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エクスカーション 第3章 (治療と治癒)

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玉木の提示した治療法は電気痙攣療法ではなく、TCMと呼ばれる経頭蓋磁気刺激療法というものだった。玉木によれば電気痙攣療法は身体に電気を流すことになるので体への負担と一時的な健忘などのリスクも考えられるのでTCMの方がよいと言う。それに電気痙攣療法は麻酔や酸素も使い入院治療が必要だという。一方、経頭蓋磁気刺激療法は身体への負担もリスクも低く、高い効果も期待できる。もちろんこの効果はうつに対するものだが、試すならTCMの方が安全性と通院で治療できることから望ましいということだった。
 経頭蓋磁気刺激療法とは、電磁パルスを発する装置を使って、頭部のねらった領域の神経組織に微弱な電流を誘発し脳の活動を刺激する治療法だ。鬱の場合脳の左背外測前頭前野に磁気刺激を与えて活性化を図り、それによって偏桃体の過剰活動を抑えることで症状の改善につながる。1回の治療時間は20分程度で1ヶ月半から6ヶ月程度の間に30回程度行うという。玉木が勤める病院でも玉木が中心になって導入し、実績を上げている治療法でもあった。玉木が言うには、加藤の場合左右の視覚野にとりあえず5回程度続けて効果を確認してみることでどうだろう、というものだった。治療は初診からは無理なので早くても2回目の再診からになること、予約が一杯なので外来の最終になることも付け加えられた。
岸田は玉木の受け入れに感謝した。そして、加藤が同意すればできるだけ早く予約を入れてもらうことを伝えた。
 加藤の治療のとっかかりが付いた。受け持つ患者の治療の方向性が決まったことで岸田は一縷の望みを持つことが出来たのだが、胸のうちにはまだ自身の能力の拙さのようなものを感じてはいた。そしてそれを玉木に話した。
「俺たち2人とも考えられる検査をしても症状の原因につながる異常は発見できていないんです。現在の検査器具の精度が及んでいないのか俺たちの診たてが及んでいないのか、中枢に異変が起こっているのは確かなのに・・・診断しきれていないことが情けないと言うか・・・」 
岸田の言葉が途切れると田島が応じるように返した。
「そもそも俺たちの知覚は絶対的世界をとらえているわけじゃなくて、俺たち自身の神経ネットワーク内部でそれぞれに備わる条件のもとに作り出している世界や。その世界を生む過程でノイズやエラーが出たり、今回のように目に見えない外因によってつながりの途切れや混線が起こることは不思議やないし、それを今の検査や画像でではとらえきれないものもまだたくさんあるはず。それに、俺たちはまだまだ脳を知らなすぎる。最近注目されてきたグリアのことしかり。グリア細胞だって知覚に深くかかわっているやもしれん」
すると玉木も続いて口を開いた。「グリアか、確かに3種のグリアそれぞれも中枢機能に深くかかわっているのは確かだ。髄鞘の被膜に神経細胞への栄養補給、免疫機能までかかわっているんだから、その不具合が知覚に影響するのは当然だな。でもそういうグリアにしろ、たとえば盲視のような意識に上がってこない知覚のように明確になっていない神経回路にしろ、脳の機能はまだまだ不明なことが多いのは確かだし、力不足を情けなく思う必要など全くないと思うよ。岸田が感じているようなことは俺んところの科では日常茶飯事だ。今の医学も科学も『まだ、ここ』のレベルなんだから」
「まだ、ここ、ですか?」
「それにしても昔と変わらんな、岸田。まあ、加藤という患者、俺も興味あるから試みてみようや。本人が受けてみるって言えばのことだが・・・」
加藤の治療に関してはそれで話の区切りは付いた。しかし、玉木にはもう一つ大きな関心ごとがあり、2人に尋ねた。エクスカーションのことだった。
「地磁逆転なりエクスカーションって言う現象がもし起こっているとなれば、お前たちの推論通りだと今後もいろんな症状を発症する人が出てくる可能性があるだろ。行政やどこかの機関には連絡したのか?」
「俺たちの推論は、厳密に言うと地磁気の変動によって起こる宇宙からの電磁波と月の引力が最大になって起こる地殻の変動の複合的な要因があの山でタイミングよく、というかタイミング悪く起こった結果だとみているんですが、論文にするにはエビデンスも再現性もないのでしていません。ただ、この間の事実についてはまとめて札幌の教育委員会と厚労省に送っています。返信は今のところないですが」 田島が答えた。
すると岸田が付け加えて玉木に言った。「樽前山で起きたことは要因が偶然に重なったことによると考えていますが、エクスカーションのことだけでも、もし太陽で事が起きれば強力な電磁波の影響は甚大になる可能性があります」
「そうか。その地学の院生の情報だと可能性は十分にありそうだな。俺もチバニアンのことは知ってはいたが、地磁気の不安定な状態がかなりの頻度で起こっていたなんて初耳だ。文科省なんかで研究を深めて公表してほしいものだな。今の世の中、これだけ身の回りに飛び交っている電波でさえ人体への影響がないとは言えないという研究報告もあるようだし、電離放射線が地上に降りそそいだらそれは相当な影響が出るだろうな。人体だけでなく電子機器もやられるととなると病院での治療もできなくなる心配もある」
「そうなんです。俺たちもちょっとした危機感を持っています。科学者と政治家の動きがどうなのかっていう心配もあります」 ほんのり赤ら顔になった田島が真顔で返した。
「磁気と言えばイルカやクジラ、それに鳥などは磁場を感知できるって読んだことがある。磁覚って言うらしい。頭の中に磁石って言うのを持っていてそれで磁場から方向を得ているということだったと思うが・・・地球規模で移動する渡り鳥や鳩の帰巣行動などもその磁覚を持っているが故の能力なんだろ。そうした動物の行動に変化が起きていないかも要チェックだな」そう言った玉木は焼酎のロックを一口飲んだ。
「動物か! 何で今まで動物の行動変化のことに思い至らなかったんだろう・・・そうだ、動物だ。それまで頭は回っていませんでした」 岸田は、情けなさととっかかり的なものを得た喜びの混じる複雑な表情を浮かべながら膝を叩いた。
隣の田島も、はっとした表情で同じく発した。
「鳥や!」
 岸田は田島の言葉に続いて瞬時に思い出した情報を付け加えた。
「鳥の眼には磁場が見えているという研究者がいたのを思い出しました。ああ、なんで今まで思い出さなかったのかな・・・。たしか・・・鳥の網膜には青色光受容体であるたんぱく質の一種でクリプロクロム1aとか何とか言うのが存在していて磁場を色覚として知覚できているというものです」
「そりゃすごい。そうすると鳥は紫外線も磁場も見えてるってことか?」 田島が確認するように問った。
「そういうことになるかな」 岸田は田島にそう言うと玉木に向かって言った。
「それにしても玉木さん、大事な気付きをしてくれてありがとうございます。渡り鳥や鳩などの行動なら異常がわかりやすいだろうし、これから注目しておかないといけませんね」
「しかし、なんだか不気味だな。地磁気の逆転にしろエクスカーションっていう現象にしろ・・・」 玉木がそう言うと3人は少しの間沈黙した。



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