エクスカーション 第2章 (磁気異常)
「ほお~、そんなものも地磁気が防いでくれているんですね」
「はい、でも時にはガンマ線バーストと言って短時間ですけど強力なガンマ線がやってくることもあって、それは地磁気や大気では防ぎきれない場合があるようです。陸上の生物と浅瀬の生物に致命的な影響を与えて、過去にあった5度の生物の大絶滅の原因となったのではないかとする研究もあるようです」
「それは怖い話ですね」
「私の方からも伺いたいんですが、放射線の人体への影響のことなんですが、DNA云々と先ほど言いましたがきちんと理解はできていないんです」
「私たちも放射線の専門家ということではなくて詳細まではお話しすることはできませんが・・・そうですね、線量にもよりますが、たとえば高線量の放射線を一気に受けると急性放射線障害を発症して死に至ります。致死レベルでない放射線の場合でも、受ける時間によりますが中枢性の神経が障害されて認知症やパーキンソン病の原因になったり、細胞のDNAが傷害されてガンを引き起こすことにもつながります。そのほか心臓にも腸にも骨髄にも、身体のいろんなところに影響を及ぼすでしょうね」
「そうなんですか。やっぱり怖いんですね放射線は」
「はい、怖いですよ。目にも見えないからどれぐらい浴びているかもわかりませんしね。ついでに言いますと、紫外線も怖いんです。紫外線のなかでもUVCという波長の短いものは生物にとってとても害が大きくて被ばくすると命にかかわるダメージを身体に受けます。もちろんUVCより波長の短いエックス線やガンマ線はそれ以上の影響があります。特にガンマ線は殺人線と言っていいほどだそうです。でも、そんな怖い放射線ですが医療に役立ってもいるんです。エックス線の利用はもちろんご存じだと思いますが、放射線治療というやつでもエックス線やガンマ線などでがんを治療しますので」
岸田がここまで話すと田島が何かを思い出したかのように上体をのけぞらすような動きをしながら割り入った。
「ちょっと話脱線させてすまないんですが、物理学の本に書いてあったんですが・・・」
「また、物理学か?」 岸田が何だ?とばかり口をはさんだ。
「ああ、昨日のカミナリのネタにもう一つあるんだ」
「あの酸素がオゾンに変わるっていう以外にか?」
「うん、ガンマ線の話で思い出した。スーパーボルトってでっかい雷があるんだ。冬の北陸辺りで起きるらしいんだが、とにかく広範囲の雷雲が絡む巨大な雷でガンマ線が発生しているっていうんだ。そのガンマ線で空気中の窒素が炭素に変えられるらしく、さらにその過程でもガンマ線が発生しているらしい」
「酸素がオゾンに、窒素が炭素に、雷には元素を変えてしまう力があるってことか?」
「そういうことになるな」 田島が岸田に答えると、麻衣も興味深げに問った。
「それは私、知りませんでした。地球上の自然現象でガンマ線が発生しているんですね。それでそのガンマ線の生き物への影響はどうなんでしょう?」
「幸いに、上空で生じたガンマ線は空気中で減衰して地上にまでは届いていないらしいですよ」
「そうですか、それは安心しました」
麻衣の言葉が終わるや否や今度は田島が岸田に問うように話しかけた。
「で、岸田、我々の北穂高岳での雷の受難時、酸素がオゾンに変わるまではいいが、窒素が炭素に変わってガンマ線が出て・・・それを浴びてたということにはならないか?」
「おいおい、怖いこと言うなよ。何か被害があるとすれば山小屋で働く人たちはもっとそんな機会があるんだから何か事が起こっているはずだ。そんなこと聞いたことはないぞ」
「それは・・・そうだな」 田島が同意すると今度は麻衣が先ほどからの興味深げな表情のまま田島に話しかけた。
「穂高の頂上で雷に会われたんですか?」
「ええ、それはそれは怖かったですよ。生きた心地がしなかった、とはああいうことだと思い知らさせました。木下さんは雷も研究対象なんですよね?」
「ええ、一応は範囲ではあるんですが、私、穂高に興味があるんです。かねてから一度登ってみたいと思っている山なんです」
「そうですか? 穂高に、ね」
「穂高のこと、後で少しお話しできれば嬉しいですけど、先ほどの話の続きなんですが・・・」
「ああ、すみません脱線させちゃいましたね」 田島は詫びた。
「これは専門外ですが、太陽からの電磁波は生命に有害だというだけでなく、先ほど言いました通信障害などの素にもなります。特に、スーパーストームっていう強い太陽の磁気嵐があると、地上のあらゆる電子機器が深刻なダメージを受けるそうです。変電所もやられます。そうすれば一時的にせよ電気のなかった江戸時代のような生活を余儀なくされる可能性があります。明かりも通信も冷暖房も、水も、それこそ文明社会の崩壊が起きてしまうということも言われています」
「電気のない江戸時代ねえ、大変だなそりゃ。医療崩壊も起きて想像が出来ないくらいの死人が出るだろうな」 田島が息を飲むとも吐くともつかぬように発した。
麻衣は手を付けずにいたオレンジジュースのグラスを手に取ると口をつけたストローから一気に半分量を吸い上げてグラスを置いた。そして、テーブルのプリントを1枚めくって次の図を見せながら続けた。
「これが地磁気の様子を表した図です。ご存じのように北極がN極、南極がS極で磁場がこのように地球を保護する泡のようにできています。北極と南極地域にオーロラが出現しますが、太陽風は極以外では磁場のシールドによって入ってこられませんが、極地域は磁力の張り具合などの影響で一部が入ってきます。そしてヴァンアレン帯の粒子にぶつかって発光します。オーロラです。電磁放射線がシールド内に侵入しているんです」
「なるほど、シールドに隙間があるんですね」
「まあ、そのような状態です。ところで最近チバニアンという言葉を聞かれたことはありませんか?」
「チバニアンですか?・・・そういえばネットニュースに出ていたな。たしか、千葉県にある地層がらみで、時代区分の名前になったという話だったと思うんですが・・・」 岸田はこの先の話の展開に疑問を感じながら答えた。
「そうなんです。千葉県の市原市にある養老川という川沿いにある地層に78万年前に起こった地磁気逆転を示す地層があるのですが、このことから78万年前から約13万年前までの年代をチバニアンと名付けられることになりました。78万年前の逆転は地球史上最後に起こった逆転で、それ以来逆転は起こっていません」
「地磁気が逆転するんですか?」 疑問が膨らむ岸田が聞いた。
「はい、地球が出来てから何度も逆転してます。地球の誕生時には地磁気はなかったようですが10億年後ぐらいしてからできたと考えられています。10億年後にできてからは外核が生み出す電流の変化によって逆転を繰り返してきました。2億5千年前からは100万年に2~3回の頻度で起きています。そして、逆転の頻度はだんだんと高くなっているんです」
「逆転って、北極のS極がN極に、南極のN極がS極になるってことですか? それも定期的に・・・。俺たちは強力な磁石であるMRIで人間の内部を診ているけど、地球の内部を誰かが検診してるみたいだな」田島が冗談ぽく言うと岸田は応じた。
作品名:エクスカーション 第2章 (磁気異常) 作家名:ひろし63