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エクスカーション 第3章 (治療と治癒)

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第3章  治療と治癒

  1

 出勤した岸田は鞄をロッカーにしまい、かけてあった白衣を羽織った。更衣室を出たところで田島が声をかけてきた。
「外来終わったら連絡くれへんか」
「いいけど…何かあったか?」
「笠木っていう患者、聞こえるようになったや。突然に!」
「ええっ、そうか!」
「詳しくはあとで話す。お前の加藤っていう患者に参考になる情報を提供できるかもしれん」
「わかった、連絡するよ」
岸田の外来はその日も14時過ぎまでかかった。最後の患者のカルテを打ち込み終えるとすぐに院内ピッチで田島に連絡を入れた。
「ああ、食堂の休憩室でもいいけど、医局ではだめなのか? え、具合が悪い?  ああ、わかった」 ピッチを切った岸田は外来の看護師にねぎらいの言葉をかけるとすぐに食堂に向かった。田島との約束は15時だ。軽食にした岸田はざるそばをすすると休憩コーナーのソファーに向かった。田島はまだ来ていない。岸田が座って待っていると、食堂の入り口から小走りでやってきた田島は遅れたことを詫び岸田の対面に座った。
「笠木さん、昨日外来に来たんやけど、5日前から聞こえなかった低音が聞こえるようになった、と言うんや」
「何かきっかけのようなことはあったのか?」
「それや、笠木さんが言うにはちょっとした感電のアクシデントがあった後に聞こえるようになったらしい。山登りから家に帰ってすぐにシャワーを浴びたんだが、その後髪を乾かそうとドライヤーのプラグをコンセントに差し込む際に感電したらしい。幸い大事には至らなかったようやが、逆にその後に聞こえなかった父親の声が全く異常なく聞こえたそうだ。それで、好きなツェッペリンのCDをかけて確かめてみたところ、重低音まで以前のとおり聞こえたので治ったと確信したんだそうだ」
「ツェッペリンが好きなのか? その子」
「父親の影響らしい。話を聞いているとけっこうなマニアって印象だな」
「へえ~・・・ そんなことより感電の方や。電気的刺激、それもかなりインパクトのある刺激が脳神経の不具合を元に戻した可能性がある。俺たちの推測では電磁波がらみの損傷や混線が脳の特定領域に起きて感覚異常を起こした、ということだろ」
「まあ、そういうことだな」
「それは、同じような電子がらみの刺激で戻るっていう理屈や」
「ほんとに感電が原因ならそういうことも考えられなくはないが・・・」
「で、加藤さんの方なんやけど、笠木さんと同じようなことがあれば色覚が戻るかもしれん、と考えたんや」
「感電させるっていうのか?」
「いや、それはいくら何でも出来んだろ。カウンターショックでバンってわけにはいかん。精神科の電気痙攣療法が使えないかと思ってな」
「電気痙攣療法?」
「そう、鬱の治療などに使われている電気療法」
「・・・・」 岸田は田島の提案にはにわかに乗ることはできず戸惑った。
「岸田が悩むのは無理もない提案やけど、考えられる治療はいまだにないままだろう。この前、おまえも言ってたけど、外に相談するか紹介するとしても、おそらく打つ手はないって言うてたろ。俺の方も同じだったが偶然のアクシデントがあって救われた。可能性があるなら試すべきだと思うんやが」
「もし、それをしてもらうとすると、どういう手順でやれって言うんだ?」
「ここでは無理だから精神病院か精神科のある病院に相談するしかない」
「色覚異常の治療に精神科を受診させるのか?」
「ああ、色覚異常になったことでうつ状態やちょっとした精神疾患の症状に陥ることは考えられないことではない」
「そうはいっても加藤さんはうつではないし・・・」
「大学の先輩の玉木さんに頼めば何とかしてくれるかもしれん、と思いついたんや」
「玉木さん・・・そう言えば玉木さんは精神科だったな」
「今は京都の精神病院にいるはずや。連絡とって相談してみいひんか? お前が紹介状を書いて玉木さんの外来を受診してもらうんや。そこで電気痙攣療法を受けてもらう」
こうした大胆な発想はいかにも田島らしいと言えば田島らしく、つい岸田も乗せられてしまいそうになったが、冷静に考えようとする岸田は乗り切れない。岸田は2つのことを考えていた。玉木さんはこんな話は受けてはくれないだろう、ということ。そして、鬱でもない患者の加藤さん本人もこんな賭けのような治療に応じることはないだろう、ということであった。逡巡する岸田をよそに田島は話を進める。
「玉木さんには俺の方から話を入れてやるよ。学生の時玉木さんにはよく山のことを教えてもらったし、あちこちの山に連れて行ってもらったろ。ちょっと理屈っぽ過ぎるところがあって納得がいかないと動かない頑固さはあったけど、理があることなら躊躇わない人だ。俺たちの患者のこと、北海道の小学生のこと、電離放射線のこと、笠木さんの件、そのまんま事実を話せば受けてくれると思うんだ。お前のほうは加藤さんを説得しろ」
「電気痙攣療法ってリスクはどうなんだ?」
「それは玉木さんに聞いておくよ、加藤さんにはそれを含めて説明すればいい」
「いや、その話を進めるのであれば玉木さんには俺が相談すべきだな。田島が玉木さんに連絡取れたら俺から会いに行ってみるよ」
「そうやな、それが筋だな。やってみようや、な、岸田」
「ああ」 岸田の返事は生煮えであった。しかし、内面には可能性は追及してみたい思いもあった。

  2

 翌日の夜、退勤してマンションに帰った岸田の携帯が鳴った。田島からだった。
「玉木さん、つかまったぞ」
「で、話してくれたのか?」
「話した。それが、思ってたより興味を持ってくれたようだ。早速やけど明日の夜、京都で会うことにしたぞ。いいか? 夜7時半、京都駅や」
「明日?」
「うん、明日や」
「・・・わかった。それにしても展開が速いな」
「善は急げや。もし加藤さんがうまくいけば小学生や教師の治療にもつながるし、感覚障害の新たな治療法の一つになるかもしれん」
「明日の7時半。 で、京都駅のどこだ?」
「地下街の『桂』って居酒屋。知ってるやろ? 前に一緒に行った店」
「居酒屋でってか?」
「久しぶりやからって、そういうことになった。玉木さん岸田に会いたがっていたぞ」
「そうか、了解した。桂だな」
「じゃ、そういうことで」

 京都駅の地下街は退勤者の人の流れが途絶えなくJRや地下鉄の改札の中に吸い込まれていくようだった。流れに逆らうように二人は出た改札から地下街に歩を進めた。待ち合わせの店にはすでに玉木が待っていた。3人は10年ぶりの再会を喜び合った。
 3人は仕事や山の現況を互いに伝え合い、ちょっとした大学時代の山の思い出話をはさんで本題に入った。田島が電話で大筋を話してはいたが、改めて岸田が詳しく事実と経過を報告し加藤の治療の依頼を玉木にした。岸田の話を聞き終えた玉木は田島からの相談後に考えていた治療法を2人に話した。玉木はすでに2人の相談に応じるつもりでいたようだった。