ピアノマン
野々宮妙子は手錠をかけられたまま警察にパトカーの中に入れられそのまま連行されていった。そのときの表情は何ともいえず情けない表情でもあり、驚いた表情でもあり、悲しい表情でもあった。
ストーカー事件の真相がマスコミに公表された。
怪文書や写真の送り主やストーカーの話のでっちあげのこと、野々宮妙子のこと、動機のこと、など。野々宮妙子は留置所で暴力団関係の興信所のことを話して警察はそのことを追跡しようとしたが、すでに暴力団はその場所から引き払っていて、彼らの存在は謎のままに終わった。
また、松田優との恋愛スキャンダルのことはばれなかったのでそのまま公表されずにうやむやなままにされた。
事件が解決したので事務所は万々歳だった。しかし、例の松田優との恋愛の写真についてはいまだに未解決で世間は騒いでいた。
事務所としては、恋愛は絶対禁止ということではないが、藤谷美樹のイメージダウンになるので今後は彼女とは一切会わないでくれ、と優は勝田に言われてしまった。
藤谷美樹と会えないまま数か月もたったころ・・・
有賀泉からメールが来た。
「ウィーンの方へ帰ることにしました。出発は今日の13時半です。しばらくあえなくなると思うけど元気でね・・・」
13時半?もうすぐじゃないか・・・
優は成田まで慌てて急いで向かうことにした。
優は空港中を探しまわってやっとの思いで搭乗ゲートの近くに有賀泉の姿を見つけた。
「泉!」
優は慌てて走ってきたため息切れしていたので必死に息を整えようとした。優がなかなか話しかけないので
「あの・・・お見送り来てくれてありがとう・・・」
泉は優にそういった。
「あの・・・さ・・・向こう行っても・・・がんばれ」
優は月並みな表現しか思いつかなかったが、何とか泉にそう伝えた。
しばらく沈黙が続いたが、優は勇気を振り絞って言ってみた。
「有賀さんのこと好きだったんだ。今でもすごい好き・・・好きだけど・・・」
「好き・・・だけど・・・?」
「でも・・・あの・・・その・・・今は・・・ほかに好きな・・・人が・・・」
優がもじもじしていたので、有賀泉は少し笑いながら
「アイドルの藤谷・・・美樹さん?・・・でしょ?」
「え?・・・え!?」
「あれだけニュースになってたらいくら日本の事情に疎い私でも知ってるよ・・・あの写真どうみても松田君だし・・・アイドルと恋人なんて意外だったけど・・・」
「え・・・何でわかったの?」
「他人なら全く分からないけど、長い付き合いの私にはわかるよ・・・
あのパーカー昔からよく着てたじゃない?」
「あ・・・そっか・・・」
優は思わず笑ってしまった。
それを見て泉も少しだけ笑った。
二人はしばらく笑っていた。
「でもスキャンダルのストーカー事件解決したんでしょ?よかったね?」
「ああ・・・まあ・・・ね。いろいろ大変だったけど。」
「つきあってるの?・・・彼女と」
「よく分からない・・・だけど気になる存在ではある・・・」
「気になる存在ではある・・・か。」
有賀泉は優のお腹をどんとこぶしでたたいた。
「うっ・・・え?」
「もーはっきりしないな。昔からそういうところ。彼女がかわいそうだよ?はっきりしないと。」
「うん・・・」
「私のときみたいにちゃんとはっきりしないと、さ。」
「ああ・・・そうだな・・・本当俺って情けないな・・・」
俺が下を向いてそう言うと
「・・・そんなことないよ。」
泉はフォローするようにそう言った。
「じゃ・・・ね。頑張ってね。私も向こうで頑張るからさ」
泉は少しだけ励ますようにそう言った。
「ああ・・・うん」
「じゃあ・・・」
「じゃあ・・・」
泉との別れは名残惜しかったが、何故だか今までずっと引きずっていたうやむやみたいなものがようやく解決したような・・・そんなすがすがしい気分にもなった。きっと今まで残っていた彼女とのわだかまりがほどけてこれで二人ともようやく新たなスタートラインに立てるような気がした。
そして二人は別れた。
すがすがしさと悲しみを感じながら・・・
優はまた鎌田彩とバーでまた飲んでいた。
「そっか、有賀さんウィーンに戻っちゃったんだ・・・」
「そうだな・・・」
「例の藤谷美樹さんとは?事件は解決したんでしょ?なら万々歳じゃない?でもあれか・・・恋愛のスキャンダルの方は解決してないのかな?」
「あの写真が原因で事務所の方に彼女と会うのは今後一切禁止にされたんだ・・・だから・・・あの後、全然連絡取れてないよ・・・」
「そっか・・・厳しい処分だね・・・所詮スーパーアイドルさんだからね・・・私たちとは住む世界が違うのかもね・・・」
ある日、松田優の所属事務所ドリーム&カレッジの社長から電話が来た。
「スカラープロダクションの藤谷美樹さんから直々にお前に指名コンペが入った。詳細は向こうの事務所からそちらのメールアドレスに送られてくるそうだ。お前彼女と何かコネでもあるのか?一度連絡先聞かれたり・・・まあそんなことはどうでもいいが、とにかくうちの事務所としては大仕事になるからこういう話は大歓迎だ。」社長は大喜びだった。
指名コンペというのは実績のある作家何人かに声をかけて、直接作曲の依頼をして、その中から曲を決めるという方式のもので、本来は実績のない松田には縁のないはずのものだった。
数日たった頃、藤谷美樹のスカラープロダクションからメールが来た。
「松田優様
指名コンペの情報お送り致します。
今回弊社所属の藤谷美樹のニューシングル用のコンペ曲を募集致します。
今までの彼女の路線とは違う新たな彼女の一面を全面に押し出した切ないバラード調でかつアイドルっぽい曲を広く募集したいと思っております。そのため、彼女と弊社の決定権の高い上層部が協議した結果、直接指名させていただいた作家さんで今回指名コンペを初めて開催したいと思っております。以下に詳細を書きます・・・・」
指名者の名前の一覧が公表されていた。和賀直哉の名前もその中に含まれていた。どこにでも出てくるやつだ・・・
優は指名コンペなんてものに参加するのは初めてだった。
しかも、自分はサントラやBGM専門でアイドルの曲なんて一度も作ったことがなかった。
10
その指名コンペの話を高林教授にしたら大いに喜んでくれた。
「音楽業界何の縁でチャンスが生まれるから分かりませんからね・・・本当に良かったですね・・・きっとあなたの音楽を聞いてくれただれかがあなたのメロディーに心を動かされたのでしょう」
高林教授は相変わらず詞的で素晴らしいほめ方をする。
和賀直哉も指名コンペの情報を自宅のメールで見ていた。
「松田優が指名コンペに?やはりあの野郎彼女と何かあるのか?」
和賀はそれが気が気でなかった。しかし、今はそんなことより松田が今回初めて強敵のライバルになるかもしれないことの方が気になった。
「あの野郎には絶対負けられない・・・」
和賀直哉は嫉妬と闘争本能に燃えて闘魂が煮えたぎっていた。