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火曜日の幻想譚 Ⅳ

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383.無い物ねだり



 日曜日。家を出て、バス停に着くまでのちょっとした瞬間。

(そういえば、ガスの元栓、締めたっけ)

そう思った私はすぐ、瞬時に目をつむる。まぶたの裏に広がるわが家の一部分。その中央にはしっかりと閉じられたガスの栓が見える。

(ついでに、っと)

脳内で画像を切り替え、玄関の扉の鍵、お風呂と台所の蛇口、最後にヒーターの電源スイッチの風景を描き出す。そのいずれもがしっかりとオフになっている。

(よし、出掛けよう)

 私の外出は、大体こんな要領で始まる。

 出掛けた直後に、この手ことが気になる体質の人は何も私だけではないようだ。母や友人もそうだというし、いわゆる「あるある」でよく話題にあがるのだから、まず間違いはないだろう。
 だが、外出中に家の任意の場所を確認できる機能━━この能力を私は持っているのだが、そんな能力があってうれしいかと問われると、少々気分は複雑だ。

 まず、上記の「あるある」な話題に入れない。なんせガスも水道も電気も戸締まりもきちんと確認できてしまうのだから、「ついつい忘れちゃうよね〜」的な話題の入り方ができない。「あの人は能力があるから忘れないで済むもんね」みたいな、どこか悪役のような立ち位置になってしまう。
 こないだ、実家に帰ったときもそうだった。母はこの能力を持っていないので、私が一人暮らしを始めたことでこの能力を失ってしまった。以前は私に聞けばよかったのだが、今は直接自分で確認するしかなくなってしまったのだ。
 そんな母に、私は思わず「戸締まりはきちんとするように」と言ってしまった。だが、どちらかといえば娘の私が言われるほうだろう。母も気まずい顔をしていたが、私も言ったあと気まずい思いをした。なんてかわいげのない娘なんだろう、と。

 昨今、世の中を見回すと、みんな、すごい能力を持っている。というより、すごい能力を思いついている。小説でもアニメでも、よくそんな能力を思いつくなと思うし、使い道もよく出てくるなあというものばかりだ。
 一方で、私の能力は「あるある」を補完する程度のもの。しかも、そのせいでかわいげがない。気になる人は、とことん気になるのでありがたいが、気にならない人は生涯、使わない人もいるかもしれないのだ。

 いるかいらないかで言ったら、間違いなくいるし重宝もしている。これから家庭を持つようになったら、さらに必要になる能力だと思う。でも、何かが違う。そんなふうに思いながら、私は休日を満喫するために駅への道を急ぐことにした。


作品名:火曜日の幻想譚 Ⅳ 作家名:六色塔