ネコと少年とお局と
とお礼をしてすぐに東京へ帰ることにした。
再び新幹線に乗って東京へと戻ってきて、凜子はさっさと地元の駅へと降り立ち駅前の洋食レストランでエビフライとコンソメスープを頼んで夕食を食べた。
どれもおいしい料理のはずだったのにあまり喉を通らなかった。口に入れて味わおうとしても何の味がするのか分からなった。そして食べている間中上の空だった。周りの団体客は騒々しく楽しく食事をしていたが、凜子だけその場でただ一人孤独の空間の中にいるようだった。
自分のマンションの部屋へと戻ってくると凜子はソファーの上にどすんと座った。どっと疲れがでてきてまたボーっとしてしまった。何を考えるでもなくただひたすら無気力状態でボーっとしていた。
翌日、凜子は昼過ぎに目を覚ました。一度朝に目を覚ましたのだったが、会社は有給を取って休む事にした。凜子は滅多に有給を取ることはなかったが、ベッドから起き上がる気力すらなかったのでとっさに会社に休むと電話をしてしまった。
「もうこんな時間か・・・」
凜子は重たい体を起こして着替えた後に駅前のどこかで昼飯を食べに行くことにした。
駅前の洋食風の軽食が食べられる喫茶レストランへ入った。
駅前の喫茶レストランは今時珍しい昔の昭和風で、シックでレトロな内装の店だった。
凜子は窓際のカウンター席に座り、オムハヤシライスを注文した。
レストラン内にある鳩時計をみると時刻はすでに13時50分になっていた。
しばらく窓際でボーっとしているとやがてオムハヤシライスが来たので凜子は食べることにした。
オムハヤシライスを食べながらも時折カウンター席の窓から外の景色を眺めた。駅前だが繁華街からは少し外れていて窓からは住宅やコンビニくらいしか見えなかった。月曜日なので駅の方へ向かう会社員やOLの歩く姿が時々見えた。
そして、オムハヤシライスをもう少しで食べ終わりそうなときにふと窓の方に目をやると、清太が横切っていく姿が見えた。
凜子は慌てて外に出た。
「清太!」
レストランの入り口のドアの外から凜子は大声で叫んだ。
清太はどこから声が聞こえてくるのかよく分からないといった感じであたりをきょろきょろと見まわしているようだった。
「清太!こっちだよ、こっち」
もう一度凜子がそう言うと、清太はやっと声の聞こえる方向が分かったのかこっちを向いてきた。
「おばちゃん!」
清太は驚いた様子でそう言った。
「元気?」
清太はちょっと考え込んだ後に眩しそうにこっちを見てきた。昼下がりだから太陽が眩しいのだろうか?
「おばちゃんも元気?」
「まあまあ・・・かな」
「ふーん」
また清太お得意のふーん、だった。
「今からどこ行くのさ?」
そう言えば今日は月曜日だ。学校はないのだろうか?
「今から?家に帰ってお弁当食べるところ」
清太はそう言った。確かに清太は手にコンビニのビニール袋をぶら下げていた。
「へー今日学校は?」
「学校?お休みだよ」
「へ?学校の記念日とか?」
今日は祝日でもないし何だろう、と凜子は思った。
「もうすぐね・・・僕引っ越すの。だから学校やめて先週からしばらくお休みなの。」
「そうなのかい」
なるほど、と思った。
「引っ越すってどこに?」
「ぎふってところだって」
どうやら岐阜のことらしかった。
「あのね・・・お母さんのおばあちゃんがそこに住んでるの。」
お母さんのおばあちゃん?お母さんのおばあちゃんと言ったら清太の曾おばあちゃんだろうか?そうすると90過ぎくらいでものすごくお年ではないのか?と凜子は思った。なので、おばあちゃんとはお母さんの母親のことなのか、お母さんの祖母のことなのかよく分からなかったが、なるほど、お母さんのご実家でもあるのだろう。そうか、岐阜県が地元なんだな、と思った。だからミルクの里親さんとも知り合いだったのか。きっと地元つながりの知り合いか何かなのだろう。
「お母さんの地元なの?」
「地元って?」
「故郷ってこと」
「ふるさと?」
清太はふるさとの言葉の意味が分からないようだった。
「あーいいや何でもない・・・気にするな」
凜子は手を横に振りながら何でもないという感じでそう言った。
おそらく清太のお母さんは女手一つで子供を育てるのが大変なので地元に帰るつもりなのだろう、と思った。そして、清太とお母さんはしばらく引っ越しの準備で忙しかったのだろう。
「学校は転校するの?」
「転校って?」
「学校が変わるってこと」
「うん」
どうやら向こうの学校に転校するようだ。
「じゃあこの街ともお別れだ」
「街とお別れ?」
「この街とバイバイってこと」
「バイバイ?」
「この街から出て行っておばちゃんとも会えなくなるってこと」
「うん・・・おばちゃんどうすればまた会える?」
清太はしばらく考え込んでからそう言った。
「まあ、また場所教えてくれたら会いにいくよ」
清太はまだ小学生だから東京に一人で来るのは無理だろう、と凜子は思った。
「うん」
清太はそう言ってこくりとうなずいた後に、背負っていたリュックから何かを取り出した。
「あのね・・・おばちゃんこれあげる」
そう言って清太は凜子に写真を渡した。
「これって・・・」
それはミルクが元気だったころの写真だった。場所はどうやら清太のアパートの中らしかった。
「ミルクだよ」
「・・・うん」
言われなくても分かったが、凜子はしばらくその写真を眺めていた。
写真の中でミルクは上目使いでカメラの方を向いていた。その表情は穏やかでとても幸せそうだった。
しばらくその写真を眺めていたらいつの間にか目から涙が溢れそうになってきた。
気がついたら目の中にたんまりと涙がたまっていた。
そしてしばらくすると頬に伝ってきて口のなかにしょっぱい水が入ってきた。
とてもしょっぱかった。
「う・・・」
思わずすすり泣くような声が出てしまった。
「おばちゃん泣いてるの?」
清太にみられてしまったようだった。
「別に泣いてやしないよ。目にゴミが入っただけさね」
「ふーん」
「さあもう帰りな。帰ってお弁当食べんだろ?」
「うん、じゃあねおばちゃん」
「さよなら」
バイバイっと手を振った後、清太は後ろを振り返りコンビニ弁当をぶら下げながらてくてくと歩いて行った。その姿をしばらく凜子は眺めていた。
「清太!」
凜子はそう叫んだ。
清太はまたこっちを振り返った。
「向こうで・・・友達できるといいね」
凜子はとっさにそう言った。
清太はしばらく眩しそうな目をしてこっちを向いていたがやがて
「うん」
と返事をした。
「じゃあもうお行き、バイバイ」
「バイバイ」
また少しだけ手を振って清太は再び振り返り歩いて行った。
その後ろ姿を見ながら凜子はずっと手を振っていた。その姿が見えなくなるまで・・・
清太が角を曲がり姿が見えなくなると凜子は食べかけだったオムハヤシライスを食べるためにまた店の中へと入っていった。
またそれから何週間かたった。
相変わらず多忙で凜子は仕事の鬼となっていた。
「ちょっとこれ取引先にメール送っとけっていったでしょ?いったいいつまでかかんのよ?何であなたはいちいち言われないと行動できないの?私に何度も同じこと言わせるな」