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ピアノマン

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藤谷美樹は松田優をしばらくぼーっと眺めてしまった。

「そんなことより・・・そっちの家庭はどうなんだよ?」

「え・・・・?」

「おい・・・聞いてる?」

「え・・・あ・・・あーごめんごめん。」

「おい、大丈夫かよ?さっきまで質問攻めだったくせに。」

「あー、別に・・・ 別に私のことはいいでしょ。ホームページやらネットで検索すればいくらでも私の話題なんて出てくるはよ。」

「なんだよ、それ・・・」

「あ、そうだ。それ、もう食べ終わってるなら夜景見に行こうよ。ここの夜景きれいなのよ?」

二人は会計をすませてレストランの外に出ることにした。藤谷美樹がカードで全額一括払いしてくれた。





夜景の見えるレストランで二人はしばらく東京湾とその向こうのビルの夜景を見た。

「きれいねー。私ここのレストランたまに来るのよ。だからいつみてもきれい。そう思わない?」

「え?・・・あ・・・ああ・・・」

二人はしばらく夜景を眺めていた。

「この夜景見てると嫌なこととか全部忘れられるは・・・」

「なんだよ、それ・・・」

「別にいいでしょ・・・」

「売れっ子のスーパーアイドル様がいったい何をそんなに悩んでるんだか・・・」

「失礼ねー・・・私だっていろいろ悩みくらいあるはよ。忙しすぎる日常に疲れたって言ってるでしょ?明日だってまた朝から打ち合わせとその後一日中撮影と大忙しなんだから。」

「おーそれはさぞ人気者で大変ですね。」

「何よ、嫌味な言い方。」

しばらく二人は黙っていた。

「そうだ・・・あなた私のメガネ取ったところ見たがってたはよね?

素顔見ないと本人かどうかあやしいって。」

「別に疑ってたわけじゃ・・・」

「疑ってたじゃない。今とってあげるから。」

そういうと彼女はメガネと帽子を取ろうとした。

「おい、周りに人がいるけどいいのか?」

「別にいいはよ。夜だから遠くからじゃ顔見えないし。それに周りはカップルだらけだからいちゃついたり夜景見るのに夢中だから誰も私たちのことなんて見てないし。」

そういって彼女はメガネと帽子を取った。

「おい・・・」

優は彼女の素顔を初めて見た。

アラレちゃんのようなメガネとニット帽をしていたときはわからなかったが、

その顔は紛れもなくネットのホームページで見た彼女本人だった。

近くのライトと夜景に照らされて彼女は美しく見えた。

「どう?だから本人って言ったでしょ?」

松田優はしばらくぼーっと彼女を見つめてしまった。

「ねえ・・・ちょっと聞いてるの?」

「え・・・あ・・・ああ。」

「何よぼーっとして」

「あ、いや・・・本当に本人だと思って・・・びっくりした。」

「そうよ、だから何度もそうだっていったじゃない。私が嘘つくわけないでしょ。」

しばらく二人は夜景を見ながら黙り込んでしまった。

「きれいだね」

そういう彼女の横顔をまた優は見つめてしまった。






次の日、優はどうやって家に帰ったかも忘れてしまった。

そうだ、あの女にうちのボロアパートの前まで連れて帰ってもらってしまったのだった。

自分が情けなくなった。

ついでに彼女の夜景での横顔を思い出してしまった。

「あーくそ、何考えてるんだ俺は・・・あんなわがまま女のこと・・・」

その日はバイトが夕方からだったので、大学の高林教授にまた会いに行った。

ゼミの教室のドアを開けて高林教授が来た。

「何、相談って?」

「あ・・・あの教授。」

優は事務所の契約を切られるかもしれない話をしてみた。

二人でコーヒーを飲みながら話すことにした。

「そっか・・・」

「それは大変だね・・・。何ていったらいいか・・・でもね、音楽と人生の先輩として言わせてもらうとね・・・それは誰にでも起こるものだよ。」

「誰でも起こる?」

「音楽だって所詮弱い生身の人間が作ってるんだよ。どんな素晴らしい名曲だってどんな美しいハーモニーだってそう。だからこそ波がある。人間の体調に波があるのと同じで、音楽だってそう。いいものが作れるときもあるし、ダメなときもある。」

「波がある・・・?」

「そう・・・僕にもかつてスランプがあったさ・・・全然作れないときとかって。でもじたばたしてても何も始まらないからね。いっそのこと作るのやめちゃった。そういう時期があった・・・」

「教授にもそういうことあるんですか?」

「あるさー。人間ですよ?誰だってそうなります。」

「へー」

優は意外だと思った。

「でもね・・・そこでめげちゃだめなんだよ。何度でも何度でも這い上がってそこから湧き上がる生命のようなものがまた新たなメロディーを生み出すのさ。

むしろスランプに陥るからこそ、そっから這い上がろうとするね。その壁を超えたとき君はまた大きく成長している。」

「大きく成長する・・・」

教授はにこっと笑って

「そうだ、今度うちの作曲ゼミの生徒の子たちに教える講師をしてみないか?

バイト代も払うからさ。いいものが作れないのなら立ち止まって教える仕事をしてみるのもいいかもよ?また違った視点が見えてくるかも。それに生徒たちからもいろいろと刺激をもらえるしね。若い創造力のパワーっていうかね。どう?まあ・・・君次第だから無理には勧めないけど。」

松田優はしばらく考えたが

「あ・・・是非やりたいですけど、他にやってるバイトもあるので・・・」

「そんなたくさんじゃなくていいよー。週一回とか一週間おきとかくらいでもいいし。君の都合にも合わせるし。」

「そうですか、じゃあ・・・是非・・・」

「了解、じゃあ今度生徒たちに君のこと話しておくよ。外部から講師を招いた方が彼らにとってもいい刺激になるしさ。」

「はい、ありがとうございます。」

「いえいえ、こちらにとっても嬉しいことですから。じゃあ・・・」

「はい、ではまた・・・」



大学のキャンパスの出口に向かう並木道の途中で和賀直哉が話しかけてきた。

「おい、久しぶりじゃん松田」

「ああ・・・和賀か・・・」

「なんだしけた面して・・・大学に何か用か?」

「ああ・・・ちょっと高林教授に会いに・・・」

「なんだ、まだあのおやじに相談しにいってたのか?あんな老いぼれもうセンス古くて相談しても何の意味もねーだろうが・・・」

その言い方に松田優は少しむっときた。

「おい、教わった教授に向かってそんな口聞くなよ。お前も世話になったんだろ?」

「世話?あんなのからは何も教わってないよ。俺の音楽は全部自己流だからな。そんな他力本願だからおめーはいつまでたっても認められねーんだよ。芸術っていうのは自分の世界観をいかに築きあげるか、だからな。」

「相変わらずその独善的なところ変わってねーな。」

「言ってくれるじゃん。でもお前と違ってちゃんと節度保ってるけどな。お前の音楽は自分の殻にこもりすぎだけど、俺はちゃんと音楽の市場やニーズとかちゃんと見てるぜ?どういうものが流行って世間はどういうものを求めてるのかってことを。だから世間に認められるし、こうやって大学の講師にOBとして呼ばれるわけだ・・・」

「講師?」
作品名:ピアノマン 作家名:片田真太