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端数報告6

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ガンジー事件の明るい悩みと暗い企み


 
帝銀事件のGHQ陰謀論がいかにバカげているかという話の2回目だけど、今回は、例によって帝銀事件と直接には関係のない話をしたい。直接関係ないけれども間接的には関係あるとおれが思う話をしたい。
 
戦後の昭和がどんな時代だったのかという話だ。帝銀事件のGHQ陰謀論はその時代に芽を出し育って大木となったものである。木が育つには土壌とかなんとかいったのが必要だ。だから、それを考えるのがまずは順序というもんじゃないかとおれは思うわけである。
 
GHQ実験説は事件発生直後からある。だがこいつは都市伝説だ。「あの事件はGHQの実験じゃないか。それ以外に考えられるか」なんてことを言う者が出て、「そうだそれに違いない」ということになって広まった。実はなんにも考えてなく、頭の中に棲んでいる変な虫にものを考えてる気にさせられてるだけのやつが、脳内虫には都合のいい論法を口に出してるだけの言葉だ。それを陰謀論という。
 
しかし多くの人々が信じたい話のゆえに広まった。なぜか? 戦後だったからだ。そして日本人だけでなく、外国人の多くにとってもこれが信じたい話だった。前回にアイルランド人の話をしたが、たとえばまた景山民夫の『ボルネオホテル』という本に、
 
画像:ボルネオホテル200-205ページ虐殺の島 ボルネオホテル表紙
 
こんなことが書いてある。これはまあ、インドネシアの営業中止になってたホテルに悪霊がいて、というようなホラー小説でフィクションだから話半分に読んでほしいが、でもわかるだろう。アイルランド系の人間がイギリス人に辛辣なのにはそれなりの理由があるし、インドネシアの人間もいろんな遺恨を持っている。そして戦後の昭和と言えば、ベトナム戦争とその後遺症の時代だった。
 
それはアメリカだけでなく、直接には関係のない日本もそうだし世界中そうだ。ベトナム戦争のただなかと、その後遺症の時代である1975〜85年くらいに人が帝銀事件のGHQ実験説を聞けば、「ワスプがやりそうなことだ」と思う。ベトナム戦争はワスプがやったバカな戦争。そのせいで、という時代であり、ワスプの中にも自分達の中にいるろくでもないのがやりそうなことと考えるのが出る時代。
 
そうこうするうち平沢が死んで、「歴代の法務大臣が死刑執行令状にハンコを捺さなかったのは」という話が出来たところで昭和が終わる。しかしこれも都市伝説だ。〈それ以外に考えられるか〉という理屈で〈そうに違いない〉とされてしまう話に過ぎず、何も考えているわけじゃなく、おれには別の考えがある。あなたがよっぽど頭のイカレたトンデモ陰謀論者でなければ、おれが書いたものを読めば「それが本当かもな」と思うのではないかという考えが。
 
――が、まずは事件とは直接関係ない話だ。1948年は、
 
画像:早わかり20世紀年表1948年1月 早わかり20世紀年表表紙
 
こんなふうに始まった。1月6日に米陸軍長官のロイヤルという人物が、たぶん、
 
画像:リーサルウェポン2の悪役黒人びいきめ アフェリエイト:リーサルウェポン2
 
こんなやつじゃないかと思うが日本を共産主義に対する防壁にすると演説した。その20日後に帝銀事件が起きる。その4日後にガンジー暗殺。
 
帝銀事件と関係ないって? そりゃ直接には関係ないが、米陸軍長官のロイヤルさんには違うだろうな。ベトナムでは第1次インドシナ戦争が始まってるし、ガンジー暗殺は映画で見ると、
 
画像:ガンジー暗殺 アフェリエイト:ガンジー
 
こんな感じで、庭でお祈りするからというので集まってきた群衆の中に拳銃を持った人間がいて、ズドンとやられる。それがヒンズー教徒らしいが、けれどやっぱり、これを「イギリス秘密機関の陰謀」と言う人間がいる。
 
それも無理のないことだった。ガンジーが暗殺されるまでにはこのような、
 
画像:ガンジー事件を詳しく知りたい 世界の歴史がわかる本 中島らもの明るい悩み相談室表紙
 
ややこしいいきさつがいろいろあって、だからやっぱり、
 
画像:リーサルウェポン2の悪役支配的人種 アフェリエイト:リーサルウェポン2
 
こんなやつらを腹の底から憎んでいる者にはこいつらの陰謀ということにしたくもなろうってものだ。アングロサクソンのプロテスタント。それが日本を反共の盾にすると言っている。
 
有色人種を奴隷にし、今も世界のほとんどを植民地にしてるやつらが何を言うのか。
 
白人でもアイルランド系やイタリア系を差別し下の階級に置き、搾取するのを当然としてるやつらが何を言うのか。
 
という話にもなろうってのが当時の国際社会である。それが結局、共産主義に転がる者を増やしてしまい、第2次インドシナ戦争すなわちベトナム戦争でのアメリカの敗けにつながっていく。当時にベトナム反戦運動に加わった者や共鳴した者が帝銀事件のGHQ陰謀説を聞けばやっぱりそのみんながみんな、何も考えず受け入れるだろう。
 
そして実際に受け入れた。誰も彼もが。エルビス・プレスリーが生きていてほしいと思う人間はエルビスが生きてる話を受け入れる。ネス湖にネッシーがいてほしいと思う者はその話を受け入れる。
 
証拠なんかなくてもいい。「見た人がいる」という言葉ひとつあればよく、それが証拠とされてしまう。米陸軍長官ロイヤルは、さぞ困ったことだろう。日本を反共の盾にしなけりゃいけないときに、おかしな事件ひとつのせいで、共産主義者が増えてしまう。日本で増えるし世界で増える。GHQの実験以外考えられるか。考えられるか。アングロサクソンのプロテスタントがやりそうなことと思わないか。
 
そう言われてしまうのだ。それに対して、
 
画像:リーサルウェポン2の悪役自分の立場を知らんな アフェリエイト:リーサルウェポン2
 
こんなやつらが何を言っても説得力に欠けてしまう。だからガンジー暗殺も、こんなやつらが裏にいるという話にされる。
 
マッカーサーの下で日本を反共の盾にしなけりゃならないGHQ公安部門の人間達は困っただろう。しかし日本の警察を訪ねて「捜査の進捗はどうなってる。お願いだから犯人を見つけて、我々と関係ないのを明らかにしてくれ」と言う以外のことができない。そこに平沢が捕まった。
 
そしてまったく、この野郎がとんでもないやつだった。最初は誰もが〈高名な画家〉と聞いて当惑したが、証拠は歴然としていたうえに過去に立場を利用した悪事をゴマンと重ねていたとわかる。それで人々は納得し、GHQ実験説はいったん消えた。
 
GHQ公安部門の者達は胸をなでおろしただろう。平沢がどんなやつかが知られた1950年代には、無実を信じるバカはほとんど世の中にいない。都市伝説のビリーバーだけが陰謀を信じ続けた。
 
セーチョーはそのひとりである。59年にこれが『小説帝銀事件』を書き、翌年『黒い霧』を書く。事件当時に子供だった人間が大学生とかになる頃合いで、世は60年安保。安保に反対する者達がセーチョーが書いたものを読み、読んだ人間がする話だけを聞いた者らがトンデモ陰謀論以外の何物でもないヨタを受け入れる。
 
作品名:端数報告6 作家名:島田信之