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端数報告6

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厚生省の方から来たGHQ


 
「こいつ、結構、頭がいいかもしれんぞ。少なくとも魚なんかよりはずっと早く、自分のおかれた環境を確認し始めてる」
「だけど、これ一体、何なの? 少なくとも僕が見たところでは……」
 洋助の言葉を徹郎がさえぎった。
「ストップ! 今はそれ以上言うな。父さんには洋助が何を考えてるかわかる。お前の持ってる本や図鑑のうちで、どれが一番読み返されてボロボロになっているかを知ってるからな。父さんも、多分同じことを考えている。だけど、今は言うな。父さんは科学者なんだ。こいつをじっくり観察して、生物学的な特徴を充分に検討するまでは、その答はおあずけにしよう」
「変なの。だってこれはどう見たってアザラシじゃないし、アシカでもトドでもジュゴンでもないでしょう? クジラやイルカの仲間だってこともありっこないし、そう考えれば、あれみたいなものしか……」
「分ってる。そんなことは父さんにも分ってる。だけどな、答をあせっちゃいけない。こいつが一体どういう生物かなんてことを、直感とか外見とか、あとは希望的観測とか、そういったもので結論づけたりしちゃいけないんだ」
 
アフェリエイト:遠い海から来たCOO
 
久しぶりに帝銀事件の話をしよう。こないだテレビのBSで『にっぽん!歴史鑑定』というのをやって、それが帝銀事件の話だったのだ。田辺誠一が歴史鑑定士というのになって帝銀事件を鑑定する。
 
画像:田辺誠一歴史鑑定士
 
のだけど、内容に目新しいことは何もない。お決まりの話を並べてるだけだ。
『名刺班の刑事が平沢をホンボシと睨んだのにはある驚きの理由があったといわれています』
と言って、ジャーナリストのなんとかいうのが、
 
「平沢冤罪説の弁護士さんからの話です。実はこの刑事は、ちょっと占いに凝ってたんだという話があってですね、平沢という具体的な名前までですね、この占い師から聞いたんだという話があるんですけども」
 
画像:大谷昭宏占い師から教えられた
 
と言って、田辺が、 
「占いですか! いや、でもまさかそれだけで、逮捕に至ったわけではないですよね」
と応える。まあ台本にそう書いてあるのを読んでるだけだろうとも思うが、話を鵜呑みにしているのも確かなのがわかる顔だ。
 
ジャーナリストの先生は平沢に容疑がかかった理由をいくつか挙げる。多くは聞けば誰でもが「ふうん」と頷きそうなものであり、それらについては簡単に済ますが、しかしひとつだけ、長々と説明せずにおけないものがある顔である。
 
【出所不明の大金】についてだ。おっさんはそれを、
 
「事件の後、相当大きなお金を使ってるんですが、その入りどころを明らかにはできなかった。こうやって稼いでわたしこうやって持ってたんです、あの絵が売れたんですって言えばすぐだったんですね。ところが頑として口を割らない」
 
と言う。もちろん本当の話では平沢は最初、
「こうやって稼いでわたしこうやって持ってたんです、あの絵が売れたんです」
という話を並べたてたが裏を取られて全部嘘というのがわかり、口をつぐむようになったのだが、田辺はそれを知らないから、
 
「なるほど、それで逮捕に至ったというわけですね」
 
と言って完全に平沢の無実を信じ込んだ顔になる。
 
番組はさらに、ナレーションで、
 
「逮捕時に持っていた大金については、春画を描いて入手したもので、画家としてのプライドから出所を言えなかったと弁護士に告白。しかし、その春画の依頼主は既に死亡しており、確認はできませんでした」
 
画像:最高裁判判決後弁護士に告白
 
と言ってこんな画を見せる。見せるが、もちろん、その【春画の依頼主】とされる人物が死んだのは帝銀事件の5ヵ月も前で、平沢は、
「春画ではなく金屏風を描いたのだ。あの人が死ぬ一年前だが、カネを受け取って忘れていたのを帝銀事件の翌日にたまたま見つけて思い出した」
なんて最初は言っていたのだ、なんて話は決して言わない。
 
なんででしょーねー。しかもなんだ、
【所持していた大金は春画を描いて入手したと最高裁判判決後弁護士に告白】
だって? 話を作るんじゃねーよ。遠藤誠の本では公判で証言台に立って、
「恥ずかしながら」
と言ったように書かれてオーケンは信じたようだがまったくの嘘だし、遠藤誠でないなら他に誰がそんなことを言ってるというんだ。
 
田辺誠一は番組が作る話を信じて、
「なるほど、弁護士だけが告白を聞いたのか」
なんて言っちゃってるのかもしれんが、しかしちょっと考えてみろ。平沢は家族や弁護士以外にも、塀の外にいる誰にでも手紙を出すことはできたんだぞ。だからたとえば松本清張なんかにも、
『春画を描いて拾萬圓で売りました』
と書いて出すことはできたのだ。やろうと思えば。だからもし、セーチョーがそんな手紙を受け取ってれば、
「どうだ見ろ見ろ」
と振りかざし、誰彼構わず見せてまわったに違いない。弁護士に告白したのなら、自分を支援する誰にでも、
『そうです。春画を描きました』
と書いていいのだ。そんな手紙がもしひとつでもあったなら、〈救う会〉が、
「ホラ見ろホラ見ろ」
と言ってるだろうがそんなことにはなってない。
 
のがわかりますね。なぜでしょうか。もちろん、平沢は最後まで、『春画を描いた』と言ったことや手紙に書いたことはないからです。面会に行った次女が泣きながら、
「お金の出所をはっきり言えないのなら、お父さんを犯人と思ってよいのか」
と訊いたときですら、黙って下を向いたままうなだれていた――それが事実だとおれは知ってる。
 
オーケンや田辺のように簡単におれは騙される人間ではない。前回に書いたようにおれは大学に行ってたら検事になるか検事局に勤めて検事の助手にでもなっているかもしれないと思うことがある人間だ。いつか書いた『それでもボクはやってない』って映画をテレビ放映で見たときにも、
「この検事いいな。こんな仕事だと知ってたら、若いときに目指してたかもしれないな」
なんて思いっぱなしだったというくらいに検事が好き。法廷で痴漢なんか相手にし、『痴漢鉄道999』のDVDをかざして見せて、
「え? こいつは友達にもらった? おかしいなあ。取調べでもあなたはそう言ったようだけど、『調べたらそんな者はいなかった』とここに書いてあるんだけどどういうこと? これも刑事のデッチ上げだというわけですか。ふうん。じゃああらためて訊きますけど、このビデオをくれたという友達の名は?」
なんてやることで給料もらえる。最高じゃん、と考える人間なのです。まあ、
「ヤなやつ」
と思ってくれて構わないけど、もし勉強してたとしても弁護士には絶対ならない。おれがなるとしたら検事。
 
という人間なのである。そのおれにこの番組は、さっきのなんとかに続いて別のきたならしいおっさんを見せて、事件で使われた毒について、
 
「あのー、いちばん有力なのは、旧日本陸軍が開発したアセトンシアンヒドリンという毒薬。この可能性は捨て切れませんネ」
 
画像:山田朗アセトンシアンヒドリン
 
作品名:端数報告6 作家名:島田信之