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端数報告6

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そう思った。そしてそもそも実験なのなら、単独でやるというのがおかしい、と。
 
たったひとりなんかでやるから巡査を呼ばれることになるのだ。おれがもし軍の秘密機関の人間で銀行なんかで毒を試すことを考えたとしよう。間違っても単独でやらない。複数でやる。
 
それも4人か5人というとこだろう。それ以上でも、以下でもダメだ。5人なら一台のクルマに乗せてその場を立ち去らすことができるし、それ以上では失敗のリスクを増やすだけだろう。そして3人以下では少ない。
 
おれならそう考える。銀行に入り、毒を飲ますのはうち2人だ。その片方は英語しか話さない白人とし、日本人を猿としか見ていない眼でその店にいる者らを見さす。
 
基本的にもうひとりがすべてをやるが、戸口に見張りをひとり置く。これが3人目で、4人目はクルマのドライバー。ずっと運転席に置き、いつでもクルマを出せるように待機させる。
 
この者達がいるおかげで、毒を飲ませる役の者は落ち着いて自分の仕事に集中することができるわけだ。そして犠牲者が倒れるところを写真に撮ったりする役が別に必要と考えるならもうひとり。これで全部で5人となる。事が済んだら後で息を吹き返す者がないように全員の頸を掻っ切って、強盗に見せかけるためカネを全部袋に詰める。ひとりがひと袋ずつ持って店を出、クルマに乗ってハイさようなら。
 
どうだろう。おれならこんなやり方で行くし、「この者らならいけるだろう」と思えるだけの4人か5人のチームを揃えられないのなら、やらない。事がヤバ過ぎるからだ。〈荏原〉から〈椎名町〉まで3ヵ月の時間があるなら当然これくらいのことを考えてよさそうなもんと思うが、なぜそうせずひとりでやるのか。
 
――と、こういう考え方をするので、おれにはGHQ実験説はまったく有り得ぬものと思った。毒が特殊なものと言うなら犯人は〈七三一〉の隊員でもあるのだろうが、カネ目当ての犯行でGHQとは無関係。だから単独だったのだと。そしておそらく『第三の男』の〈第三の男〉みたいなやつだと。
 
〈帝銀事件平沢冤罪/GHQ実験説〉のお決まりの話では犯人は、〈荏原〉は予行で使った薬は猫いらずのようなもの、本番の〈椎名町〉ではその青酸ナントヤラを致死量ギリギリで飲ませたものとなっている。だから16人中12人が死んだのであり、そんなことができるのは戦時中に実際に毒を人に飲ませていた〈七三一〉の隊員だけだと。
 
そう言われたら納得してしまう人が多そうだけどおれはこいつもてんで怪しいもんだと思った。やはり24、5歳で読んだ本の一冊に鶴見済・著『完全自殺マニュアル』てのがあったのだが、それには毒や劇薬の致死量として、
 
画像:完全自殺マニュアル致死量について アフェリエイト:完全自殺マニュアル
 
こんなことが書いてある。〈致死量〉というのは目安であって、たとえばそれが〈1ミリグラム〉とされてるものを1ミリグラムずつ10人に飲ませれば10人全員が死ぬとか8人が死ぬというものじゃない。0.9ミリグラムではひとりも死なないというものじゃない。効き目には個人差というものがあるのでその半分で死ぬのもいれば5倍飲ませても死なない者がいたりする。ある本には〈飲ませたうちの半分、つまり10人なら5人が死ぬ量を致死量とするがそれも推定の値に過ぎない〉とかいうふうに書いたのを読んだ憶えが別にある。
 
当たり前だ。毒などそういうもんだろう。「致死量ギリギリを飲ませなければならない」なんていうのが既に危なっかしく、軍の秘密機関の者が本気で試したいと思うようなものと思えん。やったところで相手が死ぬとは全然限らないのだろうが。それじゃあ「試す価値もない」と思いそうなもんじゃねえのか?
 
おれはそう思うんだがね。てわけでオーソン・ウェルズである。犯人はやっぱり映画『第三の男』の〈第三の男〉だろうと思った。人殺しなどなんとも思わぬ悪党ではあるのだけれどだからと言って――という。エビス。ちょっと贅沢なビール。そいつはカネが欲しいだけで必ずしも人を殺すつもりじゃなかった。〈七三一〉の隊員ではあるのだけれどだからと言って致死量を知るわけではなかったのだろう。店の者らがもがき苦しんでいる間にカネを掴んで持って行けさえすればよかった。だが〈荏原〉では量が少なくて失敗した。
 
〈椎名町〉まで3ヵ月の時間があるのは量を増やすと人が死ぬかもしれないというためらいと、また巡査を呼ばれるかもしれないという恐怖があったからだが結局やった。そしてやっぱり量が多過ぎ、16人中12人が死ぬようなことになってしまった。タララン、タラララン……。
 
あれはそういう話じゃないのか。オーソン・ウェルズが『宇宙戦争』をラジオドラマにしたところ、全米で大パニックが起きたという。これはそれと同じじゃないのか。種明かしがされてないため、火星人の襲来を信じた者らがまだ三本脚侵略ロボの幻影を追い続けている。「やつらは来たんだ。〈三本脚〉を見たという人がいるんだ」と言い続けている。〈ローズバッド〉のそれが真相なのではないか。
 
アフェリエイト:市民ケーン
 
だから犯人は人騒がせなこいつだろう。絶対そうに決まっている。と20代のおれは思ったというところで今回はおしまい。それではまた。
 
作品名:端数報告6 作家名:島田信之