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端数報告6

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ミッション:ワンミニット


 
 会議に提出された心理学の演題のいくつかは印象的であった。アラスカの一グループは脳のさまざまな部位の刺激が、学習能力に著しい進展をもたらすことを示し、ニュージーランドの一グループは、刺激の知覚と保持をコントロールする脳部位の局在を示した。
 しかし他の種類の論文もあった――迷路の曲がりを角にした場合とカーブにした場合の、白ねずみが迷路をおぼえこむための所要時間の差異に関するP・T・ゼラーマンの論文、あるいはアカゲザルの反応時間に及ぼす知能レベルの影響に関するウォーフェルの論文。この種の論文には腹が立った。金、時間、エネルギーが瑣末な問題のご念のいった分析に浪費されている。バートがニーマーとストラウスを、無意味で安全なことではなく重要で不確定なことに専心しているといって賞讃したのは正しい。
 
アフェリエイト:アルジャーノンに花束を
 
前回に続いて帝銀事件だ。アセトンシアンヒドリンだが、このブログで帝銀事件を書き始めた最初の3回目か4回目かな、あのあたりで述べたようにおれはセーチョーが『黒い霧』でこれを書いてるの読んだときに、
 
「なんだ、全部嘘なんじゃん」
 
と逆に思った人間である。定食屋の棚で見つけてなんとなく手にして読んだそのときにね。前回見せたものをもう一度見せると、
 
画像:日本の黒い霧96-97ページアセトンシアンヒドリン
アフェリエイト:日本の黒い霧
 
これ。これ読んでそう思った。これを真に受けるやつがいるのが、おれからすると信じられない。与太だろ、ヨタ。これが与太じゃないと言うなら、何がヨタだというくらいの与太。
 
アストンマーチンボンドカーだあ? バッカらしい。空を飛んだり海に潜ったり、透明になったりとかするのか。これはあれだろ。どうしてもGHQの実験てことにしたがっているオーケンの本で言ってたえーとえーとなんだっけみたいな刑事が、学者に無理矢理、
「毒が青酸カリじゃない可能性はないのかないのかないのか」
と詰め寄り、
「ないとは言えません」
と言わせた。すると学者という学者が、
「ボクなら青酸パリを使うね。だから毒は青酸パリだよ」
「いーやボクなら青酸ラリだな。だから毒は青酸ラリ」
と言い出しちゃったと。でもってそれら青酸パリだか青酸ラリだか青酸パリダカラリーだからをセーチョーはみんなまとめて【同じものだ】ということにした。軍用語ではパリダカで、別の用語でラリダカだ。
 
ということにしちまっている。どう見たってこれはそうだろ……としかおれには思えなかった。オーケンの『のほほん人間革命』を読んだときには「なんかなあ」という程度だったこの話に対する疑念が一気にふくらんだ瞬間である。
 
そんなわけでアセトンシアノヒドリン(シア《ン》でなくシア《ノ》と書くのがより適切らしい)をおれはたいして気にしていなかったのだが、前回書いたあのブ男。この女が、
 
   *
 
「はい。可能性は捨て切れません」
 
画像:市川実日子 アフェリエイト:シン・ゴジラ
 
と言うのと同じ顔、同じ調子で、
 
「可能性は捨て切れませんネ」
 
と言うと〈歴史鑑定士〉の田辺誠一が、
 
「それはどのようなものなのでしょうか」
 
画像:田辺誠一アセトンシアンヒドリンと聞いて
 
と、バカな魚がエサに食いつくように訊く。あのなあ、ちょっとはヤマメとか、イワナを見習ったらどうなの。だから人間は魚より頭が悪い生き物だとおれは言うんだ……と言いたいところなのだが、しかし同時に、
 
「うーん」
 
と考えざるを得なかった。普通の人間はこの言葉に簡単にひっかかっちゃうのか。かもなあ。アストンマーチンだもの。あれはエラ呼吸できるんじゃないかとおれも常々思っているところであるしな。
 
画像:007カジノロワイヤルアストンマーチンの謎のエラ アフェリエイト:007カジノロワイヤル
 
どうしたもんだろう。と思い、あまりやりたくなかったけれどこれくらいはいいかと考え、インターネットでアセトンシアンヒドリンと打ち込み検索をかけてみたのである。するといきなりアタマに出たのが、
【アクリルの製造に用いるもの】
という記述。アクリルだって? そうと知ったら真相は、前回書いたところのもんに決まっている――とは思うけどゴキブリは、叩いたくらいじゃ死なねえからな。完全に踏み潰してやらないと。
 
というわけでもう少し、この件について考えてみよう。まず前回も小さく見せたが、
 
画像:表彰状と新聞記事
 
これ。ブ男の資料館にあるという表彰状と新聞記事。田辺の「それはどのようなものなのでしょうか」に対してブ男が、
 
「これはあの、青酸カリと同じで、青酸化合物なんですけれども、戦時中に日本陸軍の登戸研究所で暗殺用の毒薬として開発されて、実戦でも使われているというふうに言われています」
 
と言うのに合わせて映るものだが、暗殺用の毒を作った人間がなぜ表彰され、新聞に載るんだ? セーチョーの『黒い霧』には《軍が極秘に研究し、製造していた》とあるけど表彰して新聞に載せたら極秘じゃないじゃん。
 
日本の酸素魚雷にせよ、アメリカのVT信管、ノルデン照準器、ドイツのエニグマ暗号器にそれを破ったイギリスのチューリングの装置にせよ、真に重要な兵器は厳重に秘匿される。マンハッタン計画の原爆もだ。開発した人間の名は、戦後になって明かされる。なんでなんで暗殺用の毒を作った人間が、戦争中に褒められ名前を広く公開されるのか。
 
そんなのおかしいと思いませんか。読める部分を読む限りでは、『暗殺用の毒を作った』などとは書いてない。『特殊理化学資材ヲ研究シ優秀ナル資材ヲ考案完成シ』などとあるだけだ。
 
新聞記事には『世界に誇る大戦果』『不可能を可能へ』などと書いてあるけれど、これをして「実戦でも使われているというふうに言われています」と言うってことは、
「○○○○を暗殺したぞーっ、世界に誇る大戦果だ! ○○大尉の毒のおかげだ!」
とかいうことが書いてあるのか? それとも、
「武漢の基地のウン百人を毒でみんな殺してやったぞーっ、もう不可能なものはない! ○○大尉の毒のおかげだ!」
とでもいうことが書いてあるのか。それは読めないからなんとも言えない。登戸へ行けば読めるんだろうから読みに行ける人は確かめてほしいが、まあ行くだけ無駄と思うね。やっぱりきっと、読めば飛行機の風防を作ったような話がいくつかあるだけじゃないか。
 
その程度は機密でもなんでもないから表彰される。どうせ外国が作ったものを真似しただけだから表彰される。画面に映る東条英機の名前で書かれた表彰状の日付は昭和十八年四月十四日だが、その四日後に山本五十六が乗る飛行機が、〈P-38ライトニング〉が待ち受ける空で撃墜される。米軍は日本の暗号を解読し、その日にヤマモト56がその空にやって来るのを知っていた。
 
画像:暗号戦とP-38
 
日本の暗号は解くのが別に難しくなかった。【不可能を可能にした】とされるのはエニグマを破ったチューリングの装置だ。だがチューリングは表彰されない。その業績を世が知るのは彼の死後だ。
 
画像:チューリングの装置 アフェリエイト:イミテーション・ゲーム
作品名:端数報告6 作家名:島田信之