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エクスカーション 第3章 (治療と治癒)

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 体温に近い猛暑の中、公園内の車道のアスファルトは揺れていた。
午前中に球技場の芝生の手入れをした加藤は木陰の置き石の上で弁当を食べていた。冷房の効いた事務所でも食べることはできたのだが、加藤は人がいない外の木陰の方を好んだ。冷房の冷気よりも木陰の空気の方が肌に合っているということも木陰を選ぶ理由であった。弁当を食べ終えた加藤は細長い石の上に寝転んだ。石は朝から日差しの当たらない場所にあったのでひんやりとして気持ちよかった。加藤はまどろみのなか遠くからビバルディ―の四季が聞こえてきた。四季の音楽が徐々に近づいてきた、というより加藤の意識が戻ってきたのであった。上体を起こした加藤はウエストバッグから携帯電話機を出して通話ボタンを押した。
「はい、加藤です・・・キシダさん??? はあ? はあ? ああ、岸田先生ですか。お世話になっています。何か、まずいことでもわかったんですか?  はい・・・はい・・・えっ、北海道の小学生と先生も・・・樽前山ですか・・・滋賀県の女性もですか・・・そんなことがあるんですか・・・はい・・・はい・・・その女性聞こえるようになったんですね・・・はい・・・わかりました。私ももう少し詳しくお聞きしたいです・・・はい・・・10日の17時ですか? 少し待ってください」 加藤は、17日の曜日と勤務予定をすっかりまどろみから覚めた頭の中で確認して、そして答えた。
「伺えると思います。大丈夫です。 ・・・はい、わかりました。病院の外来診療室ですね。わざわざご連絡ありがとうございます。はい、失礼します」
加藤は携帯をバッグにしまうと塩飴を一つ取り出して口に放り込んだ。午後からはレッドロビンの伸びた枝を剪定する作業が待っている。事務所に戻った加藤は相方の清水と一緒に軽四に乗り込み公園の遊歩道の現場に向かった。依然アスファルトは熱気で揺れていた。色が見えない加藤の眼にもその揺れは見えていた。



   4

 8月10日17時、加藤は誰もいない待合室を通り過ぎ岸田の診察室のドアを叩いた。岸田はすでに診察室の中で待っていて、加藤を迎え入れた。そして椅子に座るように促し、加藤が座るや否や8月1日に北海道の樽前山に行ったことから時系列に出来事を話した。加藤は驚きを隠せなかった。自分が地球レベルの奇妙な現象のなかで奇妙な身体症状を起こしている可能性を理解し、それを受け止めなければならなかったからである。岸田は、精神科の玉木に相談して提案を受けた磁気治療についても説明した。そして、加藤に知らせずに精神科医への相談を行ったことについて詫びた後、治療の安全性と、かけてみる価値が十分にあることを説得に近い言い回しで勧めたのだった。加藤は治療を受けてみることを決心した。それは、岸田の強い勧めというより、残りの人生を色覚をなくしたまま送ることを考えると、逆に試みに乗らないという選択はなかったからと言ってよい。加藤は京都の精神病院に受診予約を入れることにした。岸田はあらかじめ用意していた紹介状を加藤に渡した。加藤が診察室を出ようとして椅子から立ち上がった時、岸田はふと思いついたことを問った。加藤の妻のことだ。樽前山には夫婦で登ったと言っていたことを思い出したからだ。加藤は椅子に座りなおすと、自身も思い出したかのように話し始めた。
「実は私も7月の末になって妻から初めて聞いたのですが、音楽に色がついて感じると言うのです。先ほど先生から伺った北海道の小学生が言っているのと同じようなものだと思うのですが・・・」
「そうでしたか」
「でも妻は何と言うか、最近音楽をよく聞くようになって、色付きの音楽を楽しんでいるようなんです。私の眼のこともあって、一度受診してみてはどうかと言ったのですが、何の不都合もないようでむしろ今までとは違った音楽の楽しみ方が出来ているので、私はこのままでいい、と言うのです」
「そうですか。まあ、それならそれでいいかもしれませんね」 岸田は加藤の妻の言うことがわかるような気がした。共感覚者には音楽や芸術関係の感性が高い人が多いと言われているので、生活上の不都合がなければそうした知覚を楽しむこともあってよいことだと考えた。岸田の言葉を聞いた加藤は椅子から立ち上がり一礼をすると診察室を後にした。



  5

 8月25日、7月から続く猛暑はいっこうに勢いを落とす気配がなかった。病院の横にある林ではツクツクボウシが鳴き始めたと言うのに。
病院の廊下で田島の姿を認めた岸田は、帰る前に少し時間が取れるか、と訊ねた。田島はそれなら冷たいものでも飲みに行こうということで病院のある高台から琵琶湖方向に下ったところにある喫茶店で待ち合わせた。
 2人は窓際の席に座り、アイスコーヒーを注文すると店員が持ってきた冷たいおしぼりで顔を拭いた。
「どうや、加藤さん」 田島の方から問った。
「それが2回目ですでに効果が出てきているらしい。本人にも玉木さんにも電話で聞いてみたんだが、この分だと5回目までに元の状態に回復しそうだと言っていた。玉木さん治療の後に石原式色覚検査をしてくれているらしい。それで、青と緑系統の色は知覚できてきていて、あと赤がまだのようだと言っていた。磁気刺激が確実に効果を示しているようだ」
「そうか! 俺の読み通りやな」
「ああ、感謝してるよ」
「おお、しっかり感謝しろ! しかし、完治すれば論文だな」
「まったく。新たな治療法の発見だな。田島―玉木で 『TーT磁気療法』 ってとこか」
「おまえのkも入れていいぞ」
「俺のはいいよ。ところで、笠木さんの方はどうだ?」
「問題なさそうだ。あれ以来受診には来てないけど、この前気になって電話で聞いてみたら、とてもよく聞こえています、って言ってた。 ところで、北海道の小学校はどうや。登校日の後に連絡すると言ってたろ?」
「それだ。それが、半分の子は回復したと言うんだ。あと半分の子供たちも一部の色が見え出したり、聞こえの方も夏休み前よりかなり良くなっていると言ってた。子供たちは病院で特別な治療を受けたわけでもないらしいんだけど・・・」
「何もしないのに回復しているのか?」
「そうらしい。親御さんたちも一過性のもののようだった、ということで安心していると言ってた」
「笠木さんや加藤さんのことは言ったのか?」
「いや、それは言ってない!」
「そらそうやわな。今の段階では感電や磁気療法なんてことは言えんわな。でも子供たちはどうして回復したのかな?」
「俺もそれを考えていたんだ。笠木さんや加藤さんももう少しすれば自然に回復したのかな、と考えもするし、子供と大人の違いなのかと考えもするし・・・」
「脳の修復力の違いやないか。発達期の子供の脳は可塑性だけじゃなく修復力も大人より高い、ということかな」
「そうかもな。調べてみたんだが、国立がん研究センターの見解では、やはり子供の脳は大人より高周波エネルギーに影響を受けやすいということだ。反面、いったん受けた損傷の修復力は大人よりも高いのかもしれん。現に小学生たちは回復してきているようだし・・・」
「加藤さん、治療しなくても回復したかもしれんって考えているのか?」