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オーソン・ウェルズ犯人説


 
【平沢貞通を吊るす会】2回目の会報だ。前回おれは、24、5歳で帝銀事件のGHQ実験説の詳細を知ったがそこで「それはねえだろ」と考えた話を書いた。別に彼らがそんなことするはずないと思ったのでなく、やるならもっとうまくやるだろうしそもそも実験になっていないと考えたのだ、と。
 
今回はそれについて詳しく述べよう。えーとまず、やっぱり24、5歳で森村誠一・著『悪魔の飽食』なんていうのもおれは読んでた。〈七三一〉が大陸でいろいろ悪い研究をしていたのが書いてある。
 
それについてはおれは疑う者ではない。〈七三一〉の総本山と言うべきそこにはこのように、
 
画像:悪魔の飽食巻頭部分 アフェリエイト:悪魔の飽食
 
アウシュビッツや何かと同じく日本軍が去るときに処分しきれなかった証拠がいろいろ残っているようだし、後で詳しい話を語る者も多くいて裏も取られているようだ。実験だから実験台に何かしたのを写真に撮ったり映画に撮ったり検査したりと経過を見、死んだら遺体を解剖したりしていた。
 
そんな話がこの本には書いてある。当たり前だね。一応は学術的な研究でもあったわけだ、一応は。ちゃんとデータを取らん実験を〈実験〉と言わない。
 
はずだろ。しかし帝銀事件。これは〈実験〉と呼べるだろうか。人を殺してるだけじゃないか。16人に毒を飲ませてそのうち12人が死んだという、それがわかるだけの実験なのか。
 
そんなの実験と呼べるかあ? そう思ったのだ。人が聞いて驚くようなやり方をしているために人が聞いて驚いて、「一体何があったのだ、〈ローズバッド〉の意味はなんだ」と『市民ケーン』て映画のように世が騒ぐことになっちゃっている。暗殺用の毒の実験の結果がそれじゃ困るんじゃないのか。
 
と思ったし、そうとしか思えん。なんでどうして世の注目を集めるようなことをするんだ。やったら世の注目を集めるのがわからなかったのか、GHQの秘密機関が。
 
そんなバカなという気しかしない。人が死ぬのを確かめたいだけならばもっとうまいやり方が他にいくらでもあるんじゃないのか。
 
と思った。たとえばその頃は、戦地から戻ったものの仕事もなく身寄りもなく、《命売ります》なんていう札を掲げて街角に立ってた者が結構いたりしたんだろ。そういうやつに千圓ばかりのカネを見せ、「回虫を下す薬の試験なんだ。寿命を縮めることになるかもしれんが、やるか」と言えば疑わず受ける者もいたんじゃないのか。
 
そのやり方ならこっそりと誰にも知られず事が運べる。GHQの秘密機関ならわけのないことでもあろう。なぜそのようなやり方を取らず、帝銀みたいなことをやるのか。
 
そしてやっぱり、人が死ぬのを確かめるだけの実験なんていうのはおかしい。実験ならば写真に撮ったり映画に撮ったり、検査したり解剖したりしないのはおかしい――そう考えてだからこんなのはどうだと思った。女に夜道でひとり歩きの男を誘わせ、宿に連れ込む。「まずは一杯」と言って徳利を傾けるが、中に入っているのは毒。隣の部屋では映画のカメラを回している者がいて、さらにいろいろ検査の用意をして待ち構えている者に、解剖の用意をしている者。遺体を袋に詰めてトラックで運び出す用意をして待っている者……。
 
なんてやり方をするんじゃないかな。軍の中の秘密機関が毒を試そうとするのならば――そうおれは思ったのである。その考えでいくと帝銀事件がGHQの実験というのはまるで話がおかしいとしか思えない。
 
だから「それはねえだろ」としか思えなかった。犯人は口がうまい感じであり、腕章だのなんだの使って人を騙すのに長けているようでもあるがそれだってかなり危なっかしく、「そんなのがよく成功したな」と思える部分が多い。運良く成功しているけれど運が悪けりゃその場で取り押さえられていた。
 
と思える話でもある。素人だ、とおれは思った。この犯人はトーシロだ。後に見る『TRICK』ってドラマで仲間由紀恵が演じる売れないマジシャンが小遣い稼ぎに手品を使ってインチキ商売をやる場面があるが、なんだかそれみたいな話だ。結果の重大さを脇に置いて手口だけ見れば、この犯人には口八丁手八丁、舌先と指の先の技で稼ぐ奇術師のような性格を感じる。
 
画像:トリックシーズン3第3話 アフェリエイト:TRICK
 
だからやっぱり犯人は『第三の男』の〈第三の男〉、つまりオーソン・ウェルズだとおれは思った。タララララン、ララン……。事件についてのお決まりの話を繰り返し読むたびその思いを強めた。特に〈帝銀椎名町〉の3ヵ月前、同じ手口の犯行があったが失敗し未遂に終わっているのを知ることでさらにだ。
 
画像:小説帝銀事件・刑事一代荏原で巡査を呼ばれた話 アフェリエイト:小説帝銀事件 画像:刑事一代表紙
 
この2冊にその件について同じように書いてあり、食い違いがないのが読めばわかると思うが帝銀事件の3ヵ月前に同一犯と見られる者が別の銀行で店の者らに何やら薬を飲ませたという話がある。だがこのとき、支店長が男の言うことを怪しんでひそかに近くの交番へと使いを送り、巡査がやってくることになっている。男はその場をとりつくろって難を逃れているのだが、実のところこのときに捕まっていておかしくなかった。
 
というのがわかるだろうか。おれが24、5歳で最初に読んだ本にこの一件が詳しく書かれていたかどうか憶えていない。お決まりの話にたびたびぶつかり繰り返して読むことで「やっぱりGHQの実験ていうのはねえよ」の考えを強めていくことになったのだが、それにはこの〈安田銀行荏原支店〉の件があることが何より大きいと思う。
 
つまり、「3ヵ月前にやって巡査を呼ばれたのならなんで同じことをまたやるんだ」と考えたのだ。この〈荏原〉の未遂の件は、GHQ実験説を唱える者らに「実験の予行だ」と言われるのだがそんなのまったく頷けない。
 
おれはそう考えた。この〈荏原〉では薬を飲んだ者達はちょっと気分が悪くなっただけでそのまま仕事を続けたといい、だから「予行だ」と言う者は毒は毒だが人が死ぬようなものでない、たとえば猫いらずのようなものでも飲ませたのだろうとしている。
 
だから予行なんだ、と。いやいやいやいや、そんなバカなとおれは思った。その〈荏原〉では仮にそれでいいとしても、本番の〈帝銀椎名町〉でも巡査を呼ばれるおそれが多分にあったはずじゃねえか。GHQの秘密機関が、3ヵ月前の予行で巡査を呼ばれたのにその可能性を考えないなんてことがあってたまるか。今度はごまかせないかもしれず、やって来たのが2人だったりしたらもう絶対におしまいだろう。念入りに調べられたら毒のビンを放って逃げなきゃならないことになるかもしれず、取り押さえられて一巻の終わり。運良く逃げられたとしても残した毒を調べられ、
 
「これは普通の青酸カリとかじゃないですね。何か特殊な青酸ですよ」
 
なんてなったら何もかも露見してしまう。
 
ことになるのが明白じゃないか。GHQの秘密機関がそれを考えないなんて有り得ん。だから〈椎名町〉が実験で〈荏原〉がその予行なんて話はバカバカしくておれは聞けない。
 
作品名:端数報告6 作家名:島田信之