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エクスカーション 第1章 (感覚異常)

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加藤は医師からそう言われて、小樽でフェリーに乗るまでの旅行の行程を振り返った。北海道へは往復ともフェリーを利用した。妻との2人旅であった。小樽、富良野、層雲峡、旭山動物園などありきたりの観光ルートをドライブして回り、最終日前日は支笏湖の宿に泊まり、最終日には支笏湖の南にある樽前山(たるまえさん)という火山に登った。その後、小樽に戻って運河あたりを散策したのちにフェリーに乗船した。山に登ったのは旅の思い出に一つくらい山に登ってみようかと妻が言い出したのがきっかけだった。支笏湖にはちょうど日帰りで登れる山がいくつかあって、その中でも登山口から1時間ほどで登れる手軽な樽前山を選ぶことにした。整備された登山道で子供でも容易く登ることができる山だということで登山経験の少ない2人の脚にとっては程よい山であった。実際、登り口の駐車場は7合目にあり、そこから比較的緩やかで整備された山道を2人の脚でちょうど1時間登ると山頂に着いた。登り初めには霧がかかっていたものの徐々に晴れてゆき、山頂にたどり着いた頃には四方の見通しが遠くまで開き、北海道の自然の広さを感じることが出来たのであった。加藤は慣れないこの登山においても特にアクシデント的な事がなかったことを思い出しながら確認した。下山後も気分が悪くなったり、手足が痛むこともなかった。頭痛などもなく車の運転にも問題はなかった。フェリーには午後10時ごろ乗船したが何のトラブルもなかった。

「先生、全く思い当たることはないです」 加藤は言い切った。
「そうですか・・・」 医師はそう言って困ったような、また何かを思案しているような表情をしてしばらく黙した。そして、割り切ったかのように口を開いた。
「それでは、今日は最後に眼底検査をしておきましょう」
「眼底検査ですか?」
「はい、網膜や血管関係に異常がないか確認しておきましょう。では、あちらへ」 医師は加藤の返事を待たず部屋の奥の方へ移動を始める。加藤は席を立つと医師の後をついてカメラと思しき機器の後方に置かれている椅子の前まで移動した。
「そこにかけてください。カメラで撮る前に目薬をさしますので少し上を向いて目を見開いてください。右目からさしますね」 医師は加藤の右目に目薬をさしてしばらく時間をおいて加藤に指示をした。「では、この覗き口を右眼で覗いてください」 医師はモニターに映る画像を注意深く見つめた。
「はい、次は左眼で覗いてください」
「はい結構です」
医師は見逃しはないか入念に画像を見直し、そして加藤に告げた。
「眼底には異常はないようです。断言できませんが網膜にある色を感じる錐体細胞にも異常がないと思います」
「と言いますと?」 加藤はホッとするようで半面訳の分からない不安を交えた感情をいだきながら尋ねた。
「眼球自体には問題がなさそうだということです」
「眼の問題ではないんですか?」
「その可能性が高いです。眼球ではなくて光や色を脳に伝える神経か、色を感じる脳自体に問題があるのかもしれません。断言はできませんが・・・」 医師は断言できないということを繰り返すのであったが、加藤にはその口調からは逆に確信を得ているように感じ取るのであった。
2人は診察室のもとの位置に戻った。医師はデスク上のパソコン画面に視線をやると、右手でマウスを掴み操作を始めた。画面に予約票の画面が出ると、2019年7月の表であることを確認し加藤に言った。
「来週の水曜日、10日ですが、もう一度受診していただけますか。少し時間をおいて様子をみていただきたいのと、今日のとは違う検査をしてみたいんです。MRI検査というのはご存じですか?」
「はい、存じてます。以前、腰痛で撮ってもらったことがあります」
「そうですか。次回は頭部を撮ってみたいと思います」
「頭ですか? 脳の状態を見るということですか?」
「そうです。眼と脳を診ます」
「わかりました・・・」 加藤はやや不安気に返し、続けた。「7月10日、水曜日ですね。」
「はい。10日、午前の時間帯でいいですか?」
「水曜はちょうど仕事は休みですので何時でも構いません」
「それでは10時に取っておきます。今のところこれと言った治療は考えられないですが、原因を少し探ってみたいと思います。では今日はこれで・・・」
加藤は医師の言葉に不安となんとはなく想定していた結果の当然性の両方を感じながら席を立ち軽く会釈して言った。「ありがとうございました」
医師は無言で頭を下げ加藤を見送った。



   2

 岸田は勤める病院の職員食堂で遅い昼食をとっていた。午前の外来を終えるのはいつも3時を回っていた。昼食はだいたい日替わりの定食である。その日は鯖の煮つけと胡瓜とワカメの酢の物だった。独身で独り暮らしの岸田にとってはこうした魚料理が職場で食べられることはありがたかった。しかし、岸田は面倒な魚の骨取りの細かい作業がきらいである。それに、口の中に入れた魚の身の中に骨が残っていると、それを取り出すのが煩わしくて魚の味は良くても素直に食事が楽しめない。そこで、あらかじめ骨を箸で全部外して取り除いてから身だけをパクリとやる。小骨の多い魚はいつもそういう食べ方をしている。その日も鯖の身を全部取り除いていざ食べようかとしていた時、テーブルの前の席に白衣の男が座りながら岸田に声をかけてきた。
「よお、今か?」
「おお、田島。おまえも今か?」
「そうなんや、最後の患者にちょいと時間を食ってしまったんでな」
田島はテーブルに置いた岸田と同じ鯖の煮つけ定食に目をやりながら答えた。
岸田はほぐした鯖の身から箸を離しながら田島を見やり、そして言った。
「よほどの難聴患者でも来たか?」
「まあそんなところや」 田島は応えそして続けた。
「おまえはこのところいつも遅いようやけど、患者増えとるんか? 高齢者の白内障、緑内障、加齢黄斑変性とか・・・」
「うん、少し増えてきてる。それはお前の所でもそうだろ? 高齢者はどんどん増えてるんだし、聞こえが悪くなっている人も増えてるだろ?」
岸田はそう言うとほぐしておいた鯖の身を箸で摘まみ口に入れた。
「うまいか? サバ」
「うまい! 身がふんわりしてる。脂の乗りもいい」
 岸田の返答に田島も鯖に箸をつけ無動作に4つに分けるとそのうちの一つをためらわずに口に入れた。田島は口の中で骨をより分け唇を器用に動かして骨の先を出し、指でつまんで皿の端に置いてゆく。岸田は田島のその様子を見ながら何故かほのかな羨ましさを感じるのであった。田島が3つ目のサバを口に入れた時、岸田は言った。「来月の山の行き先、決めてなかったろ!」
田島は頭を前に2~3度振りながら唇に出した骨を摘まみとって皿に置いてから返した。「おお、それ! 俺もお前にそのことを言おうと思っていたんだ。休み合わせてたのに肝心の行先を決めてなかったからな」
岸田と田島は山行のために8月1日から3日の3日間、夏季休暇を合わせてとっていた。
「おまえ、考えてる山あるか? 俺は穂高縦走、西穂から北穂までの縦走はどうかと考えてるんだが・・・」
「えらい難関ルートを考えたもんやな。ジャンダルム越えか・・・。 う~ん、まあ魅力的ではあるな!」