小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

端数報告6

INDEX|23ページ/66ページ|

次のページ前のページ
 

というのとまったく同じバカげた質問の仕方をしているのだから。こういう問いには本来こういう答え方をせねばならないものなのだが、マスコミや政治家、官僚、そして田辺誠一といった人種は人にものを訊くときにこういう訊ね方しかしない。学者は決してこういう問いに答えていけないものなのだが、今のコロナで誰も彼もが、
 
「はい。その可能性があると言えます」
 
と言ってしまってそれがどんなにまずい答か気づく者がいない状態。
 
それが今の日本である。日本だけでなく全世界だが、とにかくここは日本なので日本の話だけしよう。『シン・ゴジラ』のバカ男は実際にはゼロの可能性を無理矢理100パーにしようとしている。バカ女はバカ男の考えに言質を与えてしまっている。巨大生物が自重を支えられることなど本来あるわけないのに、【上陸できる】と推測を立て、それが〈科学的思考〉とする。【この生物は日本人の半分を殺すものである】としたい。その上でオレが倒せば国を救った英雄だ。その後はスターリンやポル・ポトのように、もう何もかも思いのままだ――最初からその考えでいる人間に、そいつが言ってほしい言葉を与えてしまっているのである。
 
「ボクは新世界の神だ。そうだろ、リューク。エルを倒したときにボクはこの世の支配者になるんだ」
 
そんなことを言う『デスノート』の夜神ライトに「そうだ」と言っているのと同じだ。『シン・ゴジラ』で市川実日子が演じる女は長谷川博己が演じる主役に都合のいいことしか言わない。おぼっちゃまを救世主にするシナリオが最初から出来上がっててそれに合わせたことだけを言う。
 
『デスノート』はこれと違って、死神リュークはライトに対し、
 
「勘違いするなよライト。オレは別に〈デスノート〉を持つ者としてお前を選んだわけじゃない。お前のやることがおもしろいから頼みを聞いてやってるだけだ」
 
などとたび重ねて言う。ライトが何か訊くのに対し、
「うーん、なるほど。その可能性は捨て切れねえな」
なんて言ったことあるかどうか憶えてないが、あったとしてもおれが聞いて、
「うーん、なるほど。その可能性は捨てちゃいかんな」
と思うような状況だろう。『シン・ゴジラ』とか〈コロナウイルス禍〉とはそこが違っている。
 
リュークはライトの野望なんかうまくいくと思っていない。いずれ破綻して終わるのは間違いないがどう終わるのか、それが知りたくて付き合っているだけなのだ。おれが〈コロナ禍の嘘〉をあざ笑いながら眺めているのと同じ。厚労省の役人どもは『デスノート』のライトでなく、『シン・ゴジラ』で長谷川博己や市川実日子が演じたのと同じレベルの低能だから、専門用語を早口で並べて「可能性があるのです」「可能性は捨て切れません」と言う以外のことができない。妖精率は6.5パーで変わらないのに日に2千を検査して、
「今日は130人。感染拡大!」
8千人を検査して、
「520人。大々爆発!」
などとやってただけなのに、自分達がコロナの感染を制御して、拡大させたり止めたりを好きにできると錯覚していた。起こしたいとき〈波〉を起こして日本人の半分と世界の9割を殺せると思い込んでしまっていた。
 
その誤りをリュークのように指摘する者がいない。市川演じる女のように「そうです、そうです」と頷く者だけ。だから間違いに気づけない。21年1月初めに妖精率が14パーになると、6日に1万検査して、
「今日は1400人!」
7日に2万検査して、
「今日は2800人!」
8日に1万に戻して、
「今日は1400人です!」
とやってただけなのに、
「すごいぞ。やっぱりオレ達は、コロナを完全にコントロールできるんだ!」
と考え本気で信じ込んでた。
 
それが人間という生き物だ。昭和の戦争の軍人達も、オウム真理教の幹部達も、同じ愚かな錯覚をした。そして破綻が来て終わった。『デスノート』の結末で夜神ライトは追いつめられて、リュークに対し自分を囲む者らを指して、
「こいつらをみんな殺せ!」
と叫ぶ。しかしそこで、
「ライト。それは命令だな。人間の分際でオレに命令したな。オレはお前に指図されるいわれはないぞ。お前のやることがおもしろいから頼みを聞いてやってただけというのが、とうとうわからなかったようだな」
みたいなことを言われて終わる。最後の最後に決して言ってはいけないことをライトは言って終わるのだった。
 
まあ言わなくても終わりなんだが、〈コロナの禍〉もそれと同じだ。厚労省は夜神ライトと同じことを、あれより遙かに低レベルでやっている。『シン・ゴジラ』の結末と同じような奇跡が起こると信じ込んでて、〈オミクロン株〉に日本人の半分と世界の9割を殺すように命じてそれをさせたうえで半減半減ハンゲーン!とやれると。自分達にはその力があるし奇跡が起きてくれると本気で信じちゃっているのだ。〈感染者数〉を実数や割合と関係なく多く言ったり少なく言ったりしてきただけであるというのに。
 
しかしどっかで死神リュークみたいなものが、あざ笑いながら見てんじゃないかな。遊びを終わりにする頃合いを見計らいつつ――そんな気がするよ。「可能性があるのです」「可能性が捨て切れません」というのは嘘がバレかけて追いつめられてきている者が使う言葉なのである。『シン・ゴジラ』の結末のように奇跡が起きてくれる可能性にしがみつき、神に向かって、
「奇跡を起こせーっ!」
と命令する。神ぃーっ、オレの方が偉いんだ、そこを勘違いしてんじゃねえぞ! お前はオレの命令を聞く義務がある。〈オミクロン株〉を膨らませ、120メートルの怪獣にしろ! その可能性があるってことを、学者に言わせてんだからよーっ!!
 
と。今はその段階にあり、だからリュークのようなものがいれば、「ここまでだな」とそろそろ言っていい頃だと思うのである。神というのがもし在るとしたら決して善ではないだろうが、それでも人を導こうとしてる。その可能性は捨て切れないんじゃないかとおれも思うもんでネ。
 
作品名:端数報告6 作家名:島田信之