ピアノマン
「どうかなー、日本の国立オーケストラ楽団に入れたからしばらくは日本にいるつもりだよ。最低でも半年契約だから来年の夏前まではいるかな・・・」
松田優はそれを聞いて安心したというかとっさに嬉しくなった。
「そっか・・・」
「あ・・・またどっかに行こうよ。学生時代みたいに、クラシックのコンサートとかいろいろなライブとか見にさ・・・」
松田優はクラシックにあまり興味なかったが、泉がクラシックのコンサートに誘ってくれたので学生時代は時々見に行っていた。優はその代わりに泉に自分の好きなドラマや映画のテーマ曲を作る巨匠などの開くコンサートや好きなバンドのライブによく誘った。
「そうだね・・・また久しぶりに行けるね・・・」
「携帯の番号変わってない?」
「ああ、メールアドレスは変わったけど番号は変わってないよ。」
「そっか・・・私も変わってないからさ・・・また電話するね・・・今日松田君に会えて本当によかった!久しぶりに日本に帰ってきたんだけど、でもオケのスケジュールがびっしりで忙しいでしょ?だから、まだ知り合いとかに全然会えてなくて・・・まだ日本に帰ってきたって実感なくて・・・松田君に会えたらなんか勇気わいてきた・・・」
「なんだよ・・・それ・・・」
「あ、でたその口癖・・・久しぶりに聞いた・・・」
そういって泉は少し嬉しそうに笑った。
本人には自覚はないが、優の口癖らしい。最近言ってなかったが久しぶりにそう出てしまった。
「あ、私今からまた演奏後の打ち合わせとか打ち上げの話があるんだ。もう行かないと。。」
「ああ・・・会えて・・・よかったよ・・・」
「うん、じゃあまたね」
そういうと泉は別の部屋へ向かって去っていってしまった。
松田優はそこに取り残され、何だか泉が遠い存在になってしまったようで悲しかった。
次の週の日曜日松田は例の藤谷美樹という女に会いに行った。
というか単なるいたずらかどうか確かめにいったのだったが・・・
時間の5分前だったが、品川駅から少し外れた先のパインズカフェの中を窓ガラス越しにのぞきこんだ。
店の中をそれとなく見渡したがそれらしき女性はいない。
「そもそもどういう格好してるとか教えろよ・・・向こうもこっちがどういう格好してるとかしらねーし・・・」
しばらく店を眺めてると、後ろの方から車のクラクションが聞こえた。
振り返ると、サングラスをしている女性が車から出てきた。
「あなた・・・松田優よね?」
「はい?」
「いいの・・・顔はもう確認して知ってるから・・・」
「あ・・・あなたが・・・藤谷美樹?」
「あーバカ聞こえるじゃない!」
彼女に口を押えられた。
「いいから早く店入るはよバカ」
は?ば・・・バカ?
二人はカフェの中で注文をして席についた。松田優はブラックコーヒーを藤谷美樹はカフェラテを頼んだ。
「はじめまして・・・あなた松田優さんよね?」
「はじめまして・・」
「・・・なんか思ってたのとイメージが違うけど。もっと優しそうな人かと思ったわ・・・」
は?なんだこの女はいきなりごあいさつだな。
「いきなりなんなんですか?っていうか本当にご本人なのか?・・・藤谷・・・」
そう言いかけたところで
「ちょっと!あんたバカ?聞こえちゃうでしょ周りに!」
「は?自意識過剰だな・・・誰も聞いてないって」
「私超有名なのよ?ちょっとでも聞こえたら野次馬とか来ちゃうでしょ。あなたと二人でいるところ、写真なんかでも取られたら大変よ」
「それで・・・サングラスしてるわけ?」
「そうよ」
「でも、それだとあなたが本人なのかこっちは分からないね」
「今日は本当にこれでごめんさない。失礼なのはわかってるんだけど。
でもどうしてもっていうならトイレでふちめがねに変えるからちょっと待ってて。」
「別にそこまでしろとは・・・」
「あーいいからちょっと待ってて・・・」
そういうと藤谷美樹は化粧室の方に行ってしまった。
何なんだあの女?しかも本当に有名人だとしたらそんなやつが俺に何の用なんだ?
しばらくすると戻ってきた。
「お待たせ!」
あられちゃんのような変なメガネをかけてきた。
「おい、それだと逆に目立つんじゃ・・・」
「いいのよ、これくらい変装しないとばれちゃうから・・・」
メガネをかけていたのでアイドルってイメージではないが、確かに美人に見えなくはなかった。
「まあ、この店は駅から遠くてお客さんがいつも少ないから、それでプライベートのときとかたまに利用してるのよ・・・まあ、ここだけじゃあやしまれるから他にもお気にいりのプライベートスポットとかはたくさんあるんだけどさ・・・」
アイドルって想像以上に私生活が大変なのか?確かに店の周りとか見回しても客はほとんど入ってなかった。
「で、そのスーパーアイドルさんが俺に何の用だ?」
「あ、しー聞こえちゃうから。アイドルとかそういう言葉は禁句ね。」
「わかったよ、それで何の用ですか?」
改まって聞いてみた。
「あ、私ね、さっき言ったでしょ。あなたの曲聞いたことあるって。」
「曲?・・・俺の?」
「あなた作家さんでしょ?私がデビューしてまだブレイクする前にね、一度だけ脇役で出たことあるの。『せせらぎの中で』っていうドラマであなたの曲なんて言ったっけ?」
「本当に知ってるのかよそれって・・・」
「知ってるわよ。タイトルなんだったっけ?」
「テーマ曲はPiece of dreamっていうやつだけど」
「あ、それそれ、私事務所にCDあったから何度も聞いたのよだからそれだと思う!」
「思うって・・・」
「反応それだけ?」
「え?」
「国民的アイドルが何度も聞いたのよ?あなたの曲」
「え・・・?」
「だからさーあーもう。嬉しくないのかってことよ」
「え、ちょっとなに?何で?」
「あーもういいは・・・」
藤谷美樹はため息をついた。
優は何なんだこの女は、とまた思った。しかも自分で店の中でアイドルっていうなっていったくせに。
「あーもうそれはいいは。でね、それで何度も何度も聞いたっていうのは本当にいいと思ったのよ。あの曲。あのドラマさ、全然ヒットしなくって全然有名じゃないし、まあ私が主役じゃないからこけてもよかったんだけどさ。」
何だまたこの女は何か難癖つける気か?
しかし美樹はしゃべり続けた。
「あの時、私まだ売出し中で全国回って営業とかしててそれでも売れなくて、心折れそうな時期だったのよ。やっとの思いで脇役もらって。だから撮影後に毎回あのドラマをオンエアーで自宅で見るのが楽しみで。それで、あなたの曲がバックで流れてくるでしょ?感動しちゃって。」
この失礼で厚かましい女がいきなり、自分の曲をほめだしたので心外な気分になってきた。不意を突かれたような感じだ。それで優は唖然としてしまった。
「何よ?」
「え?・・・あ、まあそれはよかったね。」
「何よ、それだけ?」
「あ、まあ、それはどうも・・・光栄です。」
藤谷美樹は少し間を置いた後に急に笑い出した。
「あははははは」