かまれた話(おしゃべりさんのひとり言 その81)
僕はまだ2~3歳のころ、初めて犬にかまれました。
おばあちゃん家にいた捨て犬の『ステ』が、保護して1週間くらいで赤ちゃんを5匹ぐらい生んだんだ。これには、おじいちゃんもおばあちゃんも驚いてた。
そのうちに子犬は近所に引き取られて行ったみたいだけど、僕がおばあちゃん家に遊びに行ったタイミングでは、たしか2匹、薄茶色のと白黒のブチが残ってた。その子を抱っこして遊んだり、買い物に連れて行ったりしたけど、かまれはしない。まだ生後1ヶ月とかの子犬だから、おばあちゃんたちも安心してたんだろう。
でも僕は(犬にかまれてみたい)と思った。親犬のステは、僕と同じくらいの大きさなんで怖いけど、子犬なら全然平気。おばあちゃん家の近所にも友達がいて、その子がやたら犬を怖がってたので、「犬にかまれた」なんて自慢したかったような気がする。
その子犬の口に、気を付けながら指を突っ込んでも強くはかんでくれない。所謂、甘がみってやつで、指先に圧力を感じる程度で何ともない。僕は犬より強いんだって勘違いしてしまった。
おばあちゃん家から自宅に戻って、新興住宅地のその近所には、飼い犬がいっぱいいた。年上の子たちが、エサをやったりしているのを見てたけど、もう今なら触ることも出来そうだ。(頭を撫でてやろう)そう思って手を出した途端、冒頭の事件となったわけだ。
その後は様々な犬にかまれても、不思議と僕は、犬が怖いと思わなかった。その理由をどう考えても思い出せないんだけど、犬が好きすぎて、かまれようが何されようが、懲りずに触りたくなるから、前向きに慣れて行ったんだと思う。まるで何度騙されても離れられない、危険で魅力的な異性みたいなもんだよ。
それでどんなタイミングなら危ないか、ヤバそうな犬でも、どうすればかまれないか。そんな感覚が経験で身に付いた。初対面の犬には、まず1メートルの距離を取って相手の様子を見る。こちらに興味がありそうなら近付く。警戒してるならその距離感で、黙って穏やかに待って緊張をほぐす。手を出す時は、グーにした手の甲を鼻先に近付ける。小学生くらいの時からこんなことしてた。
以来、犬に無茶がみされるなんてことはなかった・・・
いいや、一度だけあったな。高校生の時、野犬の襲撃に遭った。
僕はたまに自転車通学してたんだけど、ちょっとした山を一つ越えないといけないんだ。真夏の峠越えは大汗かくので電車通学してたけど、実は自転車の方がかなり早く着けるから、季候のいい時期には、僕は結構、自転車を使ってた。
ある日、そんな上り坂を頑張ってロードバイクをこいでたら、野良犬が寄って来て並走しだしたんだ。はじめ1匹だったそれは、次第に仲間が寄って来て5匹ぐらいになった。その内の一匹が人懐っこくて、ピョンコピョンコと寄って来る。どうやらそれらは野良犬じゃなく、その山の中腹にあった土木工事の会社の敷地で飼われてた犬たちだったようで、それがなぜか檻を出てしまったらしい。
24段変速付きの自転車でも、上り坂がしばらく続くと、疲労でローギアまで下げていた。と言うことは、ペダルは軽いので高速回転しても、なかなか前には進まない状況だ。その僕の足に興味を持ったのか、その犬が跳び付いて来る。つまり、僕のふくらはぎを何回も繰り返しかむんだ。
「痛い! やめろ!」
そう言って、足で蹴ろうとしても、野生の反射神経にはかなわない。その蹴り足までかんできた。僕は必死で逃げようとギアを上げてペダルを踏むも、悲しいかな上り坂、かみたい放題やられる。そんな犬が5匹も追っかけて来たら、(食われる!?)という恐怖が頭をよぎる。
ついには自転車を降りて、それを振り回し、犬を追っ払うと、その隙にダッシュで自転車を押して坂を駆け上げり、下りを猛スピードで逃げ切った。
あとで確認すると、制服のズボンが切り裂かれ、ふくらはぎに内出血が数か所も。そこで同じ目に遭った友達もいたので、学校の先生が調査してくれて、その犬たちがちゃんと管理されるようになったからか、その後はそんな事件は起こらなかった。
大人になってからは、柴犬を飼ってたけど、その子は絶対にかまない子になった。僕の躾が厳しかったから、ちょっとでもかもうとすると、その子の耳をかんで痛みを解らせてたんで、たまに何かの拍子で歯が当たっただけでも、心配そうに「ごめんなさいごめんなさい」とすり寄って来てた。だから犬が怖いと言うお客さんも、初めは遠ざけてたのに、最後は触れるくらいになって帰っていく。
そんなうちの犬でも、寂しい時や出張から暫くぶりで帰宅した時なんか、僕の手を口に含むように甘がみしてきてた。決して痛くしないようにハグハグとかむ。これは手を自由に使えない、動物の本能からくる愛情表現だろうな。
他にかまれたものって、何かあるかな?
あ、そうだ思い出した。それは冒頭の二つ目のエピソード。
グアムに行った時、遠浅のビーチで海面に露出したサンゴ礁で、カニやタコを探して遊んでた時、膝上くらいまで水に浸かりながら歩いてたら、黄色い魚がこっちを警戒している様子が水面から見えた。ゴーグルで覗くと、それはフグの仲間のようだった。そいつが50センチくらいのサンゴの岩をバックに、こっちを睨んでいる。
足で威嚇すると、何と! 果敢にも僕の足に突進してくるではないか。縄張り意識なのか、卵でも守ってたのか分からないけど、僕はすねをかまれた。痛い。それは鋭いくちばしを持ってるようで、すねの肉が引き裂かれてしまい、慌てて逃げたけど、その後も5メートルは追っかけられて、ふくらはぎまでかまれた。こんなのいくら慌てても、いくら怒っても、犬とは違ってやめてくれない。
浜に上るとダラダラと血が流れるほどだった。友達が心配そうに寄って来たので、「フグにかまれた」って言うと、皆に大笑いされた。そんなピラニアみたいな魚が、観光客で賑わうあのビーチにいるなんて、想像できないでしょ。
野生動物には無理だとしても、他人に迷惑をかけないためには、ペットの躾って本当に必要だと思う。飼い主の責任が大事って話だけど、知らんぷりする人もいるんだろうな。
人をかむような人が犬を飼ったら、逆にその犬にかませようとしないかな?
かんじゃだめでしょ! 犬でも解ることなのに。魚の脳みそレベルなの?
あの悪ガキ、ちゃんとした大人になっててほしい。
つづく
作品名:かまれた話(おしゃべりさんのひとり言 その81) 作家名:亨利(ヘンリー)