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端数報告6

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迷惑伝説お断り


 
さて今回から本当に〈帝銀事件のGHQ陰謀説がいかにバカげているか篇〉だが、どこから話していきましょうかね。やはりまずは順序として、1990年代のまだ若いおれがこれについて知ったところでどう考えたかについてだろうか。
 
この書き直しの1回目と2回目で、当時のおれが実験説を読んでも「それはねえだろ」と考えてまったく頷かなかった話はしました。最初に図書館で借りて読んだ本の記憶は前に書いた通りかなり曖昧なのだけど、それには確か、前に書いたことの他に、
 
《GHQは事件に強い関心を寄せ、捜査の進捗状況について日本の警察にたびたび訊ねていたという。なぜ彼らがそんなことを? 犯人を知っていて、捜査の手が届くのを恐れてのことという以外考えることができるだろうか》
 
なんてことが書いてあった。これもお決まりの話であり、読んでまずほとんどの人が頷いてしまうことなんじゃないかな。
 
しかしこれについてもおれは、「いや、それは違うだろう」としか思わなかった。まったく逆で、犯人を早く捕まえてほしかったんだ。そう見るのが妥当だとね。
 
これを読んだとき既に、帝銀事件は海外でも有名らしいというのをおれは知っていた。有名と言っても知る人ぞ知るという程度でもあるのだろうが、知ってる人間のあいだではGHQ実験説がやはり信じられてるらしいとも。
 
しかしおれには特に〈荏原〉の未遂の話なんかを知ると、実験説はバカバカしいとしか思えない。前に書いたように「それが予行だったと言うならそこで巡査を呼ばれたのになんで同じやり方を続けるんだよ」と考えるからだが、《ピペットで上の油を取ってまず自分が飲んでみせる》なんていうのも「あまりにも危なっかしいやり方」としか感じずに、軍の秘密機関が本気で試したい方法ではないんじゃねえの、もし本当にそんなことしたと言うなら犯人は手品師みたいなやつじゃねえかな、なんて考えをすぐ持った。《毒は遅効性》だとかいった話も「なんかなあ」といった感じで、この、
 
画像:DOA
 
『D.O.A.』という、レンタルビデオでその頃に見た映画のことなど思い出してた。飲んで2日後に死ぬ毒を盛られた男が〈自分を殺した犯人〉を追うというものなんだが、暗殺用なら「飲んで2日後」と言わずとも、無味無臭で1時間後に効くとかいった毒でなければ使い物にならんのじゃないの。そういう毒はわざわざ開発しなくても探せばあったりするんじゃないの。帝銀事件は強盗殺人だ。その青酸ナントヤラは強盗用の毒としてはよさそうだけど、暗殺用の毒としてはまるでダメなんじゃないかなあ、なんてことも考えたりした。
 
実験説におれはひとつも頷けない。都市伝説だ。そう思った。エルビス・プレスリーが生きていたり、下水道にワニがいたり、口裂け女の話と同じだ。事件発生直後からその話はあったのだろう。人が聞いて驚くようなやり方をしているために人が聞いて驚いて、「一体どういうことなのだ。ローズバットの意味はなんだ」と世が騒ぐことになっちゃっている。そこから都市伝説が生まれる。GHQの実験なのだ、GHQの実験なのだ、GHQの実験なのだと言う者が出て、そうだそれに違いない、それ以外に考えられるかという話になっていく。
 
「それ以外に考えられるか」でなく、実はなんにも考えてない。手軽な話に飛びついてるだけだ。けれどもそれに頷いてしまう者が増えるにつれて「みんなが言ってることだから」ということになって定説化する。
 
人は信じたいことを信じる。
 
信じたいことだけ信じ、そうでないものを受け入れない。「そんな話はおかしい」と言う人間の言葉を聞かない。
 
GHQ実験説は、多くの人が信じたい話のゆえに受け入れられた。GHQの公安部門にしてみれば、実に迷惑なことであろう。「そんな話はバカげてる」と言っても聞いてもらえないのだ。おまけにマッカーサーだとか、最高幹部の者達からまで、「ホントにやってないんだろうね」と言われちゃったりなんかしたら。
 
不本意きわまりないことだろう。そんなふうにおれは思った。本を読んでのおれの最初の考えは、前に書いた通り「犯人が〈七三一〉の元隊員だとしても、カストリ酒やヒロポンの闇商売でもやっていたのがうまくいかなくなったために、強盗用にはいいその毒で銀行をタタくことを考え――」なんていうものである。GHQの公安部門の者達も、そんなところが妥当な線と思ったのではないだろうか。
 
しかしその者ら以外には、みんながみんな実験説に頷いている。疑われる者らにすればこれは迷惑なことだろう。だが、それでも日本人がそう言うだけなら彼らもそれほど気にはしなかったのではないか。問題は大親分のダグラス・マッカーサーにまで、「ホントにやってないんだろうね」と言われてしまうことではないか。
 
「いいえ閣下。そのようなことはしておりません」
 
「そうか。それならいいんだが、ホントにやってないんだろうね」
 
と、痛くもない腹を探られてしまうこと。よりにもよってマッカーサーに。これがまずは公安部門の者らにとっていい迷惑なことだった。
 
のではないかとおれは思った。そして日本だけでなく、この話が海外に流れて世界中で信じられてしまうこと。それを憂慮したのじゃないかと。
 
まず本国アメリカだ。「日本を占領してるやつらが変な実験したらしいぜ」と故郷の人間が噂する。これがやがて共和党の政治家だとか、民主党の政治家までが、ちなみにおれはこのふたつのどっちがどっちかわからんのだが、とにかくどっちも信じることになってしまう。 
 
GHQの公安部門が本当に憂慮したのはそれじゃないかとおれは思った。その頃、えーと、1992年の夏だな。トム・クルーズとニコール・キッドマン主演の『遙かなる大地へ』って映画があって、19世紀末のアイルランドから始まるのだが、ニコールが金持ちのお嬢様、トムが小作農の息子を演じる。このふたりがなんやかんやあってアメリカに渡り、ボストンに着いたところでなんか子供が寄ってきて、
 
「アイルランド人かい? ボスが仕事を紹介するぜ。アイルランド人はほかに行っても仕事がないぜ(たぶん戸田奈津子字幕)」
 
画像:遙かなる大地へ アイルランド人はほかに行っても仕事がないぜ アフェリエイト:遙かなる大地へ
 
と言う。アイルランドからの移民はアメリカ社会で差別を受けているらしい。そうは言ってもおれにはアイルランド系とそうでない白人の見分けがつかない。トム・クルーズはトム・クルーズにしか見えないが、とにかくふたりはその子供について行き、〈ボス〉というのに会ったところでトム演じる主人公ジョゼフはニコール演じる娘を「自分の妹だ」と言う。彼女は、
 
「妹ですって? 身の程知らずな!」
 
と怒るがジョゼフは、
 
「ここにいる連中を見ろ。皆おれの階級だ。君の階級を憎んでる奴らだ。腹の底から君らを憎んでる。おれの話に口を合わせないと金持ちの新教徒だとバラすぜ」
 
画像:遙かなる大地へ腹の底から君らを憎んでる アフェリエイト:遙かなる大地へ
 
作品名:端数報告6 作家名:島田信之