ピアノマン
「あ、いや、別に・・・特に意味はないよ。久しぶりに彩の演奏聞きたかったし。」
「それだけ?」
「それだけって?」
「あ・・・いや、この前バイト先のガソリンスタンドで優何か言いかけてたから・・・」
「そうだったっけ?」
「何言ってんのよ?私が帰ろうとしたら呼び止めたじゃない」
優は思い出した。
「あ・・・そうだった、はいはい、思い出した。」
「ったく・・・ぼけ老人みたいね。」
藤谷美樹のことを話そうとしたが、何を話しだしたらいいのかわからなかったので、勝田とかいうあの、マネージャーからもらった名刺を取り出して彩に見せた。
「スカラープロダクション 藤谷美樹チーフマネージャー勝田幸則?・・・
何なのこの名刺?」
優は今までの経緯を全部話した。
彩はしばらく興味津々な感じの表情で話を聞いていたが話し出した。
「へー信じられない話じゃない?でもこんなこと本当にあるの?」
「俺が聞きたいよ。だから聞いてるんじゃない」
「そっか・・・そうだよね・・・まあ、でも本人たちに会ったのなら詐欺ってことはないと思うけど・・・」
「思うって頼りないな・・・」
「だって、しょうがないじゃない?私そんな大手プロダクションの知り合いなんていないし。ましてやそんなスーパーアイドルが個人的に私たちみたいな無名の音楽業界人にコンタクトとって来たりするのかなって・・・」
「だよね・・・やっぱりそう思うよね・・・。しかも、なんかその女めちゃくちゃ変なんだ。」
「変って・・・?」
「なんかやたらわがままだし、上から目線だし、自意識過剰だし。しかも『あなたプライド高いはね。さすが芸術家ね』とか言ってくるんだからさ。」
「へーそうなんだ・・・あはははは。何か面白い私もあってみたいその人」
「笑い事じゃないって。話してると頭にくるよ」
「ごめんごめん、うーんでも、なんかそのままにしとくのって気分悪いからこっちから電話かけちゃえば?そのマネージャーなんとかって人に。事務所に直接電話かけちゃってさ本人出せやーって。」
彩はまた少し笑い気味にそういった。
「だから笑うなって。こっちは本気で気味が悪いんだから。」
「じゃあ、どうするの。そのまま放置?」
「それも、気分悪いしな・・・」
「気分悪いし?」
「わかったよ、じゃあ事務所にかけて本人が本当にいるのか確認してみる。」
「わーすごーい。スーパーアイドルに電話でろやーって?」
彩はまた笑った。面白い話題とかあると野次馬みたいに飛び込んできてゲラゲラ笑うくせが昔からある。
「そうだよ、そうするしかないだろ」
優は少しむっとしてそういった。
「何か進展あったら教えてよ!」
「わかったよ」
彩はモスコミュールを飲み干すと
「私バンドメンバーとこれから打ち上げだからじゃあね」と言って去っていった。
「ああ・・・じゃあな」
優はむすっとした感じで振り返りもせずにそう返事した。
次のバイトの休みの日。松田優は自宅のアパートのベッドで彩に言われたことを思い出した。あまり気のりはしなかったが、名刺に書いてあるスカラープロダクションの勝田マネージャーに電話をかけてみようかと思った。
携帯で番号を押して少し緊張した面持ちでかけてみた。有名プロダクションに電話をかけるなんて滅多にないことだったので手が少し震えた。
「もしもし、こちらスカラープロダクションですが・・・」
そう聞こえてきたら不意に電話を切ってしまった。
電話を切るつもりなどなかったが、無意識の行動だった。
「はー」
ため息をついて優は携帯電話をベッドに放り投げた。
そうだ、電話をかけなくても本人かどうかはネットで調べればいいんじゃないか・・・
藤谷美樹で検索すると、実に1千万件以上ヒットしたので、松田優は腰が抜けそうになってしまった。スーパーアイドルと聞いていたが、まさかこんなに有名なの?と思った。
オフィシャルホームページ、ブログ、ツイッターや、ファンクラブ、オスカープロダクションのプロフィールページ、ファンの書き込みやはたまた2chにまで実にたくさんの色々なページがヒットした。
松田優はとりあえず、オフィシャルホームページを見てみることにした。
いきなり本人らしき若い女性の写真がドアップに出てきた。
確かに美人だ。優はその写真を見ると、実際に会った人の顔を思い出しながら比べながらしばらく眺めてみた。
確かに似ているが、でもものすごい変装していたので、本当に本人なのかはそれだけでは分からなかった。オフィシャルホームページに歌っている映像などがYoutubeの画像でリンクされていたのでそれを聞いてみたが、話し声と歌い声が若干違うようだったので声でも本人かどうかも分からなかった。
松田優は困ってしまった。やはり事務所に電話しないとわからないのか・・・
そんなことを考えていると、電話がかかってきた。有賀泉からだった。
学生時代から変わってない番号だったので泉の番号だとすぐに分かった。
「もしもし・・・」
「もしもし・・・」
「よかった・・・つながった・・・松田君?」
「うん・・・そうだよ・・・有賀さん?」
しばらく沈黙が続いた。
「携帯番号変わってないっていってたからさ・・・だからこの前久しぶりに会えたから、また懐かしくなって・・・」
「そっか・・・こっちも電話かけようと思ってた。」
「本当・・・?よかった。あのさ・・・この前はコンサートに来てくれてありがとう。久しぶりに松田君にあえて本当懐かしかった。あのときはバタバタしてて時間がなかったからゆくっり話せなくてさ・・・あの、ごめん。」
「うん、そんなこと別に・・・いいよ。」
本当は泉がいるかどうか気になって楽屋をのぞいただけで後ろから泉が声をかけてくれてなかったら自分は彼女とは再会できてなかったのだ。自分から声をかける勇気などなかった。世界のオーケストラをまたにかけて活躍する国際派バイオリニストになってしまった彼女に声をかける勇気など自分にはなかった。
しばらく彼はそんなことを考えていると
「松田君・・・松田君・・・?」
「・・・あ、ごめん・・・ちゃんと聞いてるよ。」
「あ、よかった電波悪いのかと思った。あのさ、今度の日曜日会えない?久しぶりに再会できたから嬉しくって食事でも一緒にどうかなって・・・」
食事?学生時代はよく友人として授業の合間に学食やキャンパスの近くで食事などを一緒に時々していたが、有名人になってしまった泉に改めて食事に誘われると少し緊張した。
「え、っと今度の日曜日?」
確かバイトが入っていた。しかもその日は一日中だった。
「ダメかな?」
「え?・・・ああ、大丈夫だよ、全然!空いてる」
とっさに嘘をついてしまった。
「本当!?よかった。断られるかと思ってたからよかった。あのさ、表参道においしいイタリアンがあるって雑誌に書いてあったからどうかなって思って。」
さすが、国際派バイオリニスト。優はイタリアンなんてここ何年か行ってない。
普段はコンビニ弁当やら吉牛やら定食屋や居酒屋ばかりだ。