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エクスカーション 第2章 (磁気異常)

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「いえ、とんでもないです」 と返す女性に2人は「では、お気をつけて」と言葉をかけ、下っていく女性との距離が適当になるのを待って分岐点を後にした。2人が駐車場に下りたのは午後4時少し前であった。レンタカーの横で登山靴を脱いだ2人は車内に置いてあったサンダルに履き替え、汗が流れる顔をタオルで拭いていた。すると、隣の車の1台向こうの車から近づいてきた女性が声をかけてきた。
「どちらから来られたんですか?」 先ほどの地学の女性だった。
「ああ、先ほどはどうも」 岸田は応えながら自分の顔が笑顔になっていることに気づいた。
「滋賀県からです。琵琶湖のある滋賀県」
「関西からなんですね。滋賀からわざわざ樽前山に登りに来られたんですか?」
「そうなんです。わざわざ来ました。この山を登るために来たんです。ちなみに明日はついでに羊蹄山に登ります」
「羊蹄山の方がついでなんですか?」
「そうなんです。訳あってこの山がメインなんです。今回は」
「訳アリなんですか? おふたりも・・・」 女性は興味津々に聞き直した。
「ええ、実は僕たちは医者で、眼科医と耳鼻科医をやっているんですが・・・」 と岸田は言いかけて、自分たちの突飛で非科学的とも言えそうな目的を出会ったばかりの女性に話してよいものかどうか迷うのであった。そういう岸田の迷いなどお構いなしの調子で女性はさらに踏み入って訊ねた。
「お医者さんが訳ありで樽前山ですか? へえ~どんな理由か知りたいです」
「この山って、何かこの近辺の山と違うところがありますか?」 今度は岸田の方が訊ねた。
「違うところですか…この支笏湖の周りにはあと2つ新しい火山がありますが、特に違うところって言うのはやっぱりあの溶岩ドームですね。黒いでしょ」
「あのように黒いものは、ここだけですか?」 岸田が訊ねた。
「ええ、他の2つの山も、それから洞爺湖の近くの有珠山や昭和新山も新しい火山ですがあんなに黒くはないです」
「ここだけ溶岩の性質が違うのですか?」 今度は田島が訊ねた。
「ここのドームの岩石は複輝石安山岩っていう岩で磁鉄鉱でもあります。あのドーム独特の溶岩です」
「火山の成り立ちが他のと違うのでしょうか?」
「支笏湖一帯の火山は同じ成り立ちの火山ですが、噴出する溶岩の成分に違いがあります」
岸田は2人の患者の症状にあの異様な溶岩ドームが関係しているかもしれないということが頭をよぎり、地学の何かしらの知見が原因を手繰り寄せる可能性を感じるのだった。そして、奇妙な患者のことと今日の登山のことをこの女性に話してみようと考えた。岸田はそばにいる田島に視線を向け、自身の考えを目で伝えた。田島は軽く頷いた。
「実は、僕たちの患者さんが先月の同じ日にこの山に登った後、一人は色が見えなくなり、もう一人は音の低い部分だけが聞こえなくなりました。そして、札幌の小学生たちもその2人の翌日にこの山に登り同じような症状が出ています」
岸田は奇妙な感覚障害と樽前山との関係を探るために休暇を利用してきたことを詳しく女性に話した。
「札幌の小学生のことはニュースで知っていました。滋賀県の方にも同じようなことが起こっていたんですか?」
「全く不可解なことが起こっているんです。だけど今日登ってみたところで僕たちにはさっぱり関係性はわからない」 それまで2人のやり取りを聞いていただけの田島が女性に言った。
「地学的な知見から、人体の感覚機能に影響を与えるようなこと、この山から考えられないですかね?」岸田が田島の後に続いて訊ねてみた。
「いや~ 私ごときでは・・・」
「あ~いえっ…すみません。わかりませんよね、こんな妙な事・・・」
岸田は、つい勢いづいて質問してしまったことに後悔を感じるのであったが、女性は少しの間をおいてから何かに気づいたかのように岸田に応えた。
「ちょっと待ってください。そういえばこの山で、ということではないんですが、先月帯広や富良野でオーロラらしきものを見たっていう人が複数人いるっていうことを聞きました」
「北海道でオーロラですか?」
「はい、通常オーロラは北極と南極の両極地域など緯度の高い地域に出現する現象ですが、北緯43度当たりの北海道で現れるのは稀なことです。道央に陸別というところがあるんですけど、そこはオーロラが見える町ということで知られていますが、出現頻度は少ないですし、北極などのもののような緑色のものじゃなくて赤っぽいんです。それが、この間の帯広や富良野のものは緑色のカーテンだったと目撃者が言っています」
「へえ~それじゃ北極で見られるような色形のオーロラがこの北海道の南部でも見られたということですね」
「そうなんです」
「ちなみに、そのオーロラはたとえば人間の身体にどんな影響があると考えられますか?」 田島が聞いた。
「上空100キロもあるところにオーロラが見えたからと言って人体に直接影響があるようなことはないと思いますが。ただ・・・」
「ただ? 」 田島は女性の前に身を乗り出すかのような勢いで問い返した。
「電磁波です。太陽からの電磁波は生き物に影響します」
「電磁波?」 今度は岸田が問った。
「緯度の低い地域でオーロラが出るということはこの地域にも太陽からの強い電磁波が入ってきているということになるかと思います」
「ああ、すみません。申し遅れました。僕は眼科医の岸田と言います。こっちが耳鼻科医の田島です。2人とも滋賀県の近江総合病院に勤めています」 岸田は話の進み具合から名乗りの必要性を感じ自分たちを紹介した。
「私は北道大学理学部の木下と申します」
ひょんなことから原因につながる糸口が見つかりそうになったところだが、時計を見やった田島が話の進行を中断させるかのように割り入った。「すみません。どこかで話の続きを聞かせてもらうことはできないでしょうか。もう少し落ち着いた場所で」
田島の時計を見る動作が目に入った木下も何かに気づいたかのように左手首に目をやった。「ああ、いけない。こんな時間。ごめんなさい、私実家に戻らないといけない用事があったんです。すみません。私から話しかけたのに・・・ でも、何か興味深い出来事ですね。電磁波のことならもう少しお話しはできるのですが・・・」
「そうですか、是非おうかがいしたいところですが、お時間厳しいですか?」 田島が残念さのにじむ口調で返した。
「明日、明日なら午前でも午後でも時間はあるんですが・・・」
岸田と田島は互いに何かを問うかのように顔を見合わせ、そして言った。「羊蹄山はまた今度でもいいか?」
「もちろん、俺はいいぞ」 田島は応えた。
「よし」 岸田にはもう羊蹄山への未練は微塵もなかった。そして、木下に尋ねた。「あなたの実家ってどちらですか?」
「支笏湖畔です。ここからはすぐです」
「そうですか!それはとても都合がいい。僕たちもちょうど湖畔に宿をとっています。でしたら明日の午前にでもいいでしょうか? 続きのお話をうかがうということで」
「ええ! かまいません」



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