ピアノマン
「何かスキャンダルの事件のことを思い出して考えてたんだ・・・心あたりとかないのかって」
「心当たりってなによ?」
「だからさ・・・犯人は誰かなって・・・昔から熱狂的なファンにストーカーされてるとか・・・」
「あのね・・・私を誰だと思ってるのよ?超有名アイドルなんだからそんな人たくさんいすぎてわかるわけないじゃない。」
「はいはい。でもさ・・・今までもこんなことあったのか?」
美樹はそのことを思い出そうとしてしばらく考えていたが、やがて話し始めた。
「手紙をもらうことなんてしょっちゅうよ。狂ったファンはたくさんいるから、もちろん変な手紙をもらうこともよくあるわよ。『今日は美樹ちゃんの晩御飯なんだった?』とか『美樹ちゃん愛してるよと』かそういう内容の手紙はいくらでもある。でも狂気じみた手紙をもらったのは確かに初めてかも・・・」
「初めて?」
優はその言葉に少しひっかかった。
「そう、いくらなんでも『殺したいほど愛してる』なんていうやついなかったね。下手したらストーカー扱いされて警察に捕まるでしょ?そんなこと書いたら」
「なるほど・・・確かに変だな・・・」
「そうでしょ?だから不気味だなって思って。」
優は少し考え込んでいた。しばらく思考を巡らせた後に思いついたように話し始めた。
「でもさ・・・そんな危険を冒してまで脅迫文を書くって・・・ファンじゃない別の誰かが書いたんじゃないのか?」
「そんなこと何のためにするのよ?」
優はそういわれるとよく分からないので黙ってしまった。
「そういわれてみれば・・・」
「ちょっとね・・・あなた探偵じゃないんだからさ・・・適当なこと言わないでよ?もしかしてスキャンダルで私を貶めようとした誰かが書いたってこと?」
優はその言葉にぴんときた。
「そう、それだよ!それしか考えられない」
美樹は少し黙っていたが、何かを思い出したように
「あ!そういえば・・・」
「そういえば・・・何だよ?」
「あのね・・・私その脅迫文の手紙が自宅に届いて見てね、その日に事務所に着いたらもうそのことがテレビでやってたのよ。何か変だなって思って。勝田にもそのこと話したのにどうでもいいって感じで聞いてもらえなかったんだけど・・・。」
「どういうこと?」
「だからさ・・・手紙が届いてから私がまだ警察に届け出だしてもいないのに、なんでマスコミはそのこと知ってたのよ?って思って・・・だって変でしょ?」
「なるほど・・・だとするとますますはめられた可能性が高いな。手紙のことを知ってる誰かか、あるいは手紙を出した本人がマスコミにリークしたってことかもな・・・」
「え・・・じゃあさ・・・やっぱり私をはめようとした誰かがやったってこと?」
「その線の可能性は高いな・・・」
「嘘・・・気味が悪い。」
藤谷美樹は寒気がするというような表情をした。
「誰か心あたりないの?嫌われてる人とか・・・」
「ちょっと人聞き悪いな。嫌いな人なら業界にたくさんいるけど、嫌われてる人なんていちいち気にしてたらこの業界やってけないもの。知らないわよ。」
「あの週刊誌の写真に写ってた熱狂的なファンの人は?」
「え?あの人?あの人は・・・あれよ・・・私のファンだって言ってた確か・・・
作曲家の和賀なんとかって人よ。テロップがかかってるから顔は分からないけど、私目の前で会ったから本人だってわかるは。それに、あの写真事務所の目の前で撮られてるから風景とかどこで撮られたものだとかわかるもの・・・」
「え・・・それって・・・もしかして和賀直哉のこと?」
「え・・・そうよ・・・知ってるの?」
「知ってるも何も大学が同じだったから・・・」
「へーそうなんだ・・・まあ音楽業界って狭いものね・・・みんな知り合い同士みたいなもんか・・・」
しばらく松田優は考え込んだ。
「で、その和賀直哉がどうしたの?」
「あいつがその犯人ってことは?」
「え?その脅迫文の?それは・・・分からないけど・・・でもさ、あんな気の弱そうな純粋な私のファンが脅迫めいたこと書くかしら・・・私の経験上熱狂的なファンはむしろあんな嫌われるような文章なんて書かないのよ、普通は」
「それもそうか・・・」
松田優は何となく納得した。
「それにさ・・・和賀は犯人じゃないと思うけど。」
「何で?」
「だって・・・もし彼が犯人だったら何でわざわざ危険おかして私に直接会いにきてさ・・写真撮られたりするのよ?それって変じゃない?そんなまぬけな犯人いるかしら・・・?ずいぶん前から私のストーカーしててマスコミが彼を追跡してたっていうのなら話はわかるけど、私一度しか和賀には会ってないし。それに私が警察やマスコミに言わない限り週刊誌が彼を追いかけるなんてことあまりしないと思うしね。」
「確かに・・・」
藤谷美樹のするどい推測に優もうなずいた。長いこと芸能界にいるだけあって色々な仕組みをよく知っているようだった。
「なるほど・・・それじゃあストーカーの仕業の線はますますないね・・・ほかに心あたりは?何か恨まれてるとか?」
「ちょっとね・・・本当に人聞きわるいわね・・・だからそんな人いくらでもいるからよく分からないって・・・ライバルなんてたくさんいるし・・・」
「でもさ・・・特に一番嫌いって人は?嫌われてるでもいいし・・・」
「そうね・・・最近では一番私につっかかってくるのは野々宮妙子って女優からしね・・・私が親の七光りでアイドルやってるからっていちいち嫌味を言ってくるしょうもない女なの。自分も演技は下手なくせして・・・人の苦労もしらな・・・」
美樹がそう言いかけたとき
「それだ!そいつが犯人だ!」
「ちょっと何よ急に」
「俺にいい考えがある・・・」
「いい考えってなによ・・・」
「洗いざらいこのことを警察に話すんだ」
美樹は警察という言葉を聞いて目を丸くした。
次の日、優と美樹は実家を出て東京へ帰ることにした。
「松田さんまたいらっしゃってくださいね。こんな田舎のボロアパートでよかったら・・・美樹・・・あなたも元気でね・・・」
「はい、お世話になりました。」
優はそう返事したが、美樹はふてくされたような顔をして返事をしなかった。
二人は家を出た。
二人で新幹線に乗り東京に帰った。新幹線で弁当を食べながら二人は会話をした。
「お前のお母さんいい人だな」
「そう?」
藤谷美樹は何でもないという感じでそう答えた。
「お前のことものすごく心配してた。それに借金のことも感謝してたし。一緒に・・・住んであげないの?東京に呼べばいいじゃん・・・」
「そうね・・・それも考えたけど、もうお母さん年だし東京にはいたくないんじゃないかな・・・もともと向こうの人だから向こうの方が落ち着くみたい。
それに・・・」
「それに・・・?」
藤谷美樹は少し考えてから話し始めた。