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エクスカーション 第2章 (磁気異常)

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「ええ、2001年宇宙の旅という映画で出てくる正体不明の黒い板状の大きな物体です。ご存じないですか?」
「それは見てないですが、モノリスって言うのは私たちも使う言葉です。一枚の塊状の岩をモノリスって言ってます。孤立した大きな岩塊です。例えば、ヨセミテのハーフドームとかオーストラリアのウルルとか、日本にもあそこまでの規模ではないですが南アルプスのオベリスクとか和歌山県の古座川の一枚岩もそうです」
田島は、古座川の一枚岩という地名に身を反らして反応した。
「一枚岩もですか? 僕、郷里が古座川なんでよく知ってますよ。あれもモノリスですか・・・」 
田島が映画のモノリスがほんの身近にあったことに驚きながら続けた。
「和歌山県随一の清流にモノリスがねえ・・・。とすると僕の祖先たちは古来あの岩から叡知を授かってきたということか・・・」
「叡知ですか?」
「いや、映画のモノリスのことですけど。で、モノリスって地学用語だったんですか。確かに地蔵岳のオベリスクもモノリスっぽいと言えばそうかな?」
「地学用語というか、人工の遺跡のものもモノリスって言われてますから単に、単一の岩の意味だと思います。地学界ではモノリスよりバソリスっていう言い方の方をします。地下深くでマグマが冷えて固まった巨大な花崗岩の岩盤が地上に出てきたもので、さっきのハーフドームやウルルもバソリスです」
「モノリスにバソリス、なんか怪獣の名前みたいですね。そういえば田島の田舎の一枚岩、怪獣の身体の一部と言えば見えないことはないか?」 岸田は麻衣から田島に向き直って言った。
「怪獣ではないけど、魔物がらみの伝説は残っているようだ。それと、あれは古くからの国の天然記念物になっている。あれだけ大きな一枚岩が風化せずに残っているのは珍しいらしい」 田島がそう答えると麻衣が付け足すように言った。
「およそ1500万年前に紀伊半島の南部で巨大なカルデラ噴火があったということがわかっています。九州の縄文人を絶滅させたという喜界カルデラの噴火や阿蘇山のカルデラ級の大きさの噴火です。古座の一枚岩や那智の滝と・・・カエルのような岩があるところ・・・」
「ごとびき岩ですね。新宮の神倉神社にある巨石の」 田島がフォローした。
「すみません。ごとびき岩でした。それらの岩は巨大カルデラ噴火時の外輪山にあたるところに噴き出した溶岩だと言われています。一枚岩はその噴出溶岩の塊が現在まで露出したまま残っているものです。花崗岩ではないのであれはバスリスではないんですけど・・・」
「怪獣バソリスではなかったということですね。それにしても僕の田舎が火山の中にあったとはな~ 驚きです。それに一枚岩は天然記念物、那智の滝とごとびき岩の神社も世界遺産の構成要素の一つなんですよね。何か感慨深いものがあると言うか・・・」

 田島と岸田が少し脱線させたこともあって、今度は麻衣も話題を少し変えて2人に問った。
「あの~、私も研究の絡みもあって山をかじっているんですが、お二人は日本アルプスなども登っておられるんですか?」
「今でこそ年に1~2回程度ですが、2人とも大学のワンダーフォーゲル部出身で学生時代はよく登りました」
「穂高はありますか?」
「ええ、何度か登りました」
「私、穂高に登ってみたいなって思っているんです。石を調べてみたいっていうのもありますが、涸沢や滝谷の岩の風景を見てみたいです。ジャンダルムっていうところにも」
「ジャンダルムですか? 実は僕たち今回の件で北海道に来ることにする前の予定が穂高のジャンダルムだったんです」 岸田は麻衣の口から出た思わぬジャンダルムという言葉に驚きを隠さず答えた。
「穂高一帯も大昔の火山のカルデラだったんです。噴火で陥没したところがその後に急激に隆起してできた山です。ジャンダルムは閃緑斑岩という火山岩の柱状節理が崩れて切れ立った頂で、私はあの節理の北面を一度間近で見てみたいなって思っているんです」
「ジャンダルムは柱状節理で出来た岩なんですか?」
「そうなんです。マグマが冷える時に収縮することで規則正しく柱状に切れ目が出来た岩です」
「ジャンダルムはモノリスではないんですか?」
「どうでしょう? モノリスだとは聞いたことはありませんが、私は詳しくないですが奥穂高の南稜にモノリス岩という岩があると言うのは聞いたことがあります。なんでも、男性の・・・」と言いかけて麻衣は口をつぐんでしまった。2人は口ごもった麻衣の次の言葉はわかっていた。そして、急に恥ずかしそうに身の置き所をなくしたかのような動作の麻衣に察して、その続きには触れず何事もなかったようにふるまった。
「南陵といえばバリエーションルートですね。そのモノリスを見るとなるとちょいと訓練が要りそうですね。それより、ジャンダルム、いつかご一緒出来たらうれしいな」 岸田のこの言葉に田島はにんまりと笑みを浮かべ「いいねえ、行こう、行こう」 と嬉しがった。田島は昨日来、岸田の麻衣に対する好意を感じ取っており賛意を少し仰々しく示したのだった。田島は30代半ばも過ぎた独身の岸田のパートナーについては日ごろから気になって心配していたことである。岸田とてこれまで付き合い相手がいなかったわけではないが、いずれの相手も結婚というまでには至らなかった。そうした岸田の女性との関係を見てきた田島は、結局は岸田の煮え切らぬ性格に原因があったのだと捉えていた。出会いへの積極性も弱い。それが今回の旅の目的にかかわる貴重な情報取得ということがあるにせよ、昨日からの麻衣への言動と眼差しからそれまでとは違うものを感じ取っていた。ひょんな出会いが結びつくことになるやもしれぬ。昨日の麻衣の実家の用事というのが見合い話であったことを聞くに及んで、田島は穂高行を実現させようと強く思った。そして、時間を確認した田島は岸田に麻衣の連絡先を教えておいてもらうことを提案した。実際のところ今回の目的のためには今後も情報を得たり、相談する必要性もあった。壁の時計はすでに午後1時を15分も過ぎていた。
電話番号を交換し合った3人は、麻衣が食事を共にすることに固辞したこともあってホテルのラウンジで別れた。麻衣はホテル玄関まで見送りに来た2人をそこで制止し、軽く会釈して駐車場に向かって行った。
 この日、岸田と田島はエクスカーションとして訪れた北海道で奇しくも地磁気のエクスカーションという現象に行きついたのであった。



  3

 右手の指先から瞬時に痛みを伴うしびれが全身に走った。激しい衝撃は声を出す間も与えることはなかった。ただ、玲子の指先は反射的にプラグコードを放していた。電撃は心拍を止めた後、すぐに急激に高めた。そして、全身にじんわりと恐怖を沁みこませていった。玲子は身をすくめ恐怖が薄れるのを待った。まだ声は出ない。

 その日玲子は休みだった。久しぶりに大学時代の友人と湖南アルプスの金勝(こんぜ)山を歩いた。玲子は一人で山を登ることが多い。しかし、友人の真紀子とは大学時代から何度か一緒に登った仲で時々連絡を取り合って近隣の山を歩くことがある。この日も玲子の好きな奇岩が点在する金勝山の縦走を一緒に楽しんだ。