ピアノマン
それに惹かれて優は部屋の前でその演奏に聞きほれていた。
優は演奏のことはよく分からなかったが、大学で弦楽器の技法などを学んでいたのでその演奏が理論的に素晴らしいというのは分かった。
でもそんなこと関係なく彼女の演奏に聞きほれていた。
優が部屋の前で立ち止まって彼女の演奏を聴いていると、
廊下を誰かが走ってきて優の背中にぶつかった。その拍子に練習部屋のドアにあたってしまった。
ゴトン・・・しまった・・・
優は練習部屋の中に入り込んでしまった。
「どなた・・・ですか?」
「あ、いや・・・」
それが有賀泉との初めての出会いだった。
「どうしたんですか?」
「あ、いや」
優は泉に不意に一目ぼれしてしまった。
演奏だけでなく見た目も雰囲気もとても素敵できれいな女性だった。しばらく沈黙が続いてしまった。気まずくなって優は
「あの・・・演奏・・・素晴らしかったです。」
そういって優はなぜか走ってその場を逃げてしまった。
「あ、ちょっと」
その後のことを思い出そうとしたら、急に携帯に電話がかかってきた。
知らない番号だったか思わずとってしまった。
「もしもし・・・」
「ちょっと・・・どうなってるのあなた!」
「え!?」
いきなり知らない女性から電話がかかってきた。
「すみませんが、どなたでしょうか?」
「どなたじゃないはよ・・・名刺渡したでしょ。名刺・・・」
名刺・・・・?
「スカラープロダクションの勝田。マネージャー。藤谷美樹。まさか私のこと知らないわけないよね?」
「え?」
名刺ってあの名刺・・・?財布を取り出して名刺を見てみた。
「あのさ、有名アイドルから連絡くださいって言われたらふつう連絡するよね?いったい何日待たされたか。あなた音楽業界の人なんでしょ?だったら業界人の礼儀として当然でしょ?あなたそんなんじゃ業界でとてもじゃないけどこの先生き残れないわよ?」
ちょっとなんなんだこの女は?礼儀とか言われてもいきなりずかずかと電話を
してくるこの女にも礼儀なんてものがあるのか?
優は少しムッときた。
「とりあえずさ、会えないかな?」
いきなり単刀直入にその女は言ってきた。
「ちょっと待って・・・あなた・・・本当に本人なんですか?」
「当たり前でしょ」
「あなた住んでる場所って大井町方面よね?なら品川とかどう?パインズカフェで来週の日曜の12時に待ってるから。」
「ちょっと何なんですか?いきなり?」
「もうこっちは挨拶してるんだからいいでしょ?そっちが連絡よこさないのが失礼なんだからね?」
は?なんなんだこの女は?
「いいから、日曜日空いてるの空いてないの?」
日曜はバイトが・・・といっても午後3時からだが・・・
「日曜日は仕事が」
「仕事?作曲の仕事?」
「いや・・・別の仕事が・・・アルバイトですが・・・」
「は?アルバイト?作曲の仕事してるんじゃないの?」
デリカシーのない女だ。
「ちょっと待って私当分忙しくてさ、その日しか時間取れないから無理なの。だからその日でお願い」
「ちょっと急に言われましてもね・・・」
「いいからつべこべ言わないで来て。業界の仕事だと思って。」
「ちょっと」
「いいからじゃあね」
そういって電話は切られてしまった。
何なんだこの女は?本当に本人なのか?
腹が立ったが優はいたずらじゃないかどうか確かめるためにとりあえず行くことにした。
3
今日は休みの日だ。
松田優は、ダフ屋で有賀泉のコンサートチケットをたまたま見つけたので、それで急きょいくことにした。
東京国立劇場は非常に広くて一流のオーケストラが演奏するホールだ。音響システムも素晴らく整っている。国立オーケストラ楽団という日本の超名門のオーケストラの楽団だった。
有賀泉がいた。バイオリンでコンマスをやっているようだった。チャイコフスキーのバイオリン協奏曲の演奏だった。
壮大でダイナミックでかつ優雅で繊細な素晴らしい演奏だった。
演奏後拍手喝さいが起こった。
こんな壮大な名門オーケストラで演奏している有賀泉が何か別次元の人に見えた。もう自分のことなど彼女は忘れてしまったのだろうか・・・
演奏が終わるとオーケストラの指揮者が挨拶をし始めた。
あまりの演奏の素晴らしさと、彼女の存在の大きさに優は圧倒されてしまい、思わず廊下に出た。劇場の休憩所の自販機でジュースを買って煙草を一服した。
このまま彼女に会った方がいいか、会わない方がいいか・・・
会っても自分のことなんかもう忘れられてしまったのではないかという気がしてきた・・・
でも有賀泉に会いたかった。
そんなことを考えてずいぶんと長く30分くらいそこでボーっとしていた。
休憩室から出て廊下をてくてく歩いていくとドアが少し開いている部屋があった。
出演者の控え室のようだった。
「今日の演奏ホルンがいまいちじゃなかった?」
「えーそう私もそう思いました・・・トーンがなんか下がってる感じがして・・・」
そんな会話が聞こえてきた。
どうやら今日の演奏についての感想や反省会をしているようだった。
しばらくその部屋の会話を聞いていると、後ろから誰かが話しかけてきた。
「松田君!?」
振り返るとそこには有賀泉が立っていた。
「え・・・?」
「あーやっぱり松田君だ!」
「あ・・・うん」
「久しぶりー聞きにきてくれたんだ!」
「まあ・・・ね」
「何か、全然変わってないねー.」
「ああ・・・そうか・・・な」
優は急に泉に話しかけれれてしどろもどろになってしまった。
「何でこのコンサート来てくれたの?松田君別にクラシックファンじゃないのに・・・」
「あー知り合いに聞いてね・・・よさそうだと思って・・・すごい演奏だったね・・・感動したよ・・・」
「そう?嬉しー、卒業以来だよね。。すごい懐かしい。今どうしてるのかなって
気になってたからさ・・・」
「あ・・・まあ・・・でも・・・元気そうだな・・・久しぶりだけど・・・」
松田は久しぶりに会ったので会話の切り出し方が分からなくなってしまった。初恋の人に久しぶりに会ったのでまるで学生時代に戻ったかのように少し緊張してしまった。
「え・・・今はまだ作曲とかやってるの?私さ・・・ずっと海外にいたから日本の音楽業界の事情とか知らなくってさ・・・」
「まあ・・・俺は俺で相変わらずぼちぼちやってるよ・・・」
「へー作曲してるんだ・・・いろいろ活動してるんだね。もしかして有名になってたりして・・・」
「まあーそんな大したことねーよ。」
「へーすごいね。今度曲とか聞かせてよ。どういう曲書いてるの?」
「まあ、ドラマとかのね・・・」
「えーすごい、もう売れっ子なのね?」
「まあ、どうなのかな・・・」
松田はしどろもどろにそう答えた。
「でもすごいよ、松田君は絶対にすごいって私思ってたもん。卒業制作の作品とか聞かせてもらってもう感動しちゃったから・・・」
「あんなの大したことないよ・・・それよりそっちはしばらく日本にはいるの?」