ピアノマン
「あっそう。芸術家はいいわよね。私は悲しみの中で生きてる悲劇の主人公ですって悩んでるようなそぶりしてればいいから。そうすれば周りはみんな心配してくれるよね?あのね、誰だって辛いときくらいあんのよ?私だっていろいろ悩みとかさ・・・」
「うるせーな!もういいから帰れよ!隣の部屋に聞こえるだろ・・・」
その言葉にショックを受けて
「あ、そうじゃあ帰るはよ!せっかく忙しい中わざわざ来てあげたのに。本当無神経ねあなた・・・だから曲が売れないのよ。会社説明会のパンフレットなんて見ちゃってさ・・・あなたなんて音楽なんてやめちゃえばいいのよ!」
美樹は出て行ってしまった。
「え・・・?」
会社説明会のパンフレット?机に置いてあったやつ見たのか・・・
6
優がガソリンスタンドであせくせと働いていた。
有賀泉はサンデーホールでの公演が終わって楽団の知り合い2人と一緒にホールから出てきた。道をしばらく歩いていたら道の向かいのガソリンスタンドで松田優の働いている姿が見えた。
「あれ、松田君?」
泉は不思議に思った。売れっ子の優はバイトなんかしてないのかと思ってたからだ。しかも普段は国見音大で専任講師の仕事をしてるって聞いたのに・・・
しばらく優の働く姿を見ていた。
「ねえ、泉?どうしたの?行くよ。」
知り合いの一人が呼んできた。
「あ、ごめんごめん。今いく」
そういうと泉は二人の知り合いの方に走っていった。
優は鎌田彩と居酒屋で飲んでいた。
「この前はごめんね、いきなり酔ってからんじゃって・・・しかもアパートに泊めてくれたんだよね?ほんとごめん!」
彩は手を合わせて謝ってきた。
「ああ、いいよ別に。そっちも色々あるだろうからさ・・・」
「ホントごめん」
「もういいよ・・・」
二人で飲み食いしながら藤谷美樹の話をした。
「へー家にわざわざ料理しに来たって!?」
彩はびっくりした。
「なんでそんなにびっくりするの?」
「えーだってあれだよ?普通さ・・・好きな男のためにしかそんなことしないよ?しかも国民的アイドルでしょ?優のあのボロアパートに来たの?」
「ボロアパートで悪かったな・・・」
「あははは、いいじゃないだってホントボロアパートだし。私のアパートだってそう大差ないから気にするなって。でもさ・・・本当に優のこと好きだったりして。だってわざわざ優なんかにコンタクトとって来たのも向こうからなんでしょ?」
「まあね・・・優なんかってのは余計だけどな。」
「あーごめん。無名の音楽家にわざわざ連絡するからには何かあるのかってことよ。」
「あー・・・でもそれはあれだろ、昔出演してたドラマのサントラがたまたま俺だったっていう偶然だろ?それで知ったって。」
「本当にそれだけかな?」
「え?」
「いくらそうでも全国的に有名なスーパーアイドルさんがわざわざそれくらいで電話してくるかしら?」
「知らないよ、そんなこと・・・」
「いや、これは同じ女としての直感だけど・・・恋・・・だと思う。うん・・・そう、きっとそうだよ。よかったじゃん、優!あなたみたいな根暗な人にそんな超可愛いスーパーアイドルが恋人だなんて。めったにないチャンスじゃない。」
「ちょっと・・・なんだよ、それ。どうでもいいよ。あんなわがままでがさつな女。それにアイドルって恋愛なんかしねーだろそもそも。」
「え、わがままでがさつなの?」
「超がつくくらいね。本当むかつく女。」
「へーそうなんだ・・・アイドルっていつも作ったもう一人の自分演じてるからストレスだらけなのかもねー。あ、でもそれって彼女が優に心を開いてるってことなんじゃないの?優といる時間は、もう一人の本当の自分をさらけ出せる時間っていうか。」
「しらねーよそんなこと。ただ言いたいことずけずけ言うタイプなんだろ。」
「そうかなー」
「そうだろ」
そう言いながらも優は藤谷美樹のことが少しずつ気になり始めていた。
野々宮妙子は暴力団関係がバックにいる興信所の入ってる雑居ビルに来ていた。
芸能界ややくざ関係の裏事情に詳しい知り合いから場所を聞いたのだった。
「で、あんたはそのスーパーアイドルさんのスクープを取ってスキャンダル事件を起こして貶めたいってわけかい?」
「えー。ちょっと尾行して男関係の写真とか取ってスキャンダルにできないかと・・・あんたたちならそれくらい、できるでしょ?」
「あーできますとも。彼女は有名人ですからね、twitterで今どこにいるとか書き込んでるでしょ?あれで行動パターンとか割り出してね・・・あとはGoogle Earthとかで彼女のネット上での映像や住所がある程度話題になっている未公開のマンションの場所を割り出して車があるかどうかを調べる。それで、休日になって出てくるところを尾行すればいい。車のナンバーもそのとき調べる。彼女がプライベートで車を自分で運転するのは確かなんだな?」
「えーそれは私見たことあるから確実よ。」
「あとはひたすら尾行してスクープ写真を狙えばいい。しかし何もネタが上がってこなくっても責任は持てんぞ?そのときもちゃんとあんたには金は払ってもらう。」
「大丈夫よ、あれだけの大物よ。」
男なんていくらでもいるに決まってる。アイドルはいつも隠れてこそこそ恋愛してるっていうのは業界では常識だからね。野々宮妙子は心の中でそう思った。
「しかし、万が一のためだ。その時はそのアイドルさんに、ストーカーからの脅迫文などを偽造して送り付ければいい。それでおっかけの基地外のファンに囲まれてる写真なんざでも撮って、そのストーカーに仕立てあげてネタにすればいい・・・それでそのアイドルのイメージは急激にダウンや。」
妙子はそこまでは考えてなかったのでやくざの悪知恵が恐ろしくなった。
「わかったわ・・・ところでお金はおいくら払えばいい?」
やくざの親分は指を三本立てて3つだというサインを作った。
「さ、30万?一応謝礼として20万くらいはもってきたけど・・・足りない分は今度で・・・」
「は!?ねーちゃんよ。寝言抜かしてんじゃねーぞ!300万円だ。こっちはあんたのためにあぶない橋わたってやるんだ。それくらいわけねーだろ?」
「さ、300万って・・・高すぎるじゃない!」
ぼったくりだ・・・
一流の女優でない妙子には貯金のかなりの分を取り崩さないとそんな大金とても払えそうにない。
「ちょっと・・・それはいくらなんでも払えないのでお断りするは・・・」
妙子はやくざに頼むのは諦めようと思って部屋を出てこうとしたら、やくざの子分たちが妙子の行く先をふさいだ。
「ちょっと・・・通してよ!」
「ねーちゃん、帰すわけにはいかんがな・・・もうあんたはこの場所と俺らの顔を知ってしまった。悪事の一蓮托生になってもらわんと困るんだよ。」
妙子はしまった・・・と思った。これがやくざか・・・抜け目がなくて狡猾で残酷だ。何て野蛮でずるがしこい連中なんだ、と思った。
「わ・・・分かったわよ。いつまでに300万円振り込めばいいの?」