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端数報告6

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ベントラベントラうる清(せい)ピープル


 
【平沢を吊るす会】の5回目だけど、これまでこの書き直しで帝銀事件がどういう事件かあらためてちゃんと説明してなかったね。おれが書くより、福田洋・著『【図説】現代殺人事件史(河出書房新社)』という本がこの事件を2ページにまとめているのでスキャンして見せよう。
 
画像:現代殺人事件史帝銀事件1
画像:現代殺人事件史帝銀事件2
画像:現代殺人事件史表紙
 
こうだ。冤罪説に多くが割かれ、《平沢の四件の詐欺は、その病気のせいで他愛のない悪戯に近いものだったと思われる》《松本清張は(略)だろうとしている》なんてあるのがわかると思うが、しかしどうにも文の末尾がいちいちグニャンとしている気がしませんか。だけでなくて全体がクニャクニャしてる気がしませんか。定食屋で唐揚げ定食を頼んだら、出てきたのが唐揚げでなく別のものであったような。
 
そんな気が読んでしませんか。衣はカリッと香ばしく、中のお肉は噛み応えがあってジューシー。それがおいしい唐揚げだけど、この文は違う。トリの皮だけ茹でてまるめたもんでも食わされてるかのようだ。脂が抜けて味がなく、クニャクニャとしてるばかりで噛み切れない。そんなものでも食べさせられてるようだと読んで思いませんか。
 
おれはそう思うところだ。大槻ケンヂの『のほほん人間革命』を読んでから、この手のものを読むたびますますそう感じるようになった。どこかに嘘はないかと考え、行間に眼をこらして読むようになった。
 
真実はたぶんここには書いていないところにある。行間だ。書いてあることよりも書いていないことの方が重要なのだ――そう考えて読むようになった。
 
そうしてみるとやはり怪しい。ごまかしがある。世に言われる話と違って平沢という画家が犯人なのじゃないか――その思いが強まっていくのを感じる。感じるが、行間から漂うものを感じてるだけ。この調子の短いものをいくら読んでも何もわからん。
 
そして「画家が犯人」というのも、やっぱりピンと来なかった。そんな状態がしばらく続き、だからと言って本気で詳しく知ろうとも思わずおれは日々を過ごしていたが、そんなある日に定食屋に入り、唐揚げ定食か何かを頼んで店の隅の本棚に向かった。
 
いつも行く店なものだから、マンガなんかはみんな読んでしまっていた。文庫本の段を見ると中に松本清張の『日本の黒い霧』がある。そこにそれがあることを前から知っていたような、そのとき初めて気づいたような。
 
どっちにしてもそれまで気に留めていなかったのを、気まぐれに手に取ってみる。パラパラめくって〈帝銀事件の謎〉という章があるのを中に見つけ、「ああそう言えば」と考えた。セーチョーがこれにそんなの書いてるてのを何かで読んだ憶えがあるな。
 
しかしいつ書いたんだこりゃ。相当古い情報じゃねえのか。とも思ったがでもまあいいや。どうせ定食が来るまでのあいだだ。ここだけ読んでみることにしようとおれは考えて読み始めた。けれどもすぐ驚愕の念におれは襲われることになる。
 
なんだなんだなんだこりゃあ。「アポロは月に行ってない」とか「ナチスはホロコーストをしてない」とかいうのとまるきり同じじゃねえか! トンデモ陰謀論以外の何物でもない。こんなもんをセーチョーが書き、セーチョーが書いたからと言うので人に信じられてきたのか? これが! このシロモノが! そうなんだろけどまさかまさか……。
 
おれは驚き、あきれながら読み進めた。それはまさしく火星人の襲来を信じる者が書いたものだった。オーソン・ウェルズの『宇宙戦争』で全米がパニックになった話を聞いて種明かしを受け入れず、「嘘だ嘘だ」と言い続ける。火星人は確かに来たに違いない。〈三本脚〉を見ている人がいるらしいのだぞ。そういう人がいるらしいということは、火星人が確かに来たということじゃないか。そうだろう。そうに間違いないのだからそうに間違いないじゃないか。
 
頑固にそう言い張って曲げない者が書いたものだった。そして何より、毒についてだ。事件で使われた毒について、セーチョーはそこに、
 
画像:黒い霧毒について1
画像:黒い霧毒について2
アフェリエイト:日本の黒い霧
 
こう書いていた。文に起こすと、
 
   *
 
 捜査当局でも、この毒物が単純な青酸化物とは思っていなかったであろう。況んや、のちの公判廷で決められたような青酸カリにおいてをやである。
 捜査当局は、帝銀に使われた毒物について、あらゆる研究を行なったに違いない。そして、青酸カリ以外の化合物が何であるかの究明に力を尽したと思う。
 そして、遂に、それが旧陸軍研究所において製造されていたアセトンシアンヒドリンに極めて類似することが分ったであろう。これは、戦時中、軍が極秘に研究し、製造していたもので、軍用語で「ニトリール」と呼ぶものであった。これは、神奈川県稲田登戸にあった第九技術研究所の田中大尉によって発明されたといわれている。そして、これは帝銀に使われたように遅効性のものであった。しかし、この「ニトリール」が帝銀事件に使用された毒物と同一である、という断定は何もない。ただ、大層よく似ていた、と云うことは出来る。
 
アフェリエイト:日本の黒い霧
 
こうだが、おいおいなんだこりゃあ。ここにこう書いてあるってことは、「再鑑定で毒は青酸ナントカだとわかった」というのは嘘なんじゃねえか。これはあれだろ。どうしてもGHQの実験てことにしたがっているオーケンの本で言ってたえーとなんだっけみたいな刑事が、学者に無理矢理「毒が青酸カリじゃない可能性はないのかないのかないのか」と詰め寄り、「ないとは言えません」と言わせた。すると学者という学者が、
「ボクなら青酸パリを使うね。だから毒は青酸パリだよ」
「いーやボクなら青酸ラリだな。だから毒は青酸ラリ」
と言い出しちゃったと。でもってそれら青酸パリだか青酸ラリだか青酸パリダカラリーだからをセーチョーはみんなまとめて「同じものだ」ということにした。軍用語ではパリダカで、別の用語でラリダカだ。
 
そういうことだろ、こりゃどう見ても。しかしこれが後の者に、 
 
《毒は青酸カリではない。再鑑定で青酸○○○○だと確かにわかっていたのである。これは戦時中〈七三一〉が開発した特殊なもので米軍にデータを持ち去られ、唯一、□□大学だけに試料が残っていたのだが……》
 
こんなふうに話を作り変えられるともうほとんど嘘を見破ることはできなくなってしまう。「毒は〈七三一〉が開発した特殊なもの」というのはおれも疑わず、素直に受け入れてきてしまっていた。
 
やられた。しかしもう騙されないぞ。この話はヨタもいいところだし、続くナントカ研究所の毒の実験なんていうのは、ロズウェル事件の宇宙人の死体を米軍が解剖してる話とまるで同じじゃねえか。森村誠一の『悪魔の飽食』と違ってすべてが不確かで、「イルミナティの陰謀が」とか「平将門の怨霊が」と言う人間がするのと同じ言葉によって何もかもが語られている。
 
作品名:端数報告6 作家名:島田信之