ピアノマン
藤谷美樹がテントやバーベキューセットの準備されてる休憩席の方に行こうとしたら、野々宮妙子がすかさず話しかけてきた。
「何が、『ご先輩がたのご指導の元、恥ずかしくない演技をつとめさせていただきます』、よ。さすがはスーパーアイドルね。心にもないことぺらぺらと関係者に好かれることを言うのは大得意ね。あなたの演技が恥ずかしいのはこっちはもう知ってるっての。見ていてこっちが恥ずかしいくらい。」
「あのね、大根女優のあなたにだけは言われたくないんだけど。私に主演取られたからってひがまないの。」
大宮妙子はそれで頭にきてしまって
「何よ、七光りで主演やってるだけのくせに。ふん」
そういって去っていってしまった。
「本当しょうもない女ね」
藤谷美樹はため息をついた。
松田優は休みの日だったのでまたアパートのベッドで寝ころんでいた。休みの日は相変わらずごろごろしているか作曲活動をしていた。あまりアウトドア派じゃないので出かけることはまれだった。
ベッドであおむけになりながら、有賀泉との学生時代の思い出を思い出していた。
初めて有賀泉のことを見かけたのは大学2年の春に練習室で彼女がバイオリンを弾いていたのを偶然見かけたからだったが、その後どうやってであったのかを思い出した。
しばらくたったある日、たまたま学食に向かおうと思ってたらちょうど向こう側から彼女が歩いてきたのだった。
「あ・・・」
「あ・・・」
とお互いの立ち止まり。
「あの・・・この前練習室で会った人ですよね?」
「あ・・・はい・・・」
気まずくなって二人は黙り込んでしまった。
沈黙の間が嫌だったので松田優は思い切って何を先走ったのかとっさに
「あの、よかったら今から学食で一緒に食事しませんか?」
と言ってしまった。
「え?」彼女は戸惑っていたが、
「あの、演奏のこととか聞きたいし・・・」
「あ・・・じゃあ・・・そうですね。私でよかったら・・・ちょうど一緒に食べる友達が携帯で連絡取れなくて困ってたんですよ。ちょうどよかった。」
そういって彼女は笑った。
優は大体いつも一人で食事をしていたが、彼女と食事ができるのが嬉しかった。
といっても何となく一緒に学食で食事をして会話もほとんどなかったのだが・・・
食事を食べてる最中二人はほとんど会話をしなかった。
優はきつねうどんを食べて、泉は高菜そばを食べていた。
二人とも食べ終わると沈黙が走った。
「あの・・・」優が泉に話しかけようとした。
「はい・・・」泉は返事をした。
もう一度優が「あの・・・」と言おうとしたら、泉が突然
「何で逃げていかれたんですか?」
「え・・・?」
「あ・・・あの、なんであのとき逃げていっちゃったのかなって思って・・・」
「あ・・・いや・・・」
しばらく沈黙が続いた。
「あの・・・なんていうかな・・・その・・・演奏がとても素晴らしくて
聞き入ってしまっていて。あなたの邪魔をするつもりじゃなかったんだけど、間違ってドアが開いてしまって・・・・。それで邪魔しちゃ悪いと思って。あの・・・驚かせてすみませんでした。」
優は嘘をついた。本当は一目ぼれして恥ずかしくなって逃げてしまったのだった。
「そうなんですか・・・。別に逃げなくてもよかったのに・・・シャイな人なんですね・・・」
そういうと泉は少し笑った。
彼女が笑ってくれて少しほっとしたので、優も少し笑った。
「あの、ところでお名前は?」
「ああ・・・松田優です。」
「私は有賀泉です。バイオリン科です。よろしくね。あなたはどこの科?」
「あ・・・作曲科です・・・」
それからは会話がはずんでお互いの所属する学科とかの好きな科目の話とか音楽の趣味の話で盛り上がった。
そんなことを考えていたら、松田優の所属する作家事務所のカレージ&ドリームの社長から電話がかかってきた。
「あ・・・松田君今話せない?ちょっと事務所に来てほしんだけどさ・・・」
何だろうと思いながらも優は自分の所属する作家事務所へ行く。
行くのは久しぶり。普段事務所との連絡はもっぱらメールのみで、初めて面接をしたときとか曲が採用されたときとか事務所の交流会とかそういうときくらいしか行くことがなかった。
「松田君、最近君の曲ほとんど採用されてないよね。もう何年も。君が大学卒業してすぐくらいからだからもう5年以上たつよね?それなのにたった一曲しか採用がない。この先もこんな状況が続くようだと困る。近いうちってわけじゃないけど、もしかしたら来年再来年あたりにうちとの契約を解除してもらう可能性もあるからね・・・」
優はその話を聞いてショックを受けた。
中々事務所に受からなかった優に、高林教授が依然自身が所属していたこの事務所を紹介してくれたからこそ入れたのだった。
「高林さんの熱心な推薦があったし、きみが松田寮の息子さんだっていうからうちは何の実績もないただの音大卒の君に期待して採用したわけだから。」
優はすみませんといった。
「もう、いいからさ、帰りなよ。」
そういわれて優は帰ろうとすると
「あ、そうだ一つ言い忘れてた、スカラープロダクションの勝田って人が電話かけてきてね、きみの携帯の番号知りたいって言ったから教えといたよ。だいぶ前だけどね・・・」
あの男か・・・
「ちょっと勝手に人の個人情報教えないでくださいよ。」
「しょうがないでしょ、業界随一の有名プロダクションだし、あっちは色々と取引があるクライアントで仕事をもらってる立場なんで逆らえないんだから。君の許諾得ようと思ったけど君の携帯つながらなかったからさ・・・だから大目に見てよ。それに今の君の立場からしたらそれくらい断れないはずだけどね。」
そういえば事務所から着信履歴があったような・・・大した用事でないと思って忘れてしまったのだった。
「分かりました・・・」
そういうと優は事務所を出て行った。
そういえば藤本美樹が自分の携帯の番号をなぜ知っていたのか、とふと思ったが、それはそういうことだったのか・・・
何て強引なプロダクションなんだ。いくら最大手だからっていくらなんでも横暴だろ。それにうちの事務所は個人情報の考え方とかどうなってるんだよ。いったいどんな事務所だよ。優はそれにあきれた。
松田優は事務所の近くの都心の広い公園のベンチに座り一人落ち込んでいた。
そこで子供たちと遊んでいる女がふと目に入った。
「あ・・・あの女は。」
変装した藤谷美樹?
向こうもこちらに気が付いた。
すると彼女は子供と遊ぶのをやめて逃げていこうとした。
「おいちょっと」
優は走って追いかけて藤谷美樹の肩をつかまえた。
「ちょっと待てよ何で逃げるんだよ」
「ちょっと・・・こんな都心の人がたくさんいる公園で名前叫ばれたら大変なことになるじゃない!」
「また、アイドル気取りか・・・」
「だからアイドルだって言ってるでしょ。」
「どうだか・・・」
「そんなにあやしむなら事務所に電話かければいいじゃないのよ。あなたのこと勝田が知ってるからさ」