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サレジオの器

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「本当かだと?嘘だと思うなら今すぐ雑誌を見てみるがいい?近いうちにニュースにもなるぞ!あるいはもうマスコミどものせいで今頃全国中のテレビで騒がれてるに違いない。」
どうやら本当のことのようだった。修一は社会人になってまだ3年でお世辞にも仕事に慣れているわけではなかったので、朝一に新聞をチェックする余裕なんてほとんどなく毎日くたくたになって家路についてすぐ眠りにつく日々の繰り返しであった。だからこそ、新聞やニュースに意表を突かれたかのような感じだった。
「あの・・・どうすればいいでしょうか?」
とっさに修一がそう聞いたので今度は国枝が激怒し出した。
「どうすればいいかだと・・・?本当に自分で考えられないのだな。この事件がどういう影響をもたらすのか・・・」
「おっしゃる通りです。」
芝田がまたもや同調するかのようにうなずきながらそういった。
「今回の件でジェノンテクノロジー社の担当は君に激怒されているそうだ。本来なら東証マザーズに上場して順調に株の売買をしていたはずが、君がとっさに大馬鹿なミスをしでかしたせいで株価はストップ安で32万円にまで下がった。」
国枝部長は、部屋中に二酸化炭素があふれかえるかのような深いため息をついた。
「君の部署の先輩である田所君が君のミスを君が退社した後に発見したそうで、緊急を要することだからわざわざ深夜まで残業して東京証券取引所に連絡して確認してくれたそうだ。しかし、東証のマーケットセンターの責任者は即座にミスを判断できなかったので取引は続行されてしまいこのような事態を招いたそうだ。もはや手遅れなのだ。つまりは、君がこの重大なミスに気付かなかった責任でもある。」
国枝部長は修一をさらに責め立てるかのように怒鳴りながらそう言い放った。
「こういう問題は信用問題ですからね・・・今回の件で東証からの信用を失っただけでなく、何よりも優良顧客であるジェノンテクノロジー社からの信用の失墜はわが社始まって以来の大損害であり言葉では言い表せないほどの衝撃だ。」
「誠におっしゃる通りです。」
国枝部長が修一の失態について立て続けに責め立てているとまた芝田課長代理がこくりとうなずいた。
「それは・・・知らなかったです。ですが・・・ぼ、僕は・・・どうすればいいでしょうか・・・?僕に何かできることは?」
修一はとっさの衝撃的事件の真相を知らされて何がなんだか分からずししどろもどろになっていた。
「君に何かできることはだと?一丁前に責任を取るつもりか?君のせいで記事にもなりわが社が長年築きあげてきた世間からの信用は見事なまでに失墜した。そして、今回の件でわが社は責任を取らされて大量に売られた株の買い戻しをさせられることになる。少なく見積もっても300億は超える。」
300億・・・?これは修一にとっては途方もない額の数字である。入社三年目のペーペーでしかない修一にとっては億単位の案件ですら扱うことはまれなのに、何百億とは自分の想像をはるかに超えていた。
「あの・・・どうすればいいでしょうか・・・?じ・・・自分にできることでしたら何でもやらせてください!お願いします!」
事の重大さに今更ながらに気づいた修一は精一杯そう懇願するかのようにお願いした。
「君にできることはもうないよ・・・君のおかげでわが社は創立始まって以来の危機的状況だ。これでわが社は世間からの信用を失ったら株価は暴落するし、そうなったら取引も減るし下手したら売り上げや収益は激減だ。君は何の罪もない社員全員を窮地に追い込んだという事の重大についてこれをいい機会として改めて認識したまえ。」
「すみません、誠に申し訳ございません!」
修一はもう何が何だか分からないままに半自動的にそう平謝りしていた。
「芝田君・・・君の方から言ってやりたまえ。」
国枝部長がそう切り出すと
「承知致しました。」
そのように言いながら芝田課長代理は修一に向かって諭すように話し出した。
「君には自己都合退社という形で退職してもらうこととする。このような一大事件にまで発展してしまったのはわが社始まって以来の前代未聞のことです。国枝部長がおっしゃるように君にはもう責任は負いきれまい。そうなると、君には辞めてもらうしかないということになる。」
芝田課長は冷酷なほどまでに落ち着き払いながら修一にそう説明した。
「そんな・・・待ってください・・・どうか・・・どうかもう一度チャンスをください。」
これは修一の人生始まって以来の絶体絶命のピンチに他ならなかった。もう逃れようのない方向に向かいつつある危機的状況に修一は汗と動機が止まらないほどに震えていた。
「どうか・・・」
修一は最後の頼みの綱にさがるかのようにそう懇願した。
「君にはほとほと呆れるよ・・・人事部長から洗いざらい聞いたが、君が早稲田を主席で卒業しているから面接の受け答えもろくにできないのにわざわざお情けで採用してやったそうだ。しかし、本当に予感的中したよ。」
国枝部長はついに修一を見捨てるかのごとくそう言い放った。
「そんな・・・お願いします!」
「見苦しいぞ・・・いいからさっさとこの部屋から出ていきなさい。退職届については改めて受理するから退職手続きについては追って説明する。懲戒解雇にしないだけでも感謝したまえ。」
 修一は唖然とした・・・まさかこんな結果になるなんて・・・
今まで順風満帆だった人生は一体何だったのか?今までの出来事が走馬灯のように過ぎていくような感じがした。これこそまさに文字通り絶体絶命ともいうのだろうか?
「退職手続きの日程は改めて知らせるから本日日付をもって君は会社にもう来なくていい。机の整理はしておきなさい。」
国枝部長はそう言った。
修一はもうどうしようもないのだと悟り、小さく落胆しながら部屋を出て行こうとした。そしてドアを開けて出て行こうとした一瞬の隙をついて
「早稲田の主席がこのザマじゃな・・・最近の若者はろくな人材がいないな。わが社も先が思いやられる。」
芝田課長代理はそう嘲るように言ってきた。


 修一は人生の終わりかのようにか細く落胆しながらデスクに戻り、かろうじて残された力を振り絞って机の整理をし始めた。すると隣の席の新卒で今年入社してきたばかりの新人の女性社員が声をかけてきた。
「形見先輩異動するんですか?」
そう聞いてきた。
修一にとっては不意打ちをくらったかのような言葉だったが、何もかもどうでもよくなってとっさに
「うん・・・そうなんだ。」
と答えてしまった。
「そうなんですか・・・残念です。形見さん優秀だし仕事できそうだから結構、応援してたんですよ!でも異動先でも頑張ってくださいね!」
彼女は悪気もなく何も知らないまま修一を密かに傷つけているとも知らずに屈託のない笑顔でそう言ってきた。普段は仕事のことでたまに話したりする程度の関係だったが、なぜか彼女が急に仲のいい知り合いかのように身近な存在に思えた。
「うん・・・ありがとう」
そう返事をすると修一は罰が悪そうな面持ちでさっさと机を整理してオフィスを抜け出した。



修一はまるで酒乱かのごとく酔っぱらいながら家路についた。
「たらいまー。」
完全にヘベレケの呑兵衛さん状態だった。
作品名:サレジオの器 作家名:片田真太