端数報告6
言ったがしかしそう言ったのは、その当時の日本人だ。その後の者には古いだけだ。見ていないのに見たフリをして、あれは最高で完璧だとか、何度見てもおもしろいとか、どうせ相手も見ていないから嘘はバレないと考えて言う。
それが今にあの映画をお決まりの言葉で讃えるやつだ。おれは見たからそれがわかるが、それでも〈名画〉と呼ぶべきものであるのは間違いないとも思う。オーソン・ウェルズの有名なセリフはオーソン・ウェルズが脚本に書き加えたものと言うが、平成初めに何も知らずに見たおれは字幕を読んでゾッとした。観覧車に乗っている気、と言うよりも、奈落に落ちる絶叫マシンに乗っている気にさせられた。
対して今どきの日本映画は悪いことした人間にエリート野郎の主人公が、
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「空疎な国を見せつけて、何か変わりましたか? 犯罪という形で社会に一矢報いて、何が残りましたか。日本はあなたの望む国になったんですか」
「あなたは今も、1984年のままだ。あなたがしたことは、子供達の運命を変えただけです。あなたは3人の子供に罪を背負わせた」
「青木組に捕まって娘は死にました! 息子は、35年間、地を這うような人生を送りました。あなたが、子供達の未来を壊したんです、あなたが! そんなものは、正義じゃない」
「俊也さんから伝言を預かりました。『私はあなたのようにはならない。この先、何があっても、誰かを恨んでも、社会に不満を抱いても、決してあなたのようにはならない!』」
画像:小栗旬空疎な国を見せつけて アフェリエイト:罪の声映画版
と言うと〈極悪非道〉ということになってる相手が自分の犯した罪の重さに打ちひしがれる。悪いことをした女にエリート息子が、
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「俺の声が犯罪に使われることに抵抗はなかったの。伯父さん達は、青酸ソーダを入れたお菓子をバラ撒いた。許されることやと思うた?」
「それが、お母さんの望みやったん? そんとき、俺のことは考えた? お父さんのことは? 俺は、このテープを見つけて、苦しんだね。今だって苦しいで。これから先も、俺が、お母さんやない俺が! この声の罪を背負っていくことになるんやで。それがほんまに、お母さんの望みやったん?」
画像:星野源抵抗はなかったの アフェリエイト:罪の声映画版
と言うと、その女がおんおんと泣く。
だがこんなもん、他のもっと人気の高い芸能人が主演のドラマからセリフを拾って「これも言わせて、これも言わせて」と監督と脚本家に要求し、繋ぎ合わせたものというのが瞭然だし、来年に日本アカデミー賞を獲る映画ではこれよりも長いセリフをタメを作って誰かが言うことになるのも明白。見る者の心に刺さるものなどないし、イギリスの古都をガイドに連れられて歩かされた気がするだけ。
『第三の男』はそこが違う。主人公は迷路の街をさ迷わされるし、戦後の闇を描く映画は誰もが笑顔の甘っちょろい結末など許さない。帝銀事件の犯人を、おれはおそらくあの映画の〈第三の男〉だろうと思った。
敗戦国の闇が生んだ怪物だ。罪を咎められたとしても、「それがなんだ」と言う人間だ。もし仮に、〈七三一部隊〉の者ならおそらくそう言うだろう。当時、カストリ酒だとか、ヒロポンとかの商売をしていた者は多くいた。
犯人はそんなやつではないだろうか、とおれは思った。〈七三一〉で毒を扱っていた者ならば酒など簡単に造れるだろうし、アンフェタミンの合成すら難しくはないのじゃないか。
自分が売ったメタノールで失明する人間がいても、覚醒剤で廃人となる者がいても、「それがなんだ」と言ってのける。小栗旬や星野源に何を言われても、「キムタクのセリフを繋ぎ合わせて言ったってお前はキムタクになれないよ」と返すだけで平然としてる。
〈七三一〉の人間ならばそうだろう。しかしそんな商売も、戦後2年が過ぎる頃にはうまくいかなくなってきたのじゃないか。そこで青酸ナントヤラをまだ持ってたのを思い出し、それを使って銀行をタタくことを計画する。
だからと言って致死量を知るわけでもなかった、と言うより〈致死量なんていうものは目安に過ぎないと知っている〉ためどのくらいが計画に適当な量なのかわからない。カネが欲しいだけなのだから店の者を殺す気もない。失敗すればまず一番に自分が死ぬことになるかもしれないのだから量を少なめに〈荏原〉をやるが、少な過ぎて失敗した。巡査を呼ばれもしたものだから「これはやめよう」と考えるが、闇商売がいよいようまくいかなくなって3ヵ月後に〈帝国銀行椎名町支店〉をタタく。
今度は量を増やしてだ。成功したがその代わり……というのが同じ〈名曲アルバム〉から見せるがこの、
画像:名曲アルバム悪魔のトリル
『悪魔のトリル』という曲のメロディーなのじゃないかな、と20代のおれは考えたわけなのである。