ネコと少年とお局と
そして次の土曜日もまた同じようにアパートまで清太を迎えに行き、また自分のマンションまで連れてきて、清太は先週と同じくミルクと戯れた。もうメアリーという名前は死語になっていて、凜子もミルクと呼ぶようになっていた。メアリーは凜子がとっさに嘘をついたことがきっかけで一時的についた仮の名だったようだ。
「ミルクだ、わーい」
清太少年は本当にミルクが大好きなようだった。こうも嬉しそうな顔をされると、ミルクの里親を探すのは次第に気が引けてきた。しかし、自分がわざわざペットが禁止でないマンションに引っ越してまでずっと死ぬまでミルクの面倒を見続けるというのもなんだかなと思われた。
「そんなにミルクが好きなんかい?」
「うん大好きだよ」
「ネコが好きなのかい?」
「うーん、ミルクが好き」
「何で?」
「うーん友達だから」
友達・・・凜子には耳の痛い言葉だった。でもネコが友達とは・・・
「ミルクが友達なんだ?でも学校にも友達くらいいんでしょ?」
「うーん学校にはいない」
「いない?一人も?」
「一人も」
清太はどうやら学校に友達がいないようだった。
「みんな僕の名前が変だって。」
「名前が・・・清太が?」
きよたという呼び方は確かに今風ではなかったし何だか昭和の名前みたいだった。いまどき珍しいからいじめられるのだろうか?それにしてもまだ一年生なのにいじめなんかあるのだろうか?
「いじめられてるのかい?」
「いじめって?」
「からかわれてるってこと」
「うーんよく分からない。でも変な名前だってよく言われる」
「それがからかうってことさね」
どうやら清太は学校でからかわれているようだった。そして友達が一人もいない孤独な少年のようだった。思えば凜子も自分の名前が変わっているせいで小学生のときに少しだけからかわれたことがあった。そして、そんなへんてこりんな名前をつけた両親を恨んでいた。
「じゃあ放課後とかは誰とも遊ばないの?」
「放課後は児童館に行ってるから」
よく両親が共働きだったりシングルマザーの家庭の子供は放課後に児童館に行くと聞いたことがあり、凜子の小学校にも少なからずそういう子がいた。
「じゃあ、児童館に友達いるんだね?」
「うーんいないよ。みんな年上ばっかだし」
「そっか。年上ばっかか・・・そりゃ残念だね・・・」
清太は学校にも児童館にも友達がいない孤独な少年のようだった。それに母親は働いていて夜遅くまで帰ってこない。だから寂しくて捨てネコを拾ってきてお友達になりたかったのだろうか?凜子は何となく清太のことが少しずつ分かってきたような気がした。
「まあ・・・気にしなさんな。まだ小学校一年生だし。これからいくらでも友達作れるさね」
凜子はそう励ますように言った。
「そうなの?」
清太は意味が分かったのか分からなかったのかよく分からないような返答をした。
「おばちゃんもね・・・友達なんていないから」
「おばちゃんも友達いないの?」
「そうね・・・いるようでいないね」
「いるようでいない?」
また難しい言い回しなので清太には意味が分からないようだった。
「まあ、友達なんているようで結局いないってことよ。清太もそのうち大人になれば分かるよ」
「ふーん」
清太は不思議そうにそう言った。
「おばちゃんもミルクと友達になれば?」
清太は突然面白いことを言いだした。
「へ?」
「ミルクがおばちゃんの友達になってくれるよ」
「ミルクが・・・私の友達に?」
「そうだよ」
清太は時々思ってもみたかったような変化球のような不思議なことを言いだす。
「なれるよ・・・おばちゃんなら・・・だってミルクを探してくれたから」
「・・・ありがと」
そう言われても凜子はそう返事をするしかなかった。
何だか急に凜子は涙が出そうになってきた。何故かは分からなかったが、泣きたい気分になってきた。そして気づいたら少しだけ涙がほほを伝ってきた。
「もういいわ、今日は帰んなさい。おばちゃん用事があるから」
凜子は突然清太を帰させるようなことを言ってしまった。
「えーまだ帰りたくない。」
「いいから帰りなさい!」
凜子は突然そう怒鳴ってしまった。
清太は目を丸くして少しびっくりしたようだった。
そう言うと凜子は清太に気づかれないように洗面所に慌てていって顔を洗った。涙が少しだけ出てしまったので目が少しだけ赤くはれてしまったようだった。
そしてその後、清太をアパートまで送っていった。
そして凜子は次の週は清太を迎えに行かなかった。なぜか気恥ずかしくなって会いたくなかったからだった。でもさすがに心配するだろうと思って清太に電話だけはした。
「今日は忙しいから来週にしてちょうだい」
とだけ伝えた。清太はまた「えー」と言ったが、凜子は説明して無理やり清太を納得させた。
そして次の週の土曜にはまた凜子はアパートに清太を迎えにいき、また清太は凜子のマンションでミルクと楽しそうに戯れた。
「ミルクくすぐったいよ」
ミルクのしっぽが清太の首をなでたので幾分かくすぐったかったようだった。
2週間前は突然清太を帰してしまったが、清太はもうそんなことはとっくに忘れているようで楽しそうにミルクと遊んでいた。
「あのね・・・清太くんさ・・・そんなにミルクとずっといたいなら飼い主さん探すのやめようかね?といってもまだ当分見つかりそうにないんだけどさ」
「探すのやめるって?え、じゃあおばちゃんが飼ってくれるの?」
「それは・・・分からないけどさ・・・」
「ふーん」
清太はまた不思議そうな顔をしていたので意味が分かってないようだった。
そしてそんな風にしばらく毎週土曜日は、昼頃に清太がマンションに来てミルクと遊んで行き夕方前に帰っていった。そしてそんな日々が2ヶ月ほど続いた頃に突然清太が「お母さんがミルクを飼ってくれる人を探してくれた」と言ってきた。
それは凜子がミルクの里親が見つかったのに清太のことを考えて断ったことを電話で報告しようとしたときだった。
「え・・・何で・・・お母さんミルクがここのマンションにいること知らないんじゃなかったの?」
「うーん・・・この前夕方帰ったらお母さんもう家にいてどこ行ってたの?って聞かれたの。それでおばちゃんちにミルクに会いに行ってるって言ったの。そしたら、お母さんがそれはダメだって」
何だか話の要点が分かりづらかったが、まとめると清太がこの前の土曜日にミルクと遊んで夕方にアパートに帰ったらお母さんが仕事が早く終わったのかすでに帰っていたと。それで凜子のマンションでミルクを世話してもらっていて、清太は毎週土曜日に遊びに行ってるという話をお母さんに問いただされたということなのだろう。そして、そんな他人に迷惑をかけたらいけない、とお母さんは思っていち早く里親を探してくれたのだろう。それにしてもそんなに早く里親が見つかるとは。自分はなぜこんなに時間がかかったのだろうか?
「何かね・・・お母さんのお友達がネコが大好きだから飼ってくれることになったんだって。」
清太は電話でそう言った。