エクスカーション 第2章 (磁気異常)
「地球の中心の動きで発生しているんだから自己診断だな」
麻衣は声を出して微妙な笑いを表した。冗談を言いながらも岸田と田島にはここまでの話から新たな疑問が立ち上がっていた。
2人が同時に口を開いた。「どうして?」とハモった2人は顔を見合わせ、そして岸田は田島に発言を譲った。
「どうして地磁気は逆転していると分かるのですか?」
「ええっと、それは」 麻衣はこれから話すことについて少し頭の中で整理する間を取った。身を乗り出していた田島は麻衣のとった間を察しておもむろに腰を引いて座りなおした。
「これは私の専門分野の一つですが、岩石のもつ磁気を調べればその岩石が出来た時の地磁気の偏角や伏角、それに強さもわかるんです。火山の溶岩の中にある電子は磁気を記憶する性質があります。岩石が持つ磁気は人間でいえば指紋のようなものです。高温のマグマには磁気的性質、磁性って言いますがそれはありません。マグマが海底や地表に出てきて冷えて固まるとき、その時代の向きの磁性を持つようになります。ちなみにどんな岩石も例えば磁石でも800度以上の高温まで熱すると持っていた磁性はなくなります。そして、また冷やしていくと現在の角度と強さの磁性を持ちます」
「ヘンカクとフクカクっていうのはどういうものなんですか?」 田島が続けて聞いた。
「ヘンカクは偏る角度の偏角でフクカクは伏せる角度で伏角です。磁石の針は真北をさしません。真北から数度ずれています。このずれの角度を偏角と言います。また、磁石の針は水平方向だけでなく上下にも指すんです。水平から下方にさす角度を伏角と呼んでいます。どちらも測定する場所によって変わります。日本でも北海道と滋賀県では角度が違うんです。それと、磁力の強さも岩石の中の電子の配列のあり方によって変わります」
「そうなんですか。僕たちは山登りで時々コンパスを使いますが、地図に磁北線を入れて使うことは知っていましたが上下の方向まであるとは知らなかったですね」 田島は感心しきりである。
「ちなみに、岩石を熱すると磁性がなくなることを発見したのはあのキュリー夫人の夫だそうです」
「放射線と磁力の夫婦か、すごい組み合わせの夫婦ですね。夫は妻を跳ね返せるんですね」 田島がまた冗談ぽく言うと今度は麻衣がぷっと吹き出しそうになった。田島は麻衣の反応に笑みながらも話を戻した。
「それで、さっきの地磁気の逆転は、地層ごとの岩石の磁性を測ることでわかるということですね?」
「そのとおりです。千葉の地層の岩石を調べると磁性が逆転している堺目になっているんです。それも現在までのものの中で最終の逆転です」
「それで地質年代がチバニアンという命名になったというわけですね。あと、もう一つ疑問があるんですが、地磁気の逆転を起こす外核の流れはなぜ変化するんですか」 田島は続けて問った。
「こうだと考えられているメカニズムはプルームテクトニクスというもので、マントルの沈み込みと湧き上がりの動きが絡むものです。地殻プレートの衝突で沈み込んだ温度の低い地殻の塊がマントルの中を核に向かって沈み込んでいくんですが、それが外核に達して外核の温度を下げることで流れが変わるというものです。そうすると電流の流れも変わって磁気が逆転するんです。ちなみに逆転には1000年ぐらいの時間がかかるということです」
「なるほど、そういうメカニズムですか。プルームテクトニクスって言うのは知りませんでした」 今度は岸田が頷きながら応えた。
麻衣は2人の理解を確認すると少しためらいがちに口を開いた。「それで、私が夕べ考え付いたことで一番お二人にお話ししたかったことなんですけど・・・」
「はい、それは?」 岸田は期待に高ぶる感情を押し殺して冷静に問った。
麻衣は残りのオレンジジュースをまた半分飲んでから話し始めた。「北海道南部でのオーロラの出現なんですが、通常の磁場の状態であれば極地域でしか起こらない現象が低い緯度で現れています。地磁気に変化が起こっているかもしれないって考えたんです。実は世界の研究者の中には現在すでに逆転が進行中だと言っている人もいます。また逆転にまで至らなくても地磁気エクスカーションって言う逆転しそうになる地磁気の動きもあるんです。エクスカーションは、磁極が赤道あたりまで移動するんですが、そこで逆転はせずにもとに戻る現象で、過去に何度も起こっています。この現象の最中は磁場がとても不安定になっていて太陽風などの電離放射線の影響が強くなる可能性があります。先にお話しした太陽のフレアやスーパーストームなどによっては生物に何らかの重大な影響が出るんじゃないかとも考えました。ある本には、ネアンデルタール人が滅んだことの原因にもなっているかもしれない、というような推論が書いてありました」
「ネアンデルタール人の滅亡ですか?」
「ええ、直近ではエクスカーションは4万年前に起こったと考えられています。ちょうどネアンデルタール人が滅亡したと考えられる時期と重なります」
「でもホモサピエンスは生きながらえていますよね。ホモサピエンスはネアンデルタール人と交雑していたと言いますから、生き物の種としてはほぼ同じくらいの間柄でしょ?」
「ええまあ、私も首をかしげる説ではあるんですが関連付けして考える研究者もいるようです。ただ、エクスカーションが生物に何らかの影響を与えてきたことは充分に考えられるんではないかと・・・。ひょっとするとそれよりずっと前にあった5度の生物の大絶滅にも地磁気の変動が一つの要因または起因になっていたということも・・・」 麻衣は話しながら話す内容が飛躍しすぎるかと自信なさげに語尾をすぼめた。
岸田は、そうした勢いがすぼむ麻衣の様子を見ながらも、聞かなければならないと感じたもう一つの疑問を口にした。
「地磁気の逆転が進行しつつあると考えている学者がいるという話がありましたが、木下さんは、現在を途中で引き返すエクスカーションという現象の方が有力だと考えているのですか?」
「はい、全く科学的根拠があってと言うのではないんですが・・・ 実際これから逆転してしまうのかもしれません。ただ、一応私なりにこれまでの逆転の年表やエクスカーションの起こった可能性の経過を調べてみました。約1000年かかる逆転とその間に短いスパンで起こるエクスカーションをみてみると、合間に起こるエクスカーションの可能性が高いのではないかと思ったんです。おそらく、エクスカーションは逆転に至る間に何度も起きていて、それを繰り返しながら何度目かで赤道を越えて逆転にまで行ってしまう、というイメージです」
「なるほど・・・」 岸田も田島も頷きながら同時に声を発した。そして、2人は頭の中での一つのつながりに至る事解のもと、それが麻衣のその先の推論であることを確信した。
「2人の患者や小学生の感覚障害は地磁気が弱まったことによる電磁波の影響かもしれない、ということですね?」 岸田が麻衣の推論を確認した。
「そういうことって考えられないですか?」 麻衣も岸田に問った。
「それはなんとも・・・」 岸田は無意識のうちに腕を組んだ。
作品名:エクスカーション 第2章 (磁気異常) 作家名:ひろし63