ネコと少年とお局と
「なるほどね・・・そうなんだ」
ようやく話がつながったと凜子は思った。でもそうなるとまた疑問がわく。
「でもそれで何でまた探してたんだい?アパートじゃ飼えないんだろ?お母さんにまた捨てられちゃうでしょ?」
「うん・・・」
少年はどうやら考え込んでいるようだった。凜子は不思議そうに少年をみた。
「どうして?」
少年はまだ考え込んでいるようだった。どう説明したらいいのか頭の中を自分なりに一生懸命整理しているようだった。
「分かんない」
「分かんないって・・・」
答えを待っていたのに返ってきた返答がそれか・・・
「でも・・・またミルクに会いたかったから」
少年のまっすぐなその言葉に凜子は少しだけ胸を打たれてしまった。お母さんが勝手に捨てたネコにまた会いたい一心で頑張ってポスターを描いてあちこちに貼ったのか。健気だった。
「そっか・・・」
凜子はそうつぶやいた。
「でも、じゃあどうすんのさ・・・アパートで飼えないなら」
「分かんない」
少年はまた少し考え込んだ後にそう言った。
「分かんないってさ・・・はるばる来たのに・・・」
「ごめんなさい」
少年はすぐにそう謝った。
「別に謝ることじゃないけどね」
「おばちゃんが飼ってもらえないですか?」
「ちょっと待ってよ。それじゃここまで来た意味ないじゃないの」
それに凜子のマンションもペットは禁止なのだった。
凜子ははーっとため息をついた。これじゃまた逆戻りだった。
「お願いおばちゃん!おばちゃん家に預けてもらえない?僕もたまにミルクに会いに行くから」
「お願いって言われてもね。うちもペット禁止なんだよ」
「禁止って?」
「ペットを飼っちゃダメってこと」
「えー」
少年はだだをこねるようにそう言った。
「無理なものは無理」
凜子はそうきっぱり断るように言った。
「じゃあミルクはどうすればいいの?捨てるの?」
「捨てるって人聞き悪いな・・・」
まるで自分が悪人のような扱いをされているみたいで凜子はとたんにバツが悪くなった。
「おばちゃんミルクを捨てるの?」
「ちょっとそうじゃないってば」
「うー」
少年はうなるようにそう言った。
「困ったな」
凜子はほとほと困り果ててしまった。このままミルクをこのアパートに置いてさっさと立ち去りたかったが、そうもいかなくなってしまった。
「おばちゃんの意地悪」
「ちょっと意地悪って何よ。それとおばちゃんじゃなくて私は凜子っていうの。ちゃんと名前で呼んでよね。」
「名前で呼んだら預かってもらえる?」
中々知恵の働く少年のようだった。
「そういう問題じゃないでしょ」
「うー」
また少年はだだをこねるようにうめいた。
いよいよ凜子も我慢の限界が来て妥協案を提案してみることにした。
「わかったわかった・・・それじゃあね・・・」
「それじゃあ?」
少年は疑るように聞いてきた。
「ミルクの里親を探しましょう。」
「里親って?」
「誰かネコ好きの人で飼ってくれる人を探すの。それまでは私が預かってあげる。それでどう?」
「うーん」
少年は考え込んでいるようだった。
「どの道それしかないよ。」
凜子がそう言うと少年もこくんとうなずいてようやく納得したようだった。
「分かった。そうする」
「OK。これで問題解決だね」
「飼ってくれる人って誰?いつ探してくれるの?」
「それはまだ分からないけど、私が調べるから大丈夫」
「うーん」
少年は何やら不安そうだった。
「まあ、また何かあれば連絡するから。電話番号教えて。」
少年はちょっと考え込んだあとに何かを思い出してアパートの中に入っていった。
「これ番号」
そう言うと電話番号の書いてあるメモ帳みたいなのを取ってきたようだった。どうやら人に聞かれたらこの番号を言いなさいとお母さんに言われているようだった。
「ありがとね」
凜子はその番号を自分のスマートフォンに登録しようとした。
「野上さんでいいんだよね?あと君の名前は?」
「僕の名前?」
「そう・・・」
「清太(きよた)だよ」
「清太君ね。了解。」
そう言って凜子は野上清太の名前と電話番号をスマートフォンに登録した。
「いつ頃電話すればいいの?平日?それとも週末?」
「分からない」
と少年が言うと凜子は
「じゃあ日曜日の今くらいの時間なら君は家にいるの?」
と聞いてみた。
「うんいるよ」
「あ・・・でもご両親が知っちゃったらまずいよね?お父さんやお母さんって土日家にいるの?」
「いないよ、仕事だから」
土日に両親が二人ともいない?なんだか変だと思ったので
「あれお母さんも土日に働いてるのかい?」
と凜子は聞いた。
「お母さんが働いてるの」
「お父さんは?」
「いないよ、もう死んじゃったから」
と少年はそっけなく言った。何だか聞いてはいけないことを聞いてしまったようだっった。
「あ、そう・・・ごめんなさいね。」
「ごめんなさい?」
少年は凜子が謝った意味が分からないようだった。
「いや、何でもないわ。」
凜子は一呼吸おいて
「まあ、じゃあとりあえずまた何か決まったら連絡するから。」
少年がちゃんと電話に出てくれるのかは謎だったが、でなかったらまた直接このアパートに来ればいいかとも思った。
「じゃあねぼうや」
「僕、清太だよ」
「わかったわよ、清太くん」
凜子のことはおばちゃんと呼ぶのに自分はぼうやと呼ばれたくないらしい。なかなか難しい少年だ。とりあえず用は済んだので凜子はまたメアリーを連れて自分のマンションに戻ることにした。
「じゃあね清太くん」
「じゃあねおばちゃん」
自宅に帰ると凜子は何やら面倒なことに巻き込まれてしまったとため息をつきたくなった。もとはと言えばあの時病院なんかに連れてってしまったが運のつきで、それがすべての始まりだったともいえる。
「やれやれ」
ソファーにどすんと座りながら凜子はそう言った。
「あんたもたらい回しにされて色々と大変だね」
ネコに振り回される自分も可哀想だったがこの先どうなるか分からないメアリーの運命も可哀想だった。
「にゃー」
メアリーは凜子に向かって鳴きだした。助けて、と訴えかけているようにも思えた。
凜子は平日は仕事で多忙だったので、メアリーの里親探しは次の週末にすることにした。そもそもネコの里親なんてほんとに見つかるのか?なんの知識もないのでとりあえずネットだと一番手軽に調べられると思い「ネコ 里親探し」で検索をかけてみた。すると意外にもいろんなネコの里親探しのためのサイトがヒットした。実にいろいろな団体がそのような里親探しのためのサイトを運営しているようだった。
あるサイトのホームページを見た感じではそこの団体は「何らかの事情でネコを飼えなくなった人」や「飼い主のいないネコを一時的に飼っている人」と「ネコの里親になりたい人」をつなぐサービスを運営しているようだった。また、そのサイトによれば里親が見つからなくてやむを得ず殺処分されているネコが年間何万匹もいるとのことだった。
「ひどい話だわ。」
凜子はサイトを見ながらもはや世も末だという感じでそう呟いた。