ピアノマン
「すみません、話すと長くなるんで・・・こっちもそれどころじゃなく彼女が心配で・・・今どこにいるんですか?」
「今は事務所にはいないよ、自宅謹慎してるから・・・」
勝田はため息をついた後不機嫌そうにそう答えた。
「もう電話かけてくるな!」
勝田は写真のことで優に怒り心頭だったので電話を切ってしまった。
それから何の音さたもないまま、平凡な日々が続き1週間くらいたった頃の夜に優のアパートに藤谷美樹が突然現れた。
「じゃーん、元気?」
すでにかなり酔っているようだった。
「一緒に飲もうかと思って。」
ビールを大量に買ってきていた。
「あのな!・・・どれだけ心配したか。返事くらいよこせよ。それに自宅謹慎なんじゃないのか?」
「ごめんごめん。一日中家にいたら頭おかしくなりそうになっちゃってさすがに出てきちゃった。それでね・・・どこ行こうかなって思ったら、変装しないでゆっくりできる場所考えたら・・・ここしかなかった。」
藤谷美樹はスキャンダルの話をあえて避けてた。
「いいからもう飲むのやめろよ」
彼女が持っていたビールの缶が大量に入ったビニール袋を取り上げた。
優は水をコップに入れて藤谷美樹に飲ませた。
「あ・・・ありがとう・・・っす」
美樹はかなりできあがっていた。
1,2時間たって美樹の酔いが冷めると、美樹はいつものハイテンションからは考えられないような深刻そうな感じでうつむいて話し始めた。
「私のお父さんね・・・知ってると思うけど・・・藤谷圭って大物俳優なの・・・」
「ああ・・・知ってるよ」
ネットで藤谷美樹のホームページを見たので優もそのことは知っていた。
「私が生まれたときはすでに有名な俳優でね・・・東京の世田谷の高級マンションに住んでて、私はそこで家族三人で何不自由なく暮らした・・・。若い頃は何の不満もなかった。でもね、ある日お父さんがね、自分の経営してた事務所の可愛がってた後輩の借金の保証人になってね・・・その人の実家の事業が倒産して借金が何千万もあるからって。お父さん人が良かったし面倒見がよかったから・・・それくらいの借金ならいつでも立て替えて払ってやるって。
でもその話は嘘でね・・・詐欺だったの・・・その後輩の人は嘘ついてたのよ・・・その人さ・・・やくざみたいな連中の不動産投資の話に騙されてて・・・共同出資者っていうの?何千万か一緒に投資して利益が出れば莫大な金になるからって丸め込まれて、でも万が一のために嘘の話をでっちあげて借金の保証人を立てろっていわれたらしくて・・・。それでそのやくざの連中は何のリスクもなく投資ビジネスができるってわけ・・・うちのお父さん俳優としては大物だったけど本当人がいい人だったからまんまと騙されたのよ・・・」
藤谷美樹は酔っていた時のハイテンションとは打って変って何だか深刻な面持ちで難しい話を急にしだした。いつもの彼女と違うようで優はびっくりしたが、話の続きを聞くことにした。
「それでね・・・最初は借金が5000万円になったから、とかそんな程度で深刻な話ではなかったんだけど・・・お父さん金持ちだったからそれくらいなら何なく払えるからね。でもそのやくざ連中の不動産投資のビジネスが失敗して大赤字を出したらしくて・・・だんだん一億二億って借金が増えてって。気が付いたときには10億を超えてたの・・・」
それは途方もない額だ。貧乏作曲家の松田優には想像し難い莫大な金額だった。
松田優はうつむきながらその話をじっと聞くことにした。
「でね・・・いくらなんでも話がおかしいからってお父さんその後輩の家まで言って話を聞きに行こうとしたの。でもその人もう東京の家売り払ってどこかに雲隠れしちゃってて・・・10億以上の借金だけお父さん抱えることになっちゃったの・・・そんな大金いくら大物俳優だってそう簡単に返せる額じゃない・・・そのうちそのやくざ連中がうちに来るようになってね・・・本当乱暴で最悪な連中だった。お父さん返済期限を延ばしてもらうように必死に頭さげて・・・何年かは頑張って働いてマンションや車も全部売り払って今までの貯金とあわせて5億くらいは何とか返済したんだけどね・・・でもね・・・そのストレスがたたってお父さん癌になっちゃったのよ・・・気づいた時にはもう末期で・・・それでね・・・マンションも売り払っちゃったし病気で仕事もできないしどうせ末期がんだからって田舎の方で落ち着いて死にたいってことで、田舎の岐阜に帰ったの・・・私はもう高校生だったんだけど途中で岐阜の高校に編入して・・・」
「そう・・・なんだ・・・」
優はなんだか遠い異次元の世界の話を聞かされてるような気分になった。
「お父さん最後まで頑張ろうとしたんだけど・・・結局癌でなくなっちゃった・・・世間的にはただ病気でなくなったってことで公表してるから借金のこととかは誰も知らないんだけどね・・・それでね・・・私高校卒業したらスーパーアイドルになって頑張ってもうけまくってやるって思って・・・絶対借金返してやるんだって・・・それでここまで頑張ってきたの・・・残ってた5億以上の借金も半分以上は返したし・・・だからね・・・あともう一息なの・・・こんなところでスキャンダルで終わりたくないのよ!」
松田優はかつてないほど深刻な話を聞かされて藤谷美樹がまるで別人のように感じた・・・
優が深刻そうにその話を聞いていると藤谷美樹は突然明るくなって
「ごめん、今の話全部ウソ!驚いた!?」
とあっけらかんと言い放った。
「は!?・・・う、嘘?」
優は目を丸くして驚いた。
「は、何だよ・・・びっくりしたな。」
優は拍子抜けしてしまった。
「いくらなんでもこんな非現実的な話そうそうあるわけないでしょ?私、今スキャンダルで絶体絶命のピンチでやばいでしょ?だから何かもっと同情されたくなっちゃって」
「なんだよ、それ・・・」
「でた・・・それ久しぶりに聞いた・・・」
「・・・」
「もしかしてほんとだと思った?」
「そりゃね・・・でもそんなことだろうとも思ったよ。」
優がそう言うと美樹は突然何を思ったのか
「じゃあ私ここで寝ていい?自宅にひきこもってるの性に合わないから・・・」
そんなことを言いだした。
「おいちょっと・・・」
「いいでしょ?男は細かいこと気にしない気にしない」
そういって藤谷美樹は優のベッドを陣取ってしまった。
相変わらずめちゃくちゃな女だ。
優も歯磨きをして寝ることにした。
仕方なく、ベッドの横の床で寝ることにした。
小一時間くらいたったときに、藤谷美樹がベッドでしくしくと泣いている声がかすかに聞こえてきた。
優は向こう側を向いていたので泣き声しか聞こえなかったが・・・
優はその悲しそうなすすり泣き声をしばらく聞いていた。
8
朝起きると藤谷美樹の姿はもうなかった。
アパートのどこを見渡してもいない。外を見てみてもいなかった。
携帯を見てもメールもLineも入ってない。
よく見ると自分の机の上に書置きがあった。
「しばらく旅に出ます。さようなら」
それしか書いてなかった。