ピアノマン
「そう、今から授業なの。いろいろと生徒たちに教えてやんなきゃいけないのよ。」
「そうなのか・・・」
「悪いなじゃあな・・・」
相変わらず口の悪い奴だ。学生時代からとにかく自分につっかかってくるがどうも好きになれなかった。ゼミの他の人たちも和賀直哉のことは嫌いだった。
人格者の教授だけは彼を優しく扱っていたが。でも、彼の音楽の才能だけは本当に本物だった。世間にも認められているし、それは文句のいいようのないことだった。自分は教授のお情けで講師のバイトに雇われただけで喜んでいたのに、彼は正規に大学に採用されていたとは。少しだけ優はショックを受けた。
次の休みの日、優は有賀泉と美術館に来ていた。
「へーこれ印象派の絵とかなの?」
「まあ・・・セザンヌとかモネとかだね・・・ポスト印象派って言われてて他にもルノワールとかいるかな・・・セザンヌはプロバンス地方の小さな街で生まれてそこの美術学校出たんだ。人物の絵とか静物画とかよく描いてるよ」
「へー詳しいね松田君。音楽だけじゃなくて美術も詳しんだね。」
「まあ、人並み程度だけどね・・・」
「へーすごいじゃん。わたしなんて何も知らないよ。」
優は嘘をついた。本当は美術のことなど何も知らなかった。泉と美術館に行くことになったので、事前にネットなどである程度調べただけだった。
世界的に活躍するバイオリニストになってしまった泉の前では、ちょっと見栄を張ってすごいところを見せたくなってしまったのだった。
「へーこれは何の絵?」
「えーとこれは・・・モネの『日傘をさす女』だよ。」
「へーすごいね、すごい素敵・・・私ね、オーケストラとかでヨーロッパ中ツアーまわってるのに絵とか全然疎くて・・・もっと勉強しなきゃ・・・現地の人たちの会話についていけなくなるから・・・」
優はその話を聞いてせっかく自分の絵の知識を自慢したかったのに、また彼女と自分の格の差を見せつけられたような感じになった。現地ではさぞ立派な一流の方たちとおつきあいがあるのだろうか?なんだか学生時代の泉とは違って遠い存在になってしまった。一緒に大学の学食で食事をしていた時期が懐かしい。
「松田君どうしたの?ぼーっとして・・・」
「え?・・・あーいや・・・なんでもない」
「え・・・こっちの絵は?」
「あーそれは・・・」
二人は美術館の休憩所の椅子に座った。
「あ、俺何か飲み物買ってくるよ。あっちの方に自販さっきあったから。」
「あ・・・いいよ、絵の説明で松田君疲れたでしょ?私買ってくるから何がいい?」
「あ、じゃあ・・・紅茶みたいなの」
「了解」
そういって泉は自販の方にいった。
優は待っている間に泉が大学時代付き合っていたピアニストの彼のことを
思い出した。
あれは、確か大学三年の夏休みの前あたり・・・
暑い日だった。
授業が終わって学食に行こうと思っていたら、泉が隣に男を連れて歩いていた。
長身でイケメンなやつだった。そのせいで泉に話しかけにくかったので無視して引き返そうとすると、
「あ・・・松田君!」
泉が手を振ってきたので知らないふりができなくなった。
「あ・・・有賀さん」
「今から学食でしょ?」
「あ、うんそうだけど・・・」
「なら一緒に食べようよ。」
「あ、うんでも・・・」
と優がその隣の彼の方を見ると
「あ、彼ピアノ科の4年の永島快斗さん。今彼の卒業試験の演奏の練習とかで私がバイオリンを手伝っていて・・・それで・・・」
一つ上の先輩だった。
「へーそうなんだ・・・あ・・・はじめまして・・・」
「こちらこそ初めまして」
さわやかなイケメンの永島さんはにっこり笑って手を差し出してきたので
優も負けじと手を差し出して握手をしかえした。
「で、彼が松田優君。同級生で。ね、彼作曲科なんだよ?お父さんもこの音大出身で松田寮って作曲家なんだよね?」
「あーまあ・・・」
「へーすごいですね、じゃあ彼ももう作曲家に?」
「うーんまだだけど、でも将来はお父さんみたいな作曲家目指してるんだよね?」
「あ、まあ・・・」
他人に言われると恥ずかしくなった。優が照れていると
「永島さんは国内のコンクールとかで何度も優勝していて、卒業したら
今度はパリ音楽院に留学するんだよ?すごいでしょ?」
「え・・・あーそうなんですか。それはすごいですね。」
「いえいえ、日本じゃ優勝できましたけど、世界は広いですから。勉強のために行くんですよ。上には上がいることを思い知るために。」
何だかすごい人だと思った。泉もこの前国内のコンクールで何か入賞したっていってたから卒業したら彼女も留学とかするんだろうか?
二人とも将来有望だな、と思った。それに比べて自分はまだ何の実績もない。
「松田君学食行くでしょ?」
「あ、うん」
「じゃあ、三人で食べようよせっかくだから・・・」
本当は二人で食べたかっったし、彼がいるときまずかったが断るのもあれなので一緒に行くことにした。
食べてる間中、泉は彼の話ばかりで優は気分が悪かった。
さりげなく聞いてみたが、やはり二人はつきあってるようだった。
優はそれがショックだった・・・
その後しばらく優は泉を学食に誘えなくて、学食でたまに見かけても見つからないように一人で食事をしたこともあった。
そんなことを思い出していたら、泉がコーヒーを持ってきた。
「松田君、ごめん紅茶売ってなかったからコーヒーで我慢して・・・」
「あーいいよ、ありがとう。いくらだった?」
「あー後ででいいよ。ねえ、これから昼ごはん行くでしょ?」
「あ、うん」
「私行ってみたいことろあるんだ、つきあってくれる?美術館めぐりは松田君に任せちゃったからレストランの方は任せて。」
「あ、うんいいよ。ありがとう。」
二人とも飲みながら
「どうしたの、さっきぼーとっしてたけど、何か考え事でもしてた?」
「あ、いや・・・なんでもないよ昔のこと思い出してただけだよ。
昔よく有賀さんと学食いったなーって。あと永島さんって人思い出した。」
「あ、そうだよね。あの学食懐かしー。高菜そばとかまだあったりして。」
「あのさ、永島さんってさ・・・」
「え・・・ああ、彼ね。彼がどうしたの?」
「あ・・・いや、別になんでもないよ・・・」
「変なの松田君・・・」
二人は飲み物を飲み干すと昼食に行くことにした。
お互いの休みの日に優と鎌田彩は目黒方面のバーで飲んでいた。
彩が藤谷美樹のことを聞いてきた。あれから進展あったかなど。
「いや・・・実は本物だった・・・」
鎌田彩はそれを聞いて目玉が飛び出すくらいに驚いた。
「え、嘘でしょ?そんな話あるんだ?信じられない」
彩はすでに酔っているようで次から次へと彼女のことを質問してきて優はいちいち質問に答えるのにうんざりしてきた。
「そんなことよりお前今日何か話があったんじゃないの?」
鎌田彩が話がある、というから目黒までわざわざ来たのだった。
「あ・・・それね・・・」