小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

端数報告6

INDEX|31ページ/66ページ|

次のページ前のページ
 

「この絵を見ると平沢さんが本当に無実なのがわかりますね。こんな素晴らしい絵を描く人が大量毒殺事件なんて決して起こすはずがない。なるほど文展無鑑査ですかあ。文展無鑑査ですかあ。これは納得だなあ」
 
ってなところだ。おれは断りを入れたように番組の絵を素直に見れんが、偏見が込みであるのを重ねてお断りしたうえで言わせてもらえば、
 
「なるほど、いかにも社長さんが社長室に飾る絵って感じだな」
 
と見て思った。平沢が事件前の半年ばかり、あちらこちらで会社の社長のような者を訪ね歩いては自分の絵を、
「いかがですか」
とやっていたのはセーチョーの『小説』から窺えるところだ。平沢の絵は会社の社長が社長室の壁に飾るものだった。平沢自身が最初からそのつもりで描いていた。
 
のではないかとの印象を受ける。そのためにまず皇太子への献上画である『春遠からじ』というのを描いて新聞に載るように手配したうえで、戦争のあいだ住んでいた小樽を出て東京に向かう。事件の10ヵ月前だ。その途中、青函連絡船の中で名刺を交わしたのが松井博士。
 
そして豪邸を建てようとするが、絵はまったく売れなかった。家は柱を組んだだけで工事は止まり、土地の売り主への支払いも自分が描いた絵を出して、
「これは○千圓になります」
「これは○千圓になります」
ということになる始末。
 
これは確かな事実である。あらためていま思うにひょっとして、平沢は最初、自分の絵が進駐軍に売れると考えたのではないか。GHQの中でも特に高官に、
「これは○萬圓でどうです」
「これは○萬圓でどうです」
とやってガッポリ儲かると思った。自分の絵ならそれができると――しかしその見込みは外れた。壱萬どころか千圓の絵さえ、ろくに売ることができない。
 
そして長谷川姉妹のように、百圓の絵も売ることができない。立場的に安い絵を描くわけにいかない。最低でも千圓の値を付けねばいけないということもあるが、それ以上に平沢の絵は、外国人が欲しがるようなものでなかった。
 
ということでなかったのか。〈文展無鑑査〉の肩書も、〈皇太子への献上画〉の新聞記事も、〈ガイジン〉には意味を為さないものだった。ポケットに5百ドルや5千ドル、5万ドルのカネを持ってて、絵を見て「出していいか」と思うかどうかだけなのだ。
 
彼らにとって平沢の絵は、50ドルの価値もないものだった。5ドルの価値も、50セントの価値もないものだった。
 
ということでなかったのか――『にっぽん!歴史鑑定』の番組が出す絵を見ておれはそのような印象を受けたがどんなもんだろう。もちろんおれは平沢の絵を、最初から偏見を持って見てるがそれにしてもだ。これはちょっと外人さんが欲しがる絵ではないんちゃうかな。だいたいそもそも、外国の絵を真似てるような感じもあるし、オリジナリティがある気がしない。
 
そう感じる。【社長さんが社長室の壁に飾る絵】として描かれている。【大家(たいか)が描いたものかどうか】。それ以外に芸術の評価基準を持たない者に売るものとして描いているからおのずとそうなる。
 
平沢の絵はそうじゃねえのかと。それに遅いんじゃねえのかと。長谷川姉妹が進駐軍に絵を売ったのは戦後すぐだ。外人さんがまず求めるのは和服姿の女の絵。風景ならば古民家を描いたもんだとか、祭事を描いたもんとかじゃないのか。
 
そういうのは長谷川姉妹みたいなのが、描いて売ってしまっている。描けばなんでも売れた時代はとっくに終わっていたのじゃないのか。
 
平沢は戦争が終わって1年半が経ってからやっと東京に出てきたが、その頃には外国人がどんなものを求めているか知っていて【その上を行くもの】を描く、
 
画像:白波の絵 こんなのとか、こんなのとか、百貨店ワルツ
 
いった者だけが残っていて、最初は1枚10ドルだったのが百ドル、千ドル、いや1万出してもいいぞ!なんてことになっていたりしたのじゃないか。
 
そこにおっさんの絵しか描けない平沢が切り込んでいっても遅い。東芝EMIの社員だ。自分の絵がガイジンに受けないのはなぜなのかもわからない――そんなところに1948年、三越での〈日米交歓会〉への出展が決まる。
 
平沢はこれに賭けた。ここで名を売ることができれば、自分の絵がガイジンに売れるようになると信じた。しかしそれにも先立つものが必要だ。カネが。それもまとまったカネが。
 
家が柱を組んだままではまずいし、三越に絵を搬入するのにも会費の百伍拾圓がない。「来る途中でスリに遭った」と言って支払いをバックレる始末。
 
画像:小説帝銀事件91ページカネに困っていた平沢 アフェリエイト:小説帝銀事件
 
だが毎日三越に通うからにはそれもまずい。だから10月に失敗した〈あれ〉をやるしかないと思った。失敗したのは毒が少なかったからだ。だから毒を増やすのだ。それで全員死んだところでかまうものか。
 
そう思った。そんなやつなら、ビンにピペットを挿し込んで上の油を取って飲むとか、解毒剤だとされてはいる〈チオ錠〉というのを先に飲んでおく、なんてこともやるんじゃないか。そんなやつでもない限りやらないことなんじゃないか――あらためておれはそう考えるわけなのだが、果たしてあなたの鑑定の結果は? ジャカジャン!

作品名:端数報告6 作家名:島田信之