ピアノマン
和賀直哉は藤谷美樹の次期シングルの選考について、オスカープロダクションの担当プロデューサーに聞いていた。
「本当に俺の曲に決まりなんだよな?」
「ああ、今のところ君の曲で間違いないよ。第一候補だよ。でもね・・・」
「でも・・・?」
「・・・松田優の曲が最終選考に残ってキープされている。」
「あいつの曲がキープ?冗談だろ?」
あいつが一般大衆向けのアイドルの曲なんて作れるわけがない。プライドだけは一人前だからな。
「ぜってーあいつには負けねー」
和賀直哉の闘志はますます燃えた。
優は彩と会っていた。一緒に昼食を食べていた。
美樹が手術が終わったことや、自分が指名コンペに曲を提出したことなど話した。
「優はその子のこと好きなの?」
「え?」
「だって、彼女のために曲を作るなんて。以前の優だったら他人のためになんて曲作らなかったじゃない?しかもアイドルのための曲なんて作らなかったじゃない・・・」
そういえば、そうだ・・・
誰かのために、誰かの無事を心から祈って、そうやって曲を作ったことなど今まで一度もなかった。
「よく分からないけど・・・今はただ彼女に歌ってほしいと心から思ってる。」
藤谷美樹次期シングルコンペの最終決定の会議。コンペの会議の内容は口外禁止で秘密裏に行われるため絶対に表ざたには公表されなかったが、和賀直哉だけは相変わらず特別待遇で呼ばれていた。今回も和賀直哉は松田優を特別ゲストであえて案内した。目の前で松田優を完膚なきまでやっつけて目にもの言わせてやるためだった。ましてや、これは自分の大ファンである藤谷美樹のコンペ。絶対に負けられない戦いだった。
優は会場について、席についた。会場中が何故かいつにもまして緊張感で覆われているようにも思えた。優もその雰囲気に少しだけ飲まれて、額に汗が出て心臓の鼓動が高鳴ってきてしまった。優にとっても負けられない戦いだった。この日のために必死に生み出した曲が今日選ばれるかどうか決まるまさに運命の分かれ道だった。心の中で必死に願った。
オスカープロダクションは芸能プロダクションだが、レコード会社やレーベルもいくつも関連会社に抱えていたので、決定権は親会社のオスカープロダクションがほぼ握っていた。
候補曲5曲をアイドル曲の物まねが得意なプロ歌手が一曲ずつステージで歌ってみせた。広いーオーディション会場のようなところで、社長やプロデューサーたちが一曲ずつ聞いていった。
賀直哉の曲は4曲目だった。
その歌手が和賀直哉の曲を歌い終わると、
「素晴らしい!」
プロデューサーやディレクターたちは大喜びだった。
最後の5曲目を流そうとしたが、曲の選考担当のプロデューサーの一人が突然選考をやめさせようとした。
「もう和賀直哉の曲で決まりでしょう、今回も素晴らしい出来です。」
「そうだな・・・」
「では・・・これにて・・・」
何人かのプロデューサらがそう話し合いながら言いかけたところで
藤谷美樹がステージに突然現れた・・・
「あ・・・あいつ・・・?」
松田優は美樹がステージに現れて驚いた。
おい・・・しばらく病院で安静にしてろって言われてたはずじゃ・・・
優は彼女のことが心配になった。
「病室で休養してろっていっただろ?」
プロデューサーの一人が叫んだ。
周りもどよめきだした。
「大丈夫、病院から今日だけ外泊許可とったから・・・最後の曲を歌わせて・・・」
「もう曲は決定してるんだ・・・」
「でも・・・最後の曲まだ聞いてないよね?」
「しかし、これは上層部の決定だぞ!」
藤谷美樹は引き下がらなかった。
「最後まで全部曲を聞かないで何が選考よ!これじゃ単なるやらせじゃない!」
「その言い方は失礼だぞ!山田社長もいらっしゃるんだぞ!いくら君でも口を慎みたまえ!」
「私・・・心臓の手術の前日・・・本当に怖かった・・・」
藤谷美樹は突然ステージの上で静かではあるが力強く話し始めた。
「私、スーパーアイドルなんて言われて、世間知らずのくせにわがままで周りは何でもいうこと聞いてくれて・・・何だか勘違いしてた。私は大物で超有名人で、みんなが自分のために働いてくれて・・・世界が自分中心に回ってるって本気で思ってたことがあった。そんな私が・・・初めて怖かったの・・・もうこのまま死ぬのかと思った。そう思ったら本当に泣けてきて・・・でも手術の前日に松田優さんの曲を聞いたの・・・何気なく聞いただけだったのに、なぜか心に希望が湧いてきて・・・救われた。もっと頑張って生きようって思った。手術絶対に成功させてやるって・・・その時の気持ちをつづって想いをのせたくて・・・私が初めて作詞しました。みんなには、是非聞いてほしいの!」
プロデューサーたちはざわめきだした。
優は藤谷美樹を見守っていた。
「しかし、これは決定事項だ!くつがえせん。どうしてもというなら社長に・・・」
そう言いかけたとき・・・
「もういい・・・」
山田社長が立ち上がった。周りがどよめきだした。
そしてやがてゆっくりと話し始めった。
「この業界に長いこと携わってきたが、本当にいい音楽なのかどうか・・・本当に価値ある曲なのか・・・それは個人個人意見が違う。人間はみんな趣味や価値観など違うからだ。だからこそ、それは皆さまがた一流プロデューサーが切磋琢磨して議論に議論を重ね必死に曲を毎回選んでいる。それは私も分かる。」
社長が突然業界について語りだした。社長がいきなりそのような話をし出したので、まわりはまだざわつき動揺していた。
「しかし、だ。コネや見栄え、見てくればかりで音楽が選考されることもかなりある。」
社長は続けて話し出した。