詩集 season~アンソロジー~紡ぎ詩Ⅶ
当時、姉妹の父は自らが営む味噌工房を継ぐのは当然ながら長女だと信じていた。だが、年頃の娘にはありがちで、娘はいつしか恋愛して家を出たいと願うようになっていた。結局、三人の姉たちは次々に嫁ぎ、味噌屋は末の彼女が継ぐことになる。
番組内で彼女は語った。長姉にお嫁に行って良いよと告げた時、実は深い考えもなく何となく心に浮かんだことを口にしたのだという。わずか十七歳の少女がどれほどの覚悟と決意をもって口にしたのかと思っていたけれど、そうではなかったらしい。
彼女自身も結婚したが、夫はまったく別の仕事をしている。現在、従業員は彼女も含めて三人だけ、味噌ができるまでの重要な過程は従業員任せではなく、すべて彼女自身の手で行う。味噌作りが女性の細腕では過酷すぎるというのは、彼女自身の言葉だけでなく、映像を観ていれば自ずと判った。
女主人は父のやり方を踏襲せず、作業用機械を入れて手間を省けるところは省いた。彼女いわく、自分も従業員も三人にかかる負担は限界まできていたため、機械化はやむを得なかったそうだ。父は娘が機械を使うことに不満を持ったが、彼女は積極的に新しいやり方を取り入れ、ついには県内の品評会で優勝するまでの高評価を得た。
番組の最後には、苦労して味噌屋を興した両親を囲むように四姉妹が微笑む記念写真が公開された。先代である父親も言葉とは裏腹に、心から娘を誇らしく思うような笑顔である。白糀は白糀菌を使って作られる糀であり、彼女の新しい味噌造りには欠かせないものだ。まるで雪深い山形の真冬に降り積む真白な雪、または白い可憐な花が咲いたような白糀の色は、味噌屋を継いだ末娘の「心を表す色」なのだと番組では締めくくられていた。
言うは簡単で行うのは難しい。十七歳のある日、何となく口にした家業を継ぐというのは本人が想像した以上に困難を極めた。それでも、彼女は持ち前の粘り強さと挑戦力で省力化を果たし、工夫を重ねて父から受け継いだ家業を県内随一の味噌工房へと育て上げた。
何故だろう、番組を観終わった後、私はひっそりと涙を流していた。黙々と一つの道を邁進し極めた女性の横顔にはしなやかな強さがある。どのような道であれ、自分を信じて想いを貫く人の生き様には心を動かされるものがあるに違いない。
☆「心配性の女性のお話」
あるところに、とても心配性の女性がいました。
まだ起きてもいない出来事をあれこれと空想しては、
ー 一体、未来はどうなってしまうのだろう。
と、心配ばかりしていました。
はっきり言うと、彼女の心配は余計な心配、少し難しい言葉で言うと「杞憂」ばかりでした。
例えばですが、、、
家の外に一歩出ると、車が走行しています。
ーもし、車にぶつかってしまったら、、、
考えただけで、おちおち外出もできません。
ならば家の中にいれば安心できるかというと、そうでもなく
ーもし階段から足を踏み外して落ちたら、大怪我をするかもしれない。
と、とにかく女性の心配の種は尽きないのでした。
そんな彼女の心配は事故だけではありません。
ーもしかしたら、自分は何かの病気かもしれない。
鼻水が出ればコロナ感染かもしれないと心配になり、
腰が痛くなれば、何か重大な病気かもしれないと心配しました。
ある時、女性はまたいつものように何かの病気ではないかと心配していました。
いてもたってもいられず病院へ行くと、確かに病気でしたが、
それは女性が想像もしていなかった病気でした。
彼女はどうでも良いことばかりを心配して、ありもしない病気を作り上げていたのですが、
その間に、実は考えてもいなかった別の病気にかかっていたのです。
その病気は本物でした。
ーとうとう心配していたことが起こってしまった。
女性は恐れおののき、悲しみに打ちひしがれました。
また、こんなことも考えました。
ー的外れな心配ばかりしている間に、別の病気にかかっていたなんて、自分は何と愚かなのだろう。
闘病生活を経て、女性は無事に病気を乗り越えることができました。
その間もやはり、彼女は心配ばかりしていました。
ー悪い病気だったら、どうしよう。もし死ぬかもしれない。
そして、心配していたような怖い病気ではないと知った時、女性はまたしても考えました。
ー病気は怖い。知らない間に深刻な病気にかかるかもしれないから、もっと怖い。
相変わらず心配性の女性は心配することが止められません。
しかし、その時、女性はふと気づきました。
辛い療養生活の日々、彼女は毎日、お経を上げて仏様にお祈りしていました。
病院にいる間も毎日、小さな声で読経をしていました。
病院ですから、外にお経が聞こえたら、中には不吉だと不愉快に思う人がいるかもしれないので、
小さな声で一生懸命にお祈りを続けました。
自宅に戻ってからも、毎日、仏様に祈り続けたのです。
そうしたら、病気は本当に治りました。
いつ病気になるかもしれないーと、またしても不安になった女性は考えました。
辛く苦しい日々を支えて下さったの仏様であり、祈りの心であったと。
ならば、これからの日々、心配性の自分を支えてくれるのもやはり
「祈り」しかないと思ったのです。
祈りとは、即ち信仰のこと。
どんな心配な日々でも、仏様に一生懸命に祈ること。
そのことを思い出した時、女性は自分の中で「何か」が変わったことに気づきました。
そして、御仏に心からの感謝を捧げたいと思いました。
この辛い闘病生活をけして忘れないのと同じくらい、これからの人生は
御仏と自分を生かしてくれているすべてのものに感謝を
持ち続けたいと思いました。
信仰は、どんなに辛いときでも必ず心の救いとなってくれます。
そして、仏様はあなたが祈りを捧げれば
必ず寄り添って下さいます。
合掌
☆「金木犀ー秋、香る花」
【今朝、早朝ウォーキングをしていたら、朝の澄んだ空気に甘い花の香りが混じって流れこんできました。
ついに、我が家の金木犀も花開きました。
とても可愛らしい花なのに、香りは鮮やかです。
でも、強い香りでありながら、誰からも好まれる嫌みのない癖のない花でもありますね。
強い存在感や個性を持ちながらも、誰からも受け容れて貰えるような人、
私にはとても難しいことだけど、そんな風な女性に憧れます。
今年初めての金木犀の香りをかいだときの気持ちを、ポエムに託してみました。良かったら、ご覧下さいませ。】
今年初めての金木犀が咲いた
今朝めざめて 早朝ウォーキングをしていたら
廊下に微かに芳しいかおり漂っている
ーあ、今年もあの花の咲く季節がやってきたんだな。
何か貴重な贈り物を貰ったような
大切なことに気づいたような
特別な気持ちになる
屋内を歩いているのに
庭から香ってくる花の香りは
金木犀の儚げな姿からは想像もつかない
逞しさを感じる
かといって
主張しすぎるのでもなく
そこはかとなき芳香は
甘さを秘めていながらも
凛とした涼やかさがある
控えめでいて個性的
まさに大和撫子のお手本のような花
作品名:詩集 season~アンソロジー~紡ぎ詩Ⅶ 作家名:東 めぐみ