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端数報告6

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あの表彰状と新聞記事がアクリルの開発のものかはわからん。登戸かどうかも怪しいし他にもいろいろやっていたに違いないしな。しかし、アクリルを作ったやつもやはり表彰され新聞に『偉大な業績』と書かれ載せられているのだろう。不可能を可能にしたことになってるのだろう。敵が持つのと同じものを作ったというだけなのに、そいつが発明したことになってる。国威発揚のためだ。あるいは、〈P-38〉の風防はアクリルというもので出来てるようだが、こっちはもっといいものを作って戦闘機に取り付けたゾ。
 
アッパレ登戸研究所、アッパレ日本帝国科学者! というような話になってる。だが実際は、前回見せた松本零士の『アクリルの棺』の同じものをもう一度見せるが、
 
画像:アクリルの棺原始的だったらしい アフェリエイト:ザ・コクピット
 
こうあるように、日本がどうにか作り上げた風防用のアクリルは、敵が持つそれに比べて〈原始的〉と呼ぶしかないものだったようだ。日本の〈四式戦闘機 疾風〉がまだまだ枠の多いキャノピーで飛ぶしかなかったのに比べ、アメリカはより優れたアクリルを開発、日進月歩で新型機や改良型機に装備させていっていた。
 
画像:日米のキャノピー
画像:航空機名鑑
 
この話がどういうわけか、帝銀事件で日本が暗殺用の毒を開発していたことにされる。おまけにそれで十人・百人・千人と殺していたことにされる。そんな記録はどこにもないし、中国や朝鮮の反日家でも具体的な例を挙げて「これがそうに違いない」と言うことはないらしいのに。
 
言わないのは話があまりに特殊なためにそういうことにできそうな件がひとつもないからだろう。もしあったらセーチョーや遠藤誠が本に書いてよさそうなもんだし、ブ男もまた、
「実戦でも使われているというふうに言われています」
としか言わない。言えないのだ。番組はまた、
 
画像:専門家として協力していた
 
こんなものを見せて『登戸研究所の関係者も毒物の専門家として捜査に協力していた』と言う。そういうふうに口で言うと登戸研究所の関係者も毒物の専門家として捜査に協力していたように聞こえるが、その実態は〈協力〉なんてものじゃない。
「はい、ワタシは戦争中に毒薬で何百人も殺しました」
と刑事に無理に言わされている。ただそれだけと見た方がいい。ある者はカネをもらい、ある者は脅され、弱みにつけ込まれ……それが真相と見た方がいい。その手の話のひとつとして、確認が取れたものなどないのだ。
 
そして登戸研究所だけでなく、別のナントカ研究所が作ったことになってる話がいくつもいくつもいくつもある。他にいくつもあるというのは、そのうちひとつが正なのでなく全部がガセと見るしかあるまい。だが事件をGHQの陰謀だとしたい者には、どこで誰が作ったかなんて話はどうでもいいのだ。実行犯が七三一部隊の隊員ということにできさえすればそれでいい。
 
帝銀事件の話はすべてそういうふうに作られている。ブ男は続けて、
 
「暗殺用の毒物というのは、暗殺を仕掛ける人がですね、逃げる時間を稼がなきゃいけないもんですから、すぐに効いてくるよりは少し時間がかかって効いてくるという、まあそういうことが望まれたんですね」
 
画像:山田朗時間を稼がなければ
 
と言い、使われたのは青酸カリに比べて遅効性のある毒だ、という話をする。まあお決まりの説だから、番組がする話を細かく引用せんでよかろう。青酸カリなら飲んだ途端にウッとなってグググともがきバタッと倒れるはずなのだが、帝銀では効くまでに1分ちょいかかっている。遅効性だ! 遅効性だ! これがアストンマーチンの特徴なのだ! というわけだ。
 
で、再三書いたように、おれはこいつを「怪しいもんだ」と考えているわけである。本当に人に飲ませて試してみた者などいない。さっき書いたように登戸研究所の関係者は捜査に協力したことになってるけれど実のところは刑事に無理に、
「ハイそうです。アストンマーチンは遅効性です。ワタシは大陸で何百人も殺しましたが、青酸カリだとすぐウッとなのに対してアストンは1分ちょっと……」
と言わされている。それ以外の答を許さぬ人間が作った話を読まされている。そしてただそれだけのことが、【捜査に協力した】ということにされてしまっている。
 
というのが真相だろう。そうとしか思えんと思っている。帝銀事件の話はすべてが、知れば知るほどそうとしか思えん。
 
どうなんだろうな。世の中には、
【迷路の曲がりを角にした場合とカーブにした場合の、白ねずみが迷路をおぼえこむための所要時間の差異に関する論文】
なんてなもんを書いて学会で発表する学者もいたりするようだから、千匹のネズミに毒を飲ませて何分で死ぬか実験した者がいるのかもしれない。他の人間がやっているのに「追試だ追試だ、自分でやらねば納得できん」と言ってネズミを何万匹も殺した学者がいるのかもしれない。けれどやっぱり、人で試してみないことにはほんとのところはわからんのじゃないか。
 
何しろ、即効性だ遅効性だと言ったところでタッタ1分の違いなんだろ。1分じゃなあ。ネズミじゃなあ。だいたい、効くのに1分かかる程度を、「遅効性」とは普通は言わんのじゃないか。知らないけどさあ、なんか変じゃね?
 
そしてまた、【青酸カリなら飲んだ途端に】というのも実は、怪しく思えるフシがある。青酸化合物の特徴として、実はどれも口に入れただけでは毒にならないらしい。飲み込んで胃まで届いて初めて毒になるという。胃液の酸と反応してシアン化水素のガスが生じ、これが人を殺すのだそうで、口に入れたらまあやっぱり死ぬだろうけど、指の先に致死量をつけてなめたとしてもそれでは死なない。
 
らしい。『らしい』と言うだけで、もしそいつを持って来られて「なめてみろ」と言われたとしてもおれは断る。断るけれど、とにかく胃に届くまでの時間が必要なはずなのだ。何秒かかるものかは知らんが、【青酸カリならすぐウッと】というのはだから疑わしく思える。
 
青酸カリでないことにしたい人間がそう言うだけ――なのでないかとの疑いを持てる。実はほんのちょっとの量なら、1分くらいかかって当然なんじゃないのか――そんな疑いすらも持てるんじゃないのかと。何しろ、どんな専門家が、毒の種類や量を変えて何百人もに飲ませたと言うのか。少なくとも今はいないだろ。だから登戸研究所の関係者の〈協力〉を信じて「そう言ってんだから」ということにしてる。
 
それが【科学的態度だ】ということにしてる。のではないのか。どうなんだ。おれはそんなのおかしいと思うが、そう思うおれはおかしいのか。
 
どうでしょう皆さん。あのブ男は、
「暗殺用の毒物というのは、暗殺を仕掛ける人がですね、逃げる時間を稼がなきゃいけないもんですから、すぐに効いてくるよりは少し時間がかかって効いてくるという、まあそういうことが望まれたんですね」
と言うが、1分で逃げられるか。暗殺用の毒としては遅効性が望ましい、という理屈はよろしい。よろしいけれど、1分が遅効性のうちに入るか。
 
作品名:端数報告6 作家名:島田信之