ません、黒熊の指紋が残っていたということは黒熊以外はいたとは考えられないので、犯人は黒熊でしょう。彼には彼女を殺害する動機がありません。そうなると、プレイの間に事故で死んだと考えるのが妥当だと思います。だから過失致死ではないかということです」
という話を聞いて、
「人が明らかに殺されているのに、過失致死だなんて」
と、さすがにショックを隠し切れない大曾根であった。
影のフィクサー
大曾根は確かに聖人君子ではないが、悪を許せないという気持ちは誰よりも強いのではないだろうか。二代目社長としてはどうしても初代社長から見れば力量としては劣るのかも知れないが、その正義感の強さが、社員や部下を引っ張っていくだけの力になることを、部下もよく分かっていた。だから、大曾根社長の要求を、嫌な顔一つせずに引き受けているのだろう。
大曾根社長はそんな部下に支えられ、何とか事件の解明をしたいと思っていた。特になぜ不倫相手の彼女が自殺をしなければならなかったのか、そのことが一番気になるところだった。
「奥さんの自殺については、警察は何ら疑いを持っていないということなのかな?」
と大曾根が聞くと、
「最初はそうだったんですが、門倉刑事と上野刑事の二人は、どうやら少し気になっているようなんです。自殺が今回の事件にどのような影響があるのか分からないけど、このあたりから当たってみるというのも、目先を変えるという意味でいいのかも知れないと思っているようです」
と聞いて、
「警察にもちゃんとした判断ができる人もいるということかな?」