ピアノマン
「何やってんだ・・・」
「え・・・?」
藤谷美樹は後ろを振り返った。
「青春の悩みですか?」
「ちょ・・・ちょっと!?あなた何でこの場所が?え?」
「・・・お母さんに聞いたこの場所・・・」
藤谷美樹はまだ事情が呑み込めてなかったようだった。
「ちょ・・・ちょっと私の実家いったの?」
「ああ・・・泊めてもらったよ・・・」
「ちょ・・・っと何あなたやってんのよ?私の許可なく・・・」
「許可がいるんだ・・・」
優は少しおかしくなって笑った。
「何がおかしいのよ?」
「いや・・・別に・・・」
「な・・・何で私がここにいるって?」
「・・・勘?」
「勘って・・・何で実家の場所分かったの?」
「前言ってただろ・・・岐阜の中川市中山町って」
「あ・・・そっか・・・でも覚えてたの?」
「まあ、番地までは分からないから駅周辺のそば屋にいたおばちゃんに聞いた。」
「なるほど・・・」
藤谷美樹は黙ってしまった・・・
優は何て話しかけていいか分からなくなってしまったのでしばらく黙りこんだ。
「ところでさ・・・あんた何しにきたの?」
「は?何しにきたはないだろ?せっかく人が心配して駆けつけてきたってのに・・・お前が疾走したから事務所は今大パニックなんだぞ?」
「は!?ちょっと待って?何で事務所が知ってるの?」
「俺が勝田さんにお前が疾走したこと話して、お前が行きそうな場所教えてもらったから。」
美樹は急に怒り出した。
「ちょっと?あんたバカ?私事務所に内緒でこっちに来たのに・・・あなたのこと信用して置手紙書いてったのよ?事務所に知られたら大変なことになるじゃないの?それくらいわかるでしょ?」
「ちょっと待てよ!そっちが心配かけさせたんだろ?旅に出ますなんて言われたら誰だって心配になるのは当たり前だろ?」
「別にあなたに心配してほしいからじゃないわよ?ちょっとほとぼり冷めるまで自宅にいたくないからこっちに逃げてきただけよ」
「はー・・・」
美樹はため息をついた。
「もう・・・やめよう・・・喧嘩になるから・・・」
「本当・・・まったくよ・・・」
二人はまた黙りこくってしまった。
「だって・・・お前・・・悩んでそうだったし・・・」
泣いてただろ・・・とは言えなかったのでそういう言い方になってしまった。
「別に悩んでないよ・・・自宅にいたくなかっただけ・・・」
「だったら何でうちのアパートに来て愚痴ってたんだ?何で誰にも言えないような家庭の事情の話を俺なんかにしたんだ?」
「知らないわよ!・・・ただ・・・」
「ただ・・・?」
「何となくあなたに話したくなっただけ・・・」
「なんだよ・・・それ・・・もういいよ。」
「は?何よそれ・・・」
「実家に・・・逃げてなんかいないでもっといろいろと吐き出せばいいだろ?俺とかに・・・」
「は?何言ってんの、あんた?ばっかじゃないの?」
そういわれると優はまた何も言えなくなってしまった。しかし引き下がらずに
「バカはないだろ・・・でも・・・気持ちなら何となくわかる・・・」
「は?分かるって何よ?大借金背負ったことなんかないでしょ?一体どんな気持ちが分かるっていうのよ?」
「確かにそういうものは背負ったことはない。でも・・・俺も・・・実はお前に話してないことあった・・・誰にも言えない暗い過去がある。実は・・・うちの親父・・・自殺したんだ・・・」
「え・・・?」
美樹はその話を初めて聞いて驚いた。
「お父さんって作曲家のお父さんが・・・?」
「ああ・・・うちの親父売れない作曲家だったっていっただろ?晩年やっといい作品ができてその映画もヒットした。でも、親父はそれに満足できなくて、もっといい作品を作ろうともがいてもがいてもがき苦しんで、でも作れなくって・・・自分の才能のなさを最後までうれいて自殺していった。最後の最後まで・・・この世を呪って死んでいったんだ・・・」
「そんな・・・そんな・・・芸術家の複雑な気持ちなんて私にはわからないわよ。」
「まあ、そりゃそうだな・・・でも俺は本当にそれがショックで・・・立ち直るのに何年もかかった。それ以来母親はうつ病みたいになってしまったし・・・そして弟は作曲家という存在が大嫌いになって真逆の世界の公務員の道を選んだんだ。そして俺は・・・何よりも親父がそうなったことが悔しかった。」
「それで・・・無念を晴らすためにあなたは作曲家に?」
「いや、分からない・・・でも・・・親父の無念を晴らしたいのはお前も同じなんじゃないか?」
「え・・・?」
「そういった意味じゃお前の気持ちが分かるってこと」
藤谷美樹はしばらく黙っていたが
「バッカじゃないの?」
といってきた。
「は!?」
この女はせっかく人が心配していろいろ話したのに・・・
「借金苦と自殺じゃ全然違うじゃない?立場が違うでしょ?」
「そうだな・・・本当の苦しみは分かりあえないかもしれないな・・・でもそれは仕方ないだろ?他人を本当の意味で理解するって難しいことなんだから」
「またなんか哲学的なこと言ってさ・・・」
「別に哲学じゃないだろ・・・一般論だよ」
しばらく藤谷美樹は黙っていたが
「でも・・・ありがとう・・・」
そう小声で言った。
松田優と藤谷美樹はしばらくそんな話をしながら滝を眺めていた。
そんなこんなずっと長いこと二人で滝を眺めていたら時間はまるで一瞬であるかのようにあっという間に時刻は夕方になった。
美樹の母親が心配しそうだったので、その後藤谷家のコトリアパートに二人で行くことにした。
9
「ただいま」
藤谷美樹がそう言うとお母さんは
「あーよかったー美樹、あんたはまた心配かけさせて。一晩中いったいどこにいたのよ?」
あきれた声でそう言った。
「どこだっていいでしょ?ビジネスホテルで寝泊まりしてその後、公園ぶらぶらしてたら、この人とばったり会ったのよ。」
「ばったりって何よ。松田さんあなたのこと心配して東京からわざわざ来てくれたのよ?ちゃんとお礼いったの?」
「わかってるわよ・・・もううるさいはね。」
そう言って美樹は自分の部屋の方さっさと行ってしまった。
「全くもう・・・ごめんなさいね。あの子いつまでたっても子供なんだから・・・」
「いえ・・・」
家に帰ると遠慮がないのかいつもの強がりの美樹より子供っぽいというか、素直に親に甘えてるように見えた。
三人で夕飯を食べてしばらく談話した後に、美樹はシャワーを浴び終わって優にシャワーを浴びるように部屋に呼びに行った。優はお母さんの勧めでもう一晩泊めてもらうことにした。美樹が高校生のときに使っていた部屋は狭くて二人で泊まるのは無理なので、畳の客間が開いていたのでそこに泊まることにした。
「狭いけどごめんなさいね」
お母さんにそういわれて優はそこの畳の部屋に案内された。
「シャワー浴びたら?」
「ああ・・・ありがと・・・」
「何、してんの?ぼーっとして」
松田優は畳の部屋でしばらくぼーとしていた。