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エクスカーション 第2章 (磁気異常)

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 木下麻衣が遊歩道がある林とその向こうに朝日で波がきらめく湖面が見えるホテルのロビーに着いたのは午前10時少し前だった。昨日の午後からの晴天は続いていた。細かい赤のチェックの山シャツにジーンズ姿の髪をおろした女性に一瞬違う人物かと席を立ちかけた岸田は座り直そうとした。しかし、迷いなく近づいてくる女性のかすかに微笑んだ顔を見ると、再度立ち上がって迎える動作に移った。左隣に座っていた田島も岸田に倣うように立ち上がり木下麻衣を迎えた。

「昨日はどうも。お休みのところすみません、朝から」 岸田が先に声をかけた。
「いえ、とんでもないです。おふた方も今日は早朝から羊蹄山だったのでしょう?」
「いいんですよ。もともとついでに考えてた山ですから。さあ、どうぞお座りください」 岸田は右手で対面にあるソファーを指し示しながら麻衣に促した。
「私の実家、もうすぐそこなんです。このあたりの湖畔も子供の頃からよく遊びに来ていたんですよ。ここからもう少し湖岸の方に出ると樽前山が望めます。あのドームも見えるんですよ」
自慢の景色をすすめるかのように話す麻衣に田島が応えて言った。「そうですか、僕たちはまだ湖岸に出てないので後でじっくりと拝みますよ」 そう言うと、田島はロビー内にあるカウンターの従業員に向かって手を挙げ、そして麻衣に飲み物を尋ねた。
麻衣の注文を見届けた岸田が切り出した。
「それで、さっそくなんですが、昨日の電磁波の件を詳しくお伺いしたいのですが」
「わかりました。昨日実家の用事が済んだ後自分でも確認しておこうと思って調べておきました。何しろまだ院生で頼りない知識の持ち合わせしかないですがお役にたてる情報を提供できれば嬉しいです」
岸田は謙虚な麻衣のこうした話しぶりと素直さが表れた目の表情に昨日感じた好感がさらに大きくなるのであった。そんな感情を覚えながらももう一度尋ねた。
「太陽からの電磁波が人間の身体に及ぼす影響についてなんですが、オーロラの出現と絡めて説明いただけないでしょうか?」
「では、まず地球の磁場と太陽や宇宙からやってくる電磁波のことからお話しします」
運ばれてきたオレンジジュースがテーブルに置かれると従業員に軽く会釈した麻衣はデイバッグからファイルを取り出し、はさんであったプリントをテーブルの上に置きながら説明に入った。
「これが地球の内部構造です。中心に内核と外核の2層からなる核があり、次にマントルがあり、一番外側に地殻があります。プレートテクトニクスという言葉はご存じでしょうか?」
2人の頷きを確認した麻衣は続けた。
「マントルと言われる厚さ3000キロメートルもあるこの層は内部で対流しているのですが、その対流によってその上に乗っている地殻も動きます。地殻の硬い岩盤であるプレートが他のプレートの下に潜り込んだり衝突したりすることで大陸や島は地球表面を移動しています。地球が出来てから大陸はくっついたり離れたりを何度も繰り返してて、名前は聞かれたことがあると思うんですけどパンゲアと呼ばれる超大陸規模のもので過去に5回出来ては分離を繰り返してきた歴史がわかっています。ちなみに現在のプレートは15枚ほどあるそうです」
「地球の最初の大陸は一つだったんですか?」 田島が聞いた。
「大陸地殻の始まりは海洋の海底から噴出したマグマが作る島弧の集合だとするのが有力説です。ですので最初は大陸がなかったようです。マグマの噴出でできた火山島の連なりが衝突して寄せ集まったのが大陸というわけです。それが、マントルの動きによって離合集散しているというのがプレートテクトニクス理論です。樽前山も太平洋プレートがからんだ火山で、プレートの沈み込みでできた割れ目からマグマが噴出してできたものだと考えられています。ちなみに、樽前山は約9000年前にできた山ですが、あのドームが出来たのは明治42年のことです。1909年ですから今からわずか110年前のことです」
「近くの昭和新山っていう火山は有名ですよね。こっちは明治ですか。このあたりは火山活動が活発な地域ですか?」
「ええ、活発です。それも結構密集している地域です」 麻衣はそう答えると続けて話した。
「それで、次の核の話に移りますが、核は鉄やニッケルという金属でできていて、中心の内核は固体ですが外側の外核は固体ではなく流動体になっています」
「というと、外核も動いているんですか?」 また田島が問った。
「はい、外核は液体のような状態で、それ自体の熱と地球の自転の影響で動いているんですが、それが流れ動くことで電流が生じます。この電流の流れによって地球が電磁石となって地球磁場が出来ると考えられています。核は巨大なダイナモみたいなものです。
「ダイナモですか? 発電機だということですね」
「はい、そうです。そして、発電でできた磁場は宇宙や太陽からの有害な宇宙線や太陽風から生物の命を守ってくれています」
「磁場が保護シールドになっているんですね」
「その通りです。それだけではありません。磁場がないと太陽風という太陽からの電磁波の嵐によって大気を剥ぎ取られてしまいますから、それによっても生物は生きていくことが出来なくなります。火星はもともとあった磁場を失ったために大気の多くが無くなったと考えられています」
「その宇宙線や太陽風などの電磁波のことをもう少し教えてもらえますか?」 岸田が問った。
「太陽のフレアという現象をご存じだと思いますが、このフレアは核融合している不安定な太陽の内部からの跳ね返りのようなもので、強い磁気エネルギーを放出します。フレアが発生するとおよそ8分後にはその電磁波が地球に到着して,時に通信障害を生じさせることがあります。また、太陽コロナからも爆発的なエネルギーが発せられることもあります。コロナ質量放射と言って磁気を帯びたプラズマが塊になって放射され、地球に届くと地球の磁場に作用します。この時起こる磁気嵐がオーロラなんです」
「シールドに隙間があって、そこから上空に電磁波が入ってきているということですね」 岸田が聞くと麻衣は頷いて説明を続けた。
「こうした太陽からの電子や陽子の粒子は電離放射線と言いますが、そのまま地表に届くととても有害です。生き物の身体を通過しDNAを破壊し遺伝子欠陥や放射線障害が生じ・・・ああ、その辺は先生方の方がよくご存じですよね」
「はい、専門ではないですが多少は・・・」 
右手を顔の前で左右にゆっくり振りながら答えた岸田の応答を確認した麻衣は続けた。
「今は地球の磁場やヴァンアレン帯という地磁気によって作られた電子や陽子の層や、地磁気によって守られた大気などが宇宙や太陽からの放射線から守ってくれています。ちなみに電磁波は周波数のレベルで電離放射線と非電離放射線に分けられていますが、周波数が高い電離放射線は物質の電子を剥ぎ取って電離させるもので紫外線やエックス線、ガンマ線などがそうです」
「太陽からくるものはわかりましたが宇宙線はどこから来るのですか?」
「それは、銀河放射線と言って銀河の中で起こった超新星爆破からのものです。太陽よりはるかに大きな恒星の寿命が尽きる時に起こす爆発です」