ピアノマン
お母さんはきょとんとしていたがやがて答えた。
「はあ・・・まあ・・・そうですね・・・もともと主人と私はこっちの出のものですから。」
「そうなんですか・・・」
「美樹から聞いてるからは分かりませんけど、もともと私の実家は旅館で主人の実家もお土産物屋で地元では有名な老舗なんです。」
そのことはさすがに聞いてなかった。
「そうなんですか・・・じゃあ元々地元ではお互い有名で知っていたという感じだったのですか?」
俺が聞くとお母さんは自分と夫の過去の話をし始めた。
「そうですね・・・主人が若い頃から家の手伝いでうちに土産物などを納品しに来ていたので、私たち若い頃から顔見知りでね・・・それで主人の両親が、主人が30になっても誰とも結婚しないもんだからあせってお見合いの話をうちの両親の方に持ってきたんです。当時主人は地元の劇団で俳優してましてね・・・たまにテレビなんかも出てたんですけど売れない俳優ですから、うちの両親は絶対だめだ、なんて反対したんですけど・・・でも主人の両親の熱心なお願いがあって、それに主人の実家は老舗で金持ちですから仕方ないってことで、お見合いだけでもってことで私たち会うことにしたんです。顔はお互い知ってたんですけど、ろくに会話はしたことなかったんです。でも、実際に会ってみたらお互い不思議なくらい気が合いましてね・・・すぐに結婚が決まりました。」
「そうなんですか・・・」
優は興味深けにその話を聞いていた。
「まあ、こんな話若い人に興味あるか分かりませんけどね・・・結婚したばかりのころはそれは貧しかったですからここのボロアパートに二人で住んでましてね、私もパートなんかやってましたよ、当時は。貧しかったけどでも全然不幸せじゃなかったですよ。私の父は私に貧乏暮らしなどさせたくないからってお金を援助するって言ってくれたんですけど、でも主人が「俺が将来大物俳優になって彼女を支えます。だからお金はいりません」って父に突っぱねたんです。その時は誰も主人が有名俳優になるなんて思ってなかったですけど、でもたまたま主人が出てた地元の番組を映画の大物プロデューサーさんが見てましてね。「是非東京に来ないか」って話になって。それで主人は東京に一人で行ったんです。そしたら、映画に出ないかってことになって・・・有名俳優さんが出る映画に脇役で抜擢されたんです。その映画が幸運なことに大ヒットしましてね・・・続編なんかもやっもらって・・・。その後主人はとんとん拍子でどんどん仕事が増えてドラマやら映画やらでひっぱりだこになって、主役もたくさんやるようになって・・・気が付いたら大物俳優に本当になってたんです。その頃は藤谷圭のことを知らない人は東京ではいないっていうくらいになったんですよ。」
「そうなんですか・・・」
美樹のお父さんも有名になる前はたいへん苦労したんだな、と話を聞きながら優は思った。
「それで、東京の方へ引っ越されたんですか?」
「えーまあ・・・最初映画に出始めたばかりの頃は、主人は仕事のあるときだけ東京に単身で出て休みの日はこっちに戻ってきてたんですけど、売れっ子になってからはもうほとんど休みがなくなりましたから、東京にマンション買うから「お前もこっちにこい」ってことになって・・・。そうですね・・・その後何年かした後に美樹が生まれたんです。」
「そうなんですね・・・」
「ええ・・・」
松田優はそれとなくお父さんの癌のことを聞いてみることにした。
「それでお父さんが病気になられた後またこちらに戻ったんですね・・・」
「え・・・?あの子から主人の癌の話聞いたんですか?」
お母さんは驚いた様子だった。
「はい・・・まあ・・・」
「あの子その話は誰にも話してないようだったのに・・・」
「え・・・・?あ・・・すみません」
「えー・・・いんですよ・・・たぶんきっとあの子はあなたには心を許してるんでしょうね・・・」
「美樹さんは今でも一人で借金を返してるんですか?」
「松田さん、何でもご存じなのですね。あの子ほんとにあなたには何でも話すのですね。えー・・・そうです。あの子にもずいぶん苦労かけさせました・・・本当はお父さんみたいな俳優になるのが夢で将来は大物女優になるって言ってたんですよ・・・でも女優ではなかなか売れなかったものだから・・・事務所がアイドル路線で行こうってことになってそしたらそっちの方が売れ出したんですよ。」
「そうなんですか・・・」
本当は女優になりたかったのにアイドルになったのか・・・借金のために・・・
何とも泣ける話だった。
普段は明るい彼女にそんな暗い影があったとは・・・
時々見せる悲しい表情はそんな影のせいだったのだろうか?
「ですからね・・・あの子が売れるきっかけになったのは松田優さんあなたの音楽のおかげなんですよ・・・」
「いえ、そんな・・・僕は何もしてませんよ。あのドラマ・・・まったくヒットしませんでしたし。」
「いいえ・・・ヒットしなくてもあの子が初めてちゃんとした役をもらえたドラマですから・・・あの子にとっては思い出の作品です。だからあなたの音楽はあの子にとって心の支えになってたんですよ。」
そんな大げさにほめられると優は照れ臭かった。
「でも、あの子すごいわがままでしょ?小さいときに贅沢させすぎちゃって。一人娘だし主人が可愛がって育てすぎちゃったから・・・でも本当はさびしがり屋でナイーブな性格なんですよ・・・思ってることと逆にこと言っちゃったり強がったり・・・」
「ええ・・・分かりますよ。」
「でも、あの子にはすごい感謝してます。あの子がいなかったら今頃うちは借金地獄で破産してましたから・・・でも、もう一人で抱えきれないんだと思います・・・本当あの子には苦労かけさせました・・・」
「・・・」
「松田さん・・・あの子のことを見守ってね・・・これからも娘を宜しくお願いします。」
次の朝優はお母さんに朝食をご馳走になっていると、
「あの子どこにいったのかしら・・・心配かけさせてまったく・・・」
結局美樹は朝になってもかえって来なかった。
「お母さん、心あたりありませんか?」
優は聞いてみた。
「そうね・・・あの子・・・こっちの方には高校の頃数年間いただけですから、こっちの友達はもともとあまりいないんです。だから、友達の家なんてことはないと思います。もしかしたら・・・滝でも見に行ってるのかも・・・」
「滝?」
「近くの公園に滝があるんです。丸山公園っていって・・・歩いてすぐです。何か悩みがあるとあの子あそこにいって一人でぼーっとする癖があるんです。」
「場所教えてください」
優は朝食をご馳走になった後その丸山公園の滝の方へ行ってみた。しかし誰もいないようだった。公園内にいないかどうか公園中を探し回ってみたが、やはり彼女の姿はどこにも見当たらなかった。最後にもう一度滝の方へ行ってみた。すると、なんと藤谷美樹が一人で滝をぼーっと眺めている姿が見えた。
彼女は滝の方を悲しそうな表情で眺めていた。
一人でただぼーっと。・
その様子からして近づきがたかったが優は話しかけてみた。